10|捜査開始
朗らかに雨夜が毒づくと、暁があぅ……と悲しい顔をして自己弁護に走る。
【暁増結留】
「……心外です。アメリカではすでにAIやビッグデータを専門に扱う企業が躍進していて、僕も仕事の延長で参画してます。これが面白くて……あ、さっきの刑事さんの反応も、データとして保存してもいいですか?」
悲しい顔から一転、張りを取り戻した声と、表情筋こそあまり動いていないが、屈託のない笑みを浮かべて石住に確認した。
【石住大】
「……なんだか今更な気もするが。問題ないよ」
石住は呆れ気味に応対したが、苦笑して許可を出した。
【暁増結留】
「合意確約。こういった一つ一つがサイエンス・プロファイリングを形作る重要なデータとなるんです」
持っていたポータブルデバイスにタッチして同期した。グラフや統計データと紐づけているようで、画面には多種多様な数値の羅列が表示されている。
【石住大】
「プロファイリング……そうか、暁君はFBIの学校にも行ってたんだっけ」
【暁増結留】
「はい、クワンティコにある世界から超能力者を集めたFBIのナショナルアカデミーで、行動科学や心理学も勉強したんです」
【石住大】
「……暁君の場合、超能力より経歴の方にビックリするな」
【暁増結留】
「僕の超能力は地味で分かりづらいですからね。その分、年齢と経歴で驚かれます」
【雨夜想】
「飛び級で東大生が群がる超難関の国家公務員試験に合格。警察官僚でFBIも認めるプロファイラー、ハイテク企業の参画も務める。超能力者なのに驕らず、公徳心が高く私利私欲もない。この前なんて警視総監と直に話して感謝されてなかった? ねぇ何したの。暁くんは将来日本を背負って立つの?」
「もはや存在がチートよね。そんな人間いる? って感じ」
警視総監は警視庁トップの役職で、現場捜査官である警部補がおいそれと話せる立場ではない。
褒めているのか呆れているのか。雨夜は白々しく述べてから暁に柔らかな笑みを向け、尊敬しているのが見てとれた。
【暁増結留】
「アカデミーでは僕と近い年齢の子がいましたよ。イギリスやブラジル、インドにアメリカ国籍。その子たちは間違いなく天才で、今もスコットランドヤードや大元のFBIで大活躍しています」
【昼埜遊人】
「その天才の中に混じれる、すごい奴の一人がお前なんだっろ! 自慢か!」
グシャグシャと頭をかき回され、暁は、あぅ、そう言うつもりは……と小さくつぶやいた。
【鍋島吾郎】
「しかしなるほどな。超能力を使うにも、食べる、読む、寝るなどの蓄積行為が必要で、コスパが悪いわけか」
学生の捜査員たちは頷いた。超能力者として目覚めても、使用のための蓄積方法は個人によって違う。
蓄積は一日に占める比重が大きく、専門職で日常的に蓄積行為を自然にこなさない限り、資質があっても自らが超能力を使えるとは一生気づかない者もいる。
しかしごく稀に、先程の公園の状況のように超能力に目覚めたり偶然使えてしまうことがあると、暁は説明する。
【雨夜想】
「私たちはそれを”残滓にあたる”と呼んでいます。現場に残った超能力の因子が他人へ感応し、眠っていた超能力を引き起こし、制御できずに暴走してしまったのだと思われます」
【鍋島吾郎】
「公園での凶暴じみた犯行はそれで、か」
合点がいったと、鍋島は納得したようだ。
【晩過誠】
「お前ら、話はその辺にしておけ。鑑識もひと段落したらしい」
【石住大】
「っと、少し話こんでしまったか」
公園暴行犯の後処理をしていた晩過が一仕事終えたようなので、捜査員たちの能力についての話は一旦終了した。暁が代表して前に出、今回の政治家殺人事件の説明に入る。
【暁増結留】
「では、これから政治家事件の捜査を本格的に始めますが、それぞれが行動する前に被害者をあらためて確認します」
「大原清二郎。三十八歳、既婚。父は与党の重鎮、大原純太郎。妻は元芸能人の大原久里子。子供はなし。若さと親の権力を武器に、若手の星という形で党内でも一定の発言権を有していました」
「現時点では金銭や交友関係のトラブルなどは確認できません。議員は恨まれることが茶飯事でしょうからそこに関して徹底的に洗っていきます。何か質問は?」
【鍋島吾郎】
「ある。雨夜の能力、現場で超能力を使った被疑者を、今探知できるわけではないんだな」
【雨夜想】
「はい。捜査で聞き込みをしていても相手が超能力を使っていなければ視えません。仮に視えて本人だとわかっても、残念ながら現行法では逮捕令状がおりません」
「超能力だけでは犯罪を犯した証拠とはいえませんから。緊急性の高い現行犯か従来の捜査の証拠を固めないと、超能力というだけでは拘束できないのが実情です」
【鍋島吾郎】
「なるほどな。わかるだけでも十分優秀だ。俺らが必要なのもよくわかった」
【暁増結留】
「他に質問は……ありませんね。では、僕と朝陽乃さんは第一発見者に話を聞きに行きましょう」
【朝陽乃日凪】
「は〜い、秘書の人だね。千場要さんだっけ」
こくりと暁は頷く。第一発見者への聞き込みは捜査の始点となるため、非常に重要となる。朝陽乃とペアを組んで当たることにした。
【晩過誠】
「秘書の千場は大原邸に待機してもらっている。今のところ怪しくはないが、不審な点があれば部署まで同行してもらえ」
【暁増結留】
「わかりました。では昼埜くんと雨夜さんは、大原議員の奥さんに話を聞きに行ってください」
【雨夜想】
「議員の奥さん。大原久里子さんね」
【昼埜遊人】
「元芸能人だよな〜。スッゲー美人、やる気でてくるぜ」
昼埜は有名人に会えると意気込んでいるが、雨夜は呆れ顔で迷惑かけちゃダメよと視線を送っている。
【鍋島吾郎】
「じゃ、俺たちは従来通り不審者の目撃情報を探すでいいんだな。何かわかったら報告する」
【石住大】
「聞き込み捜査、了解っす」
【暁増結留】
「晩過さんは……」
【晩過誠】
「俺は戻って会議と書類仕事だ。面倒な管理職ってのは考えものだわな」
【朝陽乃日凪】
「晩過さん、しょぼくれてる〜。白髪増えたし大丈夫?」
【雨夜想】
「自分で警部の昇任試験受けたんだから自業自得でしょ。推薦されて警視にでも選ばれたら胃に穴が開きそうね」
【晩過誠】
「うるせ。そこまで昇進意欲はねぇ。俺はお前らの後始末が大変だって言ってんだよ。それでも信じてんだから犯人捕まえろよ。ま、あとは任せた。じゃーな」
そう言って晩過は踵を返し、哀愁ただよう背中を見せ部署へと戻っていった。
晩過はSJPD捜査員の上司だが、超能力者ではなく普通の一般人だ。学生たちは軽口を叩くが、人によっては気味悪がられる超能力者に対して、分け隔てなく接してくれる晩過に尊敬の念が見て取れる。
学生捜査員の四人は視線を交じえ、後始末は自分がするという晩過に感謝し笑みをこぼす。
そうして現場と裏方、それぞれが役割を確認し、政治家殺人事件の捜査へと動き始めたのだった。
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