六章
一瞬だけ迷いが再発した――
だが、本当に一瞬であった。
迷いは霧散していた。
「エイミ、君たちはボクが助けてみせる――ボクとボクの〈あやかし〉が――」
え――と息を呑む間が足元で沈むように広がった。
前の方でカルが鉄玉をかわしながら打撃を打ち込んでいる。有効な打撃ではない。どこか集中力を欠いている。
それはこちらのやりとりに気を取られているからだと、タイセイは知っている。
汽車が線路を噛む重厚な音と、鉄玉の風切音、そしてカルの打ち込む打撃音が耳に木霊する。それでいながら静けさが痛かった。
「お兄ちゃん、〈背世者〉になったの――?」
「タイセイ――」
タイセイは呼吸が止まりそうであった。
同じ車両に父と弟もいたのだ。
二人にも聞かれてしまった。
いつかは明かす――と、思ってはいた。だが、言わずに済むのなら、このまま消えたいとも願っていた。
逃げ――と思われようと構わなかった。ただ、今はそれに耐えられる心の強さがない。そんな気がしたから――。
カルにさっき宣言したことに偽りはない。迷いも消失している。
だが、今タイセイが抱いている弱さは、それとは別の次元のものなのだ。
村長たちには救われた。〈背世者〉となった自分を受け入れてくれた。だからこそ、同じ態度を父や弟、そしてエイミに期待する自分がみじめで嫌だった。
それは人を信じるということであった。無条件で人を信じられる心――それが今の自分に足りない強さであった。
「きっと助けるから――」
やっと、それだけを言うと、タイセイは一歩を踏みだした。
びっくりしちゃった――と、闇の中から光差すようなエイミの声が、その足を止めた。
「でも問題ないよ。君が生きててくれただけで――とっても嬉しいよ」
「まあな、タイセイはタイセイだよな」
「望んで〈背世者〉になったわけじゃあるまいし――」
「だとしても、変わんねえけどね」
「生き残れ――って言った本人が生き残ってないとシャレにならないしな」
言えてる――と、笑いが足元で起こった。
次々に湧き起こる声にタイセイは力をみなぎるような気がした。
今はまだ、こうして力をもらわないと強くなれない――タイセイはその弱さをかみ締めた。
いつかは自分がみんなにその力をあげられるくらい強くなってみせる――と。
「タイセイ、身体はなんともないのか?」
「お兄ちゃん、平気?」
「まかせて――」
一人じゃないから――と、タイガとタイヨウに答えた。
両の拳をつき合わせて気合を入れると前へ進んだ。
「気をつけるんだぞ。君はいつも無茶をするから」
「大丈夫」
と、タイセイはエイミに言った。
もう君を泣かせたりしないから――小さく誓うようにつぶやいた。
がつん――と鉄の塊同士がぶつかる音がして、カルが頭を押さえながら退がってきた。
頭突き同士だったらしいが、鈍い分、向こうに分があったようだ。
モンズは平気そうに立っている。
「よう――気は晴れたか?」
「まあね。そっちこそ気もそぞろ――って感じだったけど?」
「ぬかせ。小僧に気を揉むほど、落ちぶれてはおらんわい」
カルがにい――と笑った。
「お前ら弱すぎるわい。ワシはそろそろ飽きたぞ」
モンズがけだるげに言った。
「それは申し訳なかったな。本気じゃなかったもんで」
「もう終わらせてあげるよ」
「おぬしをぶっ倒してな」
鉄玉を振り回す音のみが聞こえた。
もしかしてワシ、けなされたのか――と、モンズは頭をかし傾げた。
「つきあいきれん」
「同感――」
二人は同時に前へ出た。
「奴は鋼系の〈あやかし〉じゃ。攻撃の仕方に気をつけんと、逆にケガをするぞ」
「了解!」
鉄玉は大振りでその攻撃パターンは限られ、至極読みやすかった。
かわして内に入ることはたやすかった。
間合いに入り込み、突きと蹴りを一発ずつ入れたが、モンズはびくともしなかった。
本当に鋼を叩いているようであった。
「言ってる側から――」
カルがタイセイと入れ替わるように間合いへと入ってきた。二撃、三撃とモンズへと打ち込んだ。
カルの拳であれば多少揺らぐようだ。
確かにモンズの硬さは、生身の拳の方が逆にまいってしまいそうである。
しかし、倒すのであれば、もっと強烈な打撃が必要であった。
どうする――?
カルが鉄玉をかわしながら戻ってきた。
「何か良い案は浮かんだか?」
「強烈な一撃を打ち込んで汽車から叩き落とす」
「――考えてないんじゃな」
「ごちゃごちゃとうるさいぞ!」
と、モンズが跳んだ。
思いも寄らぬ攻撃であった。
あの体躯で跳ぶとは――意表を突かれたのは一瞬のことであった。
宙に浮かぶその姿は、とても褒められたものではなかった。高さもなかった。
そんな浮かんだ姿勢からモンズが投げつけた鉄玉は、まるっきり二人に届かず、足元の屋根を直撃した。
鉄製の屋根が紙細工のように千切れ飛び、鉄玉が埋まった。
跳んでいた本人も屋根に落ちた。
「何のために跳ねたんだか――」
「全くじゃ」
「計算ずくに決まっておる――あれ?」
モンズは立ち上がったが、両腕を屋根に繋がれたような姿勢で止まった。
鉄玉が屋根に引っかかっていたのだ。
小僧、騙されるなよ――と、カルが小声で言った。
タイセイには分かっている。
モンズの力で鉄玉が抜けないはずがないのだ。チャンスとばかりに近づいた所を攻撃するつもりなのだ。
うかつに間合いへ入るな――ということだが、そうも言ってられなかった。
タイセイはモンズへ向かって踏み出していた。
タイセイには、屋根に走る亀裂が見えているのだ。
「みんな、避難を!」
タイセイはそれだけを言った。エイミたちに伝わることを信じて――。
してやったり――という表情がモンズの猪顔を歪めた。
鉄玉が引き抜かれるより先にモンズの足場が崩れ落ちた。
タイセイは飛び込んだ。
主より遅れて落ちかけた鉄玉を宙で掴まえた。そのまま穴を飛び越え、まだ無事な屋根の上へ着地する。
鎖を握って巨体が下へ落ちるのを止めた。
車両内にはエイミたちがいるのだ。下敷きになるのを防がねばならない。
タイセイは全体重をかけてモンズの重量を支えた。
――が、思った以上の衝撃が来なかった。
目を穴へ移す。
モンズのずんぐりとした体躯が意外と上に見える――いや、上なのだ。
壊れた屋根が宙に浮いている。その上にモンズが乗っているのだ。
下を潜って人影が無事な方へと移動していく。
「カル!」
勝手な名で呼ぶな――と重みに耐える声が立ち上ってきた。
タイセイが向かっていったのを見て、カルは下へ飛び降り、瓦礫ごとモンズを受け止めたのだ。
「ありがとう、助かったよ」
「ついでじゃ」
何のついでか分からないが、カルの照れが見てとれた。
「急いで、こっちへ!」
聞き覚えのある声に、タイセイの視線が動いた。
エイミであった。
逃げ遅れた人を誘導しているのだ。
入り込む夕紅と影が、汽車の移動速度で入れ替わりながらエイミの姿を浮き立たせた。
エイミがタイセイを見上げた。
笑みが頷く。
明らかにタイセイの声を聞いて動いてくれたのだ。
ここまで、モンズの足場が落ちてから数秒と経っていない。だが、避難はほぼ終了していた。
彼女の笑みはそういう意味も含まれている。
「いつまで、ワシを物扱いしとるか!」
モンズが咆えた。
鎖を引っ張られ、タイセイが中へと引きずり落とされた。
エイミを飛び越し、背中から床へ落ちた。
同時に支えを失ったモンズも床へともんどりうった。
タイセイとカルは繋がっている。有効範囲以上に飛ばされたため、カルも引きずられたのだ。
息が止まるほどの衝撃を堪えるタイセイの横にカルも転がってきた。
モンズが立ち上がった。相当派手に転んだようで、後頭部を押さえている。
そのモンズとタイセイたちの間に人影があった。
エイミだ。
モンズが豚鼻を鳴らして、鉄玉をまた振り回し始めた。
風切音がうなりを上げる。
モンズの背後にも村人がいた。鉄玉が近くを通る度に縮こまるように脅えている。
その人だかりの一番手前にあの兄妹も見えた。
太い脚が車両を揺らし、モンズが走ってきた。
「エイミ!」
タイセイは、呪縛にかかったように動けないエイミの前に出た。モンズの攻撃を自分の身で受けてかばうつもりであった。
鉄玉が飛んできた。
エイミを抱きかかえ、迫る鉄玉に背中を向けた。
だが、背中を打ったのは別の衝撃であった。
タイセイにはそれが何か分かった。
――カルだ。カルがタイセイのさらに前に出て、鉄玉を真正面で受け止めたのだ。
受け止めたは良いが、踏ん張る力よりモンズのパワーの方が上であった。カルの背中に押され、タイセイとエイミが床を転がった。
影が頭上から迫った。
鉄玉の二撃めだ。
正確性のない攻撃はタイセイではなく、倒れたエイミへと落ちていた。
滑るように跳んでエイミを手繰り寄せるように引いた。
エイミの身体があった床に鉄玉が埋まる。考え無しの力は床を破壊した。
その崩壊に巻き込まれてしまった。
エイミが短く悲鳴を上げて、広がる穴へ落ちた。
タイセイはその寸前でエイミの上半身を掴まえた。彼女の腕の下から手を回し、向き合うような姿勢で受け止めた。だが、彼女の下半身は穴の下である。少しでも緩めると線路に引きずられかねないギリギリの位置だ。引き上げたいところだが、これ以上力を込めると、タイセイの足元も崩れそうであった
床を壊した鉄玉が引き戻される――メリメリと床板が文句をつける。タイセイの足元も呼応している。
カルが鎖を握って戻されるのを止めた。
だが、彼もダメージは少なくないはずだ。一撃めをその身体で受けたのだから――。
案の定、穴の向こう側で片膝をついたまま立ち上がれずにいた。力比べで勝てる状態ではない。にもかかわらず、鎖を押さえた。もう片手には鉄球が抱えられている。半分ははったりであろう。
タイセイは何とかエイミを引き上げて、カルの負担を軽くしたいが、床はいつ落ちてもおかしくないほどだ。
「タイセイ――手を離して――」
エイミが耳元で言った。
「大丈夫だって」
「無理よ。君まで落ちてしまうわ」
顔を動かすのさえ憚れる姿勢なのだ。かろうじて横顔が見られるくらいだ。
「君が生き残れば、村の人は助かる。でも一緒に落ちてしまったら――」
「エイミはいつも人の心配ばっかり――。大丈夫――みんな助けるよ」
腰を引いてみるが、やはり二人分の体重には耐えられなさそうであった。床がまた微かにひび割れた。
「人間とは何と愚かな生き物だ。かばいあって結局揃って死ぬ。自分が良ければ良いではないか」
モンズが豚鼻の下で口を歪めて笑った。
「娘の判断の方が正しい。なのにお前は手を離さない。娘に言わせると迷惑――とも言える」
なあ、同士――とモンズはカルに問い掛けた。
「そうじゃな――。愚か――なのかな」
カルの独り言のような言葉が金属質の背中の向こうに聞こえた。
「自分が良ければ良い。人が不幸になろうと放っておいたとて、誰も文句は言うまい。静かに長く生きるためには最良の方法じゃろうな――」
モンズの目が更にいやらしいほどに歪んだ。
「お前は〈あやかし〉だ。こっち側の存在だ。宿主を奪って、こっちへ来れば良い」
やれやれ――と、いうように鋼の頭が横に振られた。
「わしもこいつの愚かさが伝染ったようで、さっきもかばってしまった。それに――」
モンズの笑みの歪みが止まった。
「愚かなやつというのは少なくないらしい」
カルが嬉しそうに言ったすぐ後だ。
タイセイの身体が後ろへと引っ張られた。力強さは一人二人のものではない。
あ――っという間に、エイミの身体ごと車内へと引き上げられた。
それを待っていたかのように、さっきまで立っていた床が落ちた。
金属片の転げ落ちる音が車両下を遠ざかる。
「大丈夫か、タイセイ?」
聞き覚えのある深い声は、父のタイガであった。
タイガがタイセイを背中から抱えていた。よく見ると、そのタイガの後ろにも村の人が繋がっていた。身体を支え合う列は車両の影になっている奥まで続いている。タイヨウの姿も見える。
皆が繋がって、タイセイを引き上げてくれたのだ。
倒れたエイミの周りに女性が駆け寄っている。
身体を起こしたエイミがタイセイに微笑みかけた。
「ありがとう――みんな――」
見回したみんなに笑みが浮かんだ。
父の支えを離れ、自らの足で立ち上がった。
モンズが鉄玉を引こうとしたが、カルの握った所からビクともしなかった。
タイガがタイセイの肩を叩いて、下がっていった。
皆も奥の壁まで下がっていく。
タイセイが戦いやすいように――。
「タイセイ、気をつけて――」
エイミもその人垣の最前列まで下がった。
あの時に似ていた。
クフノセが村を攻めてきた時に――。
村の門の前でクフノセと戦った。エイミや父や弟に見守られながら――。
タイセイは勝てなかった。
今は相手がモンズに変わった。クフノセほどの脅威は感じない。
それは心強い相棒がいるからかもしれない。
だから負けやしない。
そう、一人ではないから――。
タイセイが顔を上げた先で頼もしい銀の背中が見えた。
モンズが必死に鎖を引いているが、動く気配さえなかった。
「おぬし、さっき私のことを〈あやかし〉と言っておったが、私は私じゃ。そんな括りで捉えられるのは迷惑じゃ」
豚鼻がめくれ上がった。恐らくカルの声は、モンズの頭まで届いていまい。
タイセイは助走をつけると穴を飛び越えた。
「それに――おぬしは私の敵じゃ!」
カルが鎖を引いた。
モンズの巨体が宙に浮かんだ。跳ねたタイセイへと向かってくる。
タイセイは両足を伸ばしてモンズへと飛び込んだ。
カウンターだ。
だが、この体重差である。
タイセイは跳ね返されて床に落ち、モンズは元の方へ戻っていった。
モンズはすぐ立ち上がった。勢いと力に任せ、再び鎖を引いた。
カルは鉄玉を押さえてなかった。
引いた力で鉄玉がモンズへ飛びついていった。
鈍い音を立ててモンズを打ち、巨体がもんどりうった。
「立てるか――」
カルがタイセイに歩み寄る。
もちろん――とタイセイは起き上がった。
モンズも三度立ち上がると鉄玉を回転させた。怒りに興奮しているのか、鎖が車両内で振り回せる長さではなくなっている。回し損ねた鉄玉が天井や横壁を弾き、削った。
村人の悲鳴がその度に波打った。
「いいかげんにしろ!」
タイセイが前に出た。
カルが続く。
「お前らから来てもらえるとはな――」
モンズが両手の鉄玉を同時に二人に向かって放り投げた。
「これでお前らも粉砕だ!」
鉄の玉が真正面から迫った。
タイセイはバカ正直に迎え撃った。
村の皆に被害がないのは奇蹟に近いのだ。これ以上、偶然を望んでいられない。
決着をつける――。
タイセイは右腕を振った。
右の拳が重い鉄玉を捉える。悲鳴を上げるような痛みが走る。
タイセイはそのまま力を逃がすように鉄玉を左横――車外へと弾き飛ばした。
黒い影はそのまま岩壁へめりこんだ。
カルも同じく鉄玉を弾き飛ばしていた。右側の岸壁へ――。
岩に埋まった鉄玉を回収できずにモンズの腕から鎖がどんどん伸びる。
驚愕と焦燥にモンズの両目が限界まで見開かれた。
ぬお――とモンズが悲鳴を上げた。
伸びきった鎖に両腕が大きく広げられた。
モンズの巨体が引っ張られた――否、身体の方が列車に置いていかれているのだ。
汽車の速度でタイセイたちとモンズの距離が縮まる。
カルが右腕を突き上げる。
タイセイは右脚を蹴り上げた。
二人の攻撃が巨体にめり込んだ。
ぐふ――とモンズが呼気を洩らした。
だが、衝撃は平等に、攻撃した方へも押し寄せた。その比は先ほどの鉄玉以上だ。鋼の巨躯に、汽車の加速が乗ったのだ。
ぎしぎしと脚が衝撃にきしんだ。軸足も倒れるより先に折れそうであった。
カルの右手も隣で悲鳴を上げているようだ。
それでも負けるわけにいかない。
この圧力に負けるということは、その力ごと後ろの人たちをも巻き込むことを意味しているのだ。
二人が吼えた。
カルが貫き抜くように突いた。
タイセイが軸足を跳ね上げ、両足を天へ放った。
モンズの力で抜けなかった鉄玉が岩壁から引っこ抜けた。
モンズへそれだけの力がぶつけられた――ということでもある。
めきめき――と鋼の身体が砕ける音と共にモンズの巨体が茜空へと弾かれた。自らが破った穴から重々しく天高く飛んだ。
重いものが屋根上を二、三度転がり、後方へと落ちたのが音だけで分かった。
汽車は異形の敗者を乗せることなく、通り過ぎた。
間もなく線路をかむ連続音がタイセイの耳に届いた。
常に走っている汽車の音がやっと聞こえたということは、戦いが済んだことを肌が感じ取ったせいであろう。
――と、思い至った途端、急に息が切れた。
タイセイは両足で攻撃したため、そのまま床に背中から落ちていた。
破れた屋根と、両脇の岩山が四角い窓を作り、ゆっくりと流れていく桃色の雲を映していた。
大の字に倒れている横にカルがちょこん――と座ってきた。
「強烈な一撃を打ち込んで汽車から叩き落とす――言ったとおりでしょ」
とタイセイが息切れ切れに言った。
ぬかせ――と、カルが半ば呆れながら、身体を突っ伏した。
舌を出して体温調整しているところを見ていると――。
「なんじゃ?」
「そうしてると犬みたいだなって思って」
「私は由緒正しき〈リオン属〉じゃぞ」
「どんな由緒があるのさ――」
二人の会話に、エイミが覗き込むように入ってきた。
カルの顔をじ――と見ている。
「君がタイセイの〈あやかし〉ね」
「おぬし――」
「エイミです。さっきは助けてもらって――ありがとうございました」
「カル――ってんだ」
「勝手に名付けるな――」
小さな影がタイセイの鳩尾へ頭から飛び込んできた。
タイヨウだ。
悶絶するタイセイに何かをわめいている。言葉になっていないので内容はわからない。
笑っているエイミの横にタイガが歩み寄ってきた。
「よく――生きてた」
無骨な顔の中で瞳が静かに揺れる。
夕闇が近付く陰影に負けないほど父親はどっしりと立っていた。
タイガはにこりと微笑むと今度はカルの方に向き直った。
「父のタイガです」
カルが面食らったような顔をした。
が、すぐに斜に構え直して言った。
「カ――じゃない――〈リオン属〉じゃ」
「息子をよろしく頼みます」
タイガは深々と頭を下げた。
え――と、カルは思わぬことにさらに戸惑いを見せた。
「う――うむ、面倒を見てやらぬでもないと言っておこうか」
しどろもどろであった。
タイセイはそれを可笑しそうに見ていた。
そんなカルを見るのは初めてだからだ。
会ってまだ一日も経っていないが、これほど信頼の置ける相棒はない。
「相棒で思い出した。ヤイチとトールは?」
「〈あやかし〉たちは、リーダーたち、戦闘能力のあるやつとないやつに分けて乗せたんだ」
「あちこちで反抗を起こさせないようにするためじゃな。一車両で反抗を起こしたとしても、非戦闘員は人質扱いとなるわけじゃ」
カルにタイヨウが頷いた。
「そうか、ここは非戦闘員用の車両か」
「ヤイチたちは確か四つ前の車両に乗るところを見たよ」
他の誰かが教えてくれた。
タイセイはほっとした。
妬けを起こして戦っていたらどうしようか――と、心配していたのだ。
「そうか、みんな無事なんだな」
「君だけだって、無事じゃなかったのは」
エイミが笑った。
「タイセイ、これからどうする気だ?」
「このまま別の土地に行くんだ」
タイセイはタイヨウを離し、立ち上がりながらそう言った。
ざわ――と、車両内が打ち震えた。
やはり抵抗はあるのか――と思ったのも一瞬であった。
納得する声があちらこちらで聞こえた。
「それも致し方あるまいな」
「村長は?」
「納得してくれた。してなかったのは長老たちだけ」
だろうな――と、いう声に笑い声が花咲くようにほころんだ。
「もう少しでカンナイ川を渡る。また新しい土地を探しましょう」
歓声が起こった。
力強く、頼もしかった。
「良い村じゃな」
カルが言った。
タイセイは頷いた。
あの兄妹が近付いてきた。
言葉が出ず、結局頭だけを下げた。
「いいよ、君たちが無事なら――」
頭を上げた兄の目から大粒の涙が頬を伝った。
カルが軽く肩をこづいてきた。
微笑んでいるようだ。
タイセイも微笑み返そうとした――。
その時であった。
目の端に捉えたものがあった。
白い獣だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます