11|第一発見者へ聞き込み

 公園で別の事件が発生したため時間をとられたが、本来の事件である大原邸へと戻り、暁と朝陽乃はそこで待機してもらっていた秘書の千場要に面会した。

 大原清二郎の死体を最初に見つけた第一発見者だ。


【千場要】

「大原先生の政策秘書、千場と申します」


 深々とおじきをし、名刺を渡される。暁と朝陽乃は一度目を見合わせ、特に問題もないので受け取った。


【暁増結留】

「どうもご丁寧に、警視庁の暁です。手触りのいい名刺ですね」


【千場要】

「ありがとうございます。有権者の方に少しでも覚えをよくしてもらうために、手触りの優しい手漉き製の和紙で名刺を作っているんです」


【暁増結留】

「なるほど。議員秘書さんらしい細やかな気遣いです」


 暁はこほんと喉を鳴らし、話題を切り替える。


【暁増結留】

「それで何度も聞かれてご面倒でしょうが、もう一度死体を発見したときのことをお聞かせ願えますか」


【千場要】

「えと、あなた方。刑事さんにしては随分と……お若いのですね。中学生かしら」


【暁増結留】

「はい。よく不審がられますが、ちゃんとした警察官です。お気になさらず」


 眠たそうで無表情なのは暁の普段通りなのだが、これ以上の雑談を好まず先を促されたと思ったのか、公的証明を持ってこの場にいる以上、年齢は関係がないと千場は思い至る。

 それ以上追求することもなく詳細を話しはじめた。


【千場要】

「……先日の政治資金パーティーが終わって、先生の邸宅に戻ってからお別れをしました。今朝お迎えに上がったのですが、返事がないので失礼ながら玄関を開けましたら……先生が」


【暁増結留】

「玄関を開ける? 鍵を持ってらっしゃるのですか」


【千場要】

「公設秘書ですから常に先生をお支えするのが我々の仕事です。送迎もこなしますので合鍵も持っています。先生に信頼されてなければ秘書とはいえませんから」


【朝陽乃日凪】

「公設秘書……さっきは政策秘書さんて言ってましたけど、種類があるんですか?」


【千場要】

「国費か私費かで違います。公設秘書というのは、国費で給与がいただける公的に認められている秘書のことです」


 公設秘書は議員一人につき三人認められおり、政策秘書、第一秘書、第二秘書がいる。我々の税金から捻出し、国からの費用で雇えるのがこの三人となる。それとは別に私設秘書という人たちがいて、議員本人の歳費で支払われるため、こちらは制限人数なしで雇える。


【暁増結留】

「政策秘書だけは資格が必要でしたよね。千場さんは大原議員の政策提言の中核ということでしょうか」


【千場要】

「そのような大それたことは。十五年以上、先生とともに成長させていただき、ご厚意もあり資格を取得し、政策秘書として勤務させていただきました」


「それが……まさかこんなことに……っうぅ」


【暁増結留】

「検視報告によると死亡時刻は深夜。大原氏と最後に別れてから何をしていました? 犯行時、現場の不在証明はできますか」


 時間帯まで絞ると深夜二時ごろなのだが、警察側は聞き込みで時間を特定するようなことはしない。反抗時刻以外にも情報は沢山眠っている。色々な事象を想起できるよう幅を持たせ、事件の核心に迫っていく。


【千場要】

「……夜中の一時ごろ自宅に戻って、そこから会議の資料作成を行なっていました。一人暮らしなので、それを証明できる人はいませんが……四時まで仕事をしていたので部屋に灯りはつけていました」


【朝陽乃日凪】

「四時……!? 朝から晩まで、ずぅっと仕事ってことですか。いつもそんな感じ?」


【千場要】

「ええ、毎日です。議員には何十万という有権者の意思がございます。それを背負ってる先生の言うことが私どもの最優先事項ですし、休みはほとんどありません。議員秘書とはそういうものです。先生の役に立つことが、ひいては国のため、国民に尽くすことになりますし、そこに不満はございません」


 警察への応対に疲れたのか一度深呼吸をし、首に手をやる。自らの職業に誇りを持っているようだった。


【千場要】

「……それであの。先生の死を、お付き合いのある支持者の方や諸先生方へ説明と挨拶をしなければいけません。国会はすでに始まってますし、私はこれで失礼してもよろしいでしょうか」


【暁増結留】

「……はい。またお聞きしたいことがあったらご連絡差し上げます。ありがとうございました」


 そういって、現場から千場は離れていった。一拍おいて朝陽乃が暁に尋ねる。


【朝陽乃日凪】

「帰してよかったの?」


【暁増結留】

「犯罪をした証拠がありませんから、不当には拘束できません。現状で犯人の疑いがあるなら殺人課の方達が拘束していますよ」


【朝陽乃日凪】

「そっかぁ……でもまぁ、怪しい感じはしなかったもんね」


【暁増結留】

「人たらしの職業」


 顎に手を当てて考え込んでいた暁はポツリと漏らす。


【朝陽乃日凪】

「ん? なにそれ」


【暁増結留】

「政治家秘書の別称です。選挙は地盤固めが勝敗を決するので、議員と共に地元へ挨拶回りをし、有権者に好かれ心に残るよう常に気配りする職業。人を欺くのは長けています」


【朝陽乃日凪】

「あの誠実そうで物腰柔らか〜も、信用しすぎないほうがいいってこと?」


【暁増結留】

「ええ、彼女は何か隠していますよ。不満はないと言ったとき、首を触りました」


【朝陽乃日凪】

「首?」


【暁増結留】

「『非言語行動』で不快やストレスを解消する行為です。犯人かは不明ですが、証言は何か隠しているか嘘をついていますね。信用するには早計です。また近いうちに彼女と接触を試みましょう」


 朝陽乃は自分では気づかない箇所を指摘する暁に感心したように目をパチクリする。


【朝陽乃日凪】

「やっぱり暁くんとペア組むと勉強になるなぁ。昼埜くんだったら今頃、根拠なく奥さんを犯人扱いしてるよ、きっと」

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