第2話
転校生が来てから数日が経ったある日の放課後、僕はいつも通りカメラを
猫がこちらに顔を向けた。黄色の瞳がよく見える。しばらく視線が合わせていると猫はその場で横に寝転ぶようにして座り込んだ。少し近付いても逃げる様子はなかったので僕は思い切って猫のすぐ傍まで歩み寄った。それでも猫は寝転んだままだ。僕はカメラを構えて、一面に咲くヒマワリを背景に、寝転んだ猫の前でシャッターを切った。もう何枚か写真を撮った後、僕はそっと猫に手を伸ばして猫の背中をゆっくりと撫でた。毛並みは滑らかで暖かく、呼吸に合わせて体が僅かに上下していることが分かる。
「人慣れしてるね」
見たところ猫に首輪は付いておらず、誰かに飼われている訳ではなさそうだ。毛並みが綺麗で人に慣れているため、地域猫のような存在なのかもしれない。
僕が撫でるのを止めて再びカメラを手に取ると、ふいに猫は立ち上がって地面に降りた。
「あっ」
猫は僕に背を向けて歩き始めたかと思えば、こちらを振り返ってニャアと鳴いた。そして、僕の顔をじっと見つめてその場で
僕は少し迷った後、猫の後を追うことにした。猫は僕と近からず遠からずの距離を保ちながらどこかへ向かっている。たまにこちらを振り返ってはニャアと鳴く。こっちへ来いと言っているのか、ついてくるなと言っているのか、僕には分からなかったが、ともかく僕は猫の後を追いかけた。住宅街を抜け、駅前を通り、歩道橋を渡って、猫の後ろ姿を写真に収め続けた。歩道橋を使うなんて賢い猫ちゃんだなと思いつつ、しばらく追っていると猫は
辺りには空き家と思われる家々が増えてきた。家の壁はくすんでいて、柱や
「あ、ちょっと待って」
少し駆け足で猫のほうに向かうと猫はサッと走り出し、曲がり角を曲がって見えなくなった。僕は急いで角を曲がったが、猫の姿は見当たらなくなっていた。ここまで来て……と思ったが、道の先を見てみると林の陰に脇道が見えた。
脇道を覗き込むと石で組まれた階段が長く続いていた。階段を見上げると、猫が上へ流れるように階段を上っていく様子が見える。さらにその先に赤い鳥居が見えた。
「神社だ」
僕は階段を上り始めた。石の階段は大きさや形が不揃いで、角は丸みを帯びていて所々欠けている。頭上から木漏れ日が降り注ぎ、暗い階段に光のまだら模様を作っていた。
階段を上りきると、そこには古ぼけた神社があった。木の壁は色が落ちて白っぽくなり、
ここに賽銭を納めても誰も気付かないんじゃないだろうかと思いつつ、僕は小銭を取り出して投げ入れた。小銭はカツンと乾いた音と共に箱の中に消えていった。僕は手を合わせた後、目の前の鈴紐を手に取った。しかし、ボロボロの紐の様子を見て、鳴らした途端に紐が千切れてしまうことを恐れ、僕はそっと手を離した。
その後、僕はさっきの猫を探すついでに神社の周りを探索しようと神社の裏手に回った。神社の背後には少し開けたスペースがあり、更に林の奥へ伸びる細い道があった。あれが獣道なら猫はあっちに行ったのかもしれないと思い、僕は目を凝らして道の先を見た。
「……んん?」
僕は思わず声を上げた。林の奥に制服の少女の姿が見えたのだ。よく見てみるとあの制服には見覚えがある。例の転校生だ。転校生は足元にある三十センチくらいの石をじっと見ていた。こんなところで何をしているのだろうかという好奇心と、変な場面に出くわしてしまった気まずさとの間で、僕はどう動こうものかと悩んだ。
そうしていると、不意に上から何か降ってきて、ガサッと音を立てて地面に着地した。
「うわ!」
僕は驚いて声を上げた。振り返ってみるとそこにはさっきまで追っていた猫がいた。どうやら神社の屋根から飛び降りてきたらしい。
僕が正面を見なおると、物音に気付いた転校生がこちらを見ていた。遠目でありながら彼女の見開かれた目がハッキリと見える。
「あ、えっと……」
しばらく沈黙が続いた後、僕は彼女に話しかけた。
「鈴鹿さん、だよね? もしかしたら覚えてないかもだけど、同じクラスの田村です。あの……」
彼女は少し目線を落とした後、再びこちらを向き直って口を開いた。
「覚えてるよ。悠人君だよね?」
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