09|学生捜査員〜暁の超能力〜
【暁増結留】
「では最後は僕ですが──」
こほん、と息を整えてから続ける。
【暁増結留】
「自身が知覚した範囲対象の構成要素を質的量的非構造データに変換して分析、収集、合理化し、対象の意思決定をデータ主導型へ誘導干渉する能力です。データサイエンティストのようなものですね」
【鍋島吾郎】
「……非構造? 誘導……干渉? データサイエン……なんだ?」
それは日本語なのかと鍋島が訝しがる。文章にしたら漢字ばかりで目が滑りそうだという顔をしていた。
【雨夜想】
「暁くん、それ絶対わからない」
【暁増結留】
「…あぅ。そうですか。刑事さん、わかりやすく説明するのでこれを並べて下さい」
取り出したのは五つの紙コップだった。
マジックでやるように飲み口を反転し、ベンチに蓋の役割をさせ、中は見えないようにさせた。
【暁増結留】
「五つの紙コップの中に、朝陽乃さんが食べてるお菓子を一つ入れて下さい。その瞬間、僕は後ろを向いて見えないようにしています」
朝陽乃が名残おしそうに詰め合わせの中からお菓子を一つ渡した。石住に終わったら返してくださいねと念押しする。
何をするのだろうかと聞きたかったが、とりあえずは言われた通りにしてみようと紙コップに意識を集中させた。
【石住大】
「ふぅむ……」
それぞれの紙コップを見比べて触ってみる。
特におかしなとこもなく普通のようだ。気が付くと暁は石住を注意深く観察をしている。
【石住大】
「出会った時も君に怖いくらい見つめられたが……なんなんだい?」
【暁増結留】
「能力に関係しています。お気になさらず」
【石住大】
「わかった。はい。じゃあ、入れる」
暁が後ろを向いたのを確認し、右から二番目の紙コップにお菓子を入れた。
【石住大】
「入れたから、こちらを向いていいよ」
暁が石住と向き合う。
先程の視線はなくなり、無表情ながらもいくらか優しい雰囲気を感じる。
【暁増結留】
「では刑事さんがお菓子をどこに入れたか、当てますね」
すぅと息を吸い込み、逡巡するでもなく、答えを知っているかのように迷いなく断言する。
【暁増結留】
「右から二番目の紙コップです」
【石住大】
「え? あ、そうだよ……あってる!」
さっと、二番目の紙コップを上げ、中にお菓子が入ってるのを全員が確認した。正解だ。
【石住大】
「マジックじゃないんだよな……まさか、さっき説明してた三船千鶴子の千里眼、透視の能力ってことか!?」
【暁増結留】
「いえ、中が見えてるわけではありません。分析した結果です。刑事さんはお菓子を入れる前に、紙コップを全て見てから瞬きをした後、一瞬だけ右から二番目のコップに視線を移し瞳孔が開きました」
【石住大】
「え? 瞳孔……そんなこと、したかな」
【暁増結留】
「これは『非言語行動』というもので、本人も気づかないうちにしてしまうものなんです。肩をすくめたり、鼻を掻いたり、首に手をやったり。米国のFBIやCIAがよく言うノンバーバル・コミュニケーションというものです」
【石住大】
「む……ドラマで見たことあるような……」
【暁増結留】
「大脳辺縁系の行動であり、原始的な所作です。道路を横断中に車が来て事故にあう瞬間、身体が固まってしまう。それと同様、生存のための防御反応と同じ本能的なものなんです」
この説明をすると、該当者はボディランゲージをしないように極端に緊張して逆に行動が読みやすくなるのであしからず。と告げると、石住が身体を硬直させたのに気づいて暁は苦笑した。
【暁増結留】
「そしてその行動を確認後、能力を使い刑事さんが右から二番目に入れるよう”誘導”しました。これが僕の超能力、『解析干渉』です」
【石住大】
「はぁっ!? 誘導って、自分は暁君に『超能力で身体を操られた』って、ことか?」
【暁増結留】
「いいえ、操ってません。刑事さんの意思決定を促したんです。非言語行動から、能力を使わずとも右から二番目に入れた可能性が高いのですが、諸々なデータを無意識下に渡し、最後の一押しをさせたわけです」
【石住大】
「……わけがわからない。そんなデータもらってないぞ」
【暁増結留】
「石住大巡査長、三十二歳。目黒警察署勤務で独身。普通科の県立高校を卒業後、Ⅲ類試験に合格。趣味は釣りとサッカー・アニメ鑑賞。彼女はおらず年齢的にもそろそろ婚活をとアプリに登録……」
【石住大】
「ちょちょちょちょ! それ、何言ってんの!?」
【暁増結留】
「石住刑事の個人情報を僕の各種データレイクから引っ張ってきています。個人のパーソナルデータと三十代男性の最頻値的な組み合わせを行い、母集団の中から推定し、入れようとした場所こそ最適であると石住刑事本人に認知させました」
石住がぽかんとする。何言ってんだこいつばりの顔なので、暁はより噛み砕いて説明を試みる。
【暁増結留】
「僕の脳波から送るテレパシーのようなもので、無意識ですから気づきません。コンサルタントが相談事を解決してあげるように、多様なデータを一瞬で認知させ、相手の意思を『合理的に導くサポート』をしてるんです。計算でいえば、起こる事象を標本空間Sに入れ、確率(P)1に最大限近づける。標本nから確率変数Xを与え、P{μーσ ≦ X ≦ μ+σ}の事実からどこへ誘導するのが最適か……」
暁が意味不明な計算を口走ると、石住は頭を抱えてしまった。最頻値や標本空間などの用語で頭がこんがらがっているようだ。
【暁増結留】
「要は、あくまで刑事さん本人の意思が重要でして、絶対にここには入れない、というのであれば干渉はできません。ここに入れようか、どうするか迷うというとき、決意を固められるよう行動を促しています」
【石住大】
「なるほど……いやいやいや、それはいいけど。そうじゃなくて! さっきの個人情報でしょ。今の時代うるさいのにどうやって」
【暁増結留】
「ああ、警察に保管されている資料とネットからたどれる分析結果なので合法ですよ。僕が使っているパソコンやポータブルデバイスには、ビッグデータのサイロ化を解消する自作ソフトウェアと、資料を非構造化データに変換し瞬時に導き出せる強力なバックエンドサーバーを独自で持っています」
【石住大】
「だからそれ答えになってる!? 君の言ってることが全然わからん……」
【朝陽乃日凪】
「暁くんは、パソコンとか数学にすごく強いから。わからないときは無視でも大丈夫」
自分はチンプンカンプン〜、と朝陽乃はこめかみに指を向けてくるくる回している。
【暁増結留】
「いや、無視ってそれはひどいです。。まぁ、説明が長くなってしまうので省きますが、世の中は全て数値で成り立っていますんで、僕に行動履歴は隠せないとだけ言っておきます」
「警視庁のサイバーセキュリティ本部、捜査分析センターと組めば、ネットバンキングの資金移動からキャッシュレス決済の使用履歴、匿名の書き込みや思想の傾向も網羅できますよ」
自分にわからないことはない、と告げてるようなものだ。
【暁増結留】
「勤務中、実況chに応援しているサッカーチームを書き込むのは控えたほうがよろしいかと。ばれたら査定に響くかもしれませんから」
【石住大】
「っお……」
石住は声にならず口をパクパクさせていた。
【石住大】
「恐ろしいわぁ。最近の若者ほんと恐ろしいわぁ」
泣きそうになるくらい顔を歪め、縋るようにこれ以上言わないでくれと暁へ頼み込んだ。
【石住大】
「荒くれ者の対処ならなんてことないけど、君とは……絶対に対立したくないな」
【暁増結留】
「褒め言葉として受け止めます。データや情報は原油のように精製されなければ人間社会には益になりません。善にも悪にもなりえますが、国のために正しく使っているので安心してください」
【石住大】
「……あ、そうか! さっきの暴行犯にもその超能力を使ったのか」
石住は、暴行犯に説明していた状況を思い出した。──助かるには人質を解放し、凶器を地面に捨て、手を頭に置き、うつ伏せになって抵抗をしないことです──と言っていたときに、能力を使ってたのだろう。
【暁増結留】
「その通りです。僕の能力は万能ではありません。暴行犯にはうつ伏せになるまでの合理的なデータを認知させましたが、犯人がとった行動は人質の解放のみでした」
「警官の中には銃を構えてる者もいましたから、人質を取り続けることのリスクと自身の命を天秤にかけたのでしょう。人質がおらず凶器を持って暴れる程度であれば日本では撃たれる心配はありませんから」
つまり、被害者を道連れに死ぬと豪語していたのはハッタリだったということになる。人質の解放で犯人は自身の行動に驚いてたが、深層心理では自分は死なずに他人を傷つけて暴れたいというのが本音だったのだ。
【石住大】
「出会った時も君に見つめられて思い出した。あの時もそうだったのか」
【暁増結留】
「はい。信じてもらえなそうでしたしね」
【鍋島吾郎】
「取り調べで資料を提示しながら話してるようなもんか」
【暁増結留】
「それに近いかもしれません。言葉はどんな嘘でも言えますが、僕の能力は統計数値や信頼できるデータを本能に直接呼びかけて行動を促してますから、より原始的なコミュニケーションをしてると言えます」
統計の数値というものは、数だけでは単なる数字でしかない。その裏に隠されたコンテクストを暁によって言葉となり力を持ち、相手も気づかないうちに超能力で認知、誘導させられている。データサイエンスの超能力版だ。
【昼埜遊人】
「俺はそれを裸と裸の付き合いだって認識してるぜ。ガンダムのニュータイプ的な。男同士ならやっぱそういうのなきゃな」
【朝陽乃日凪】
「えぇ〜……その表現は……」
朝陽乃がもじもじと足を動かし指を擦り合わせる。困ったように眉根を下げ、チラチラと暁を見て照れているようだ。
【雨夜想】
「ちょっと、やめてよそういうの。それじゃ私や日凪が、暁くんと……は、恥ずかしくなるじゃない」
雨夜も昼埜のいいように抗議した。三人がわーきゃー言うのを尻目に鍋島は考え込む。
【鍋島吾郎】
(最近は世間の目が厳しく取調室に監視カメラの設置だので大したことはやれん)
(だがこいつの能力なら、『全部本当のことを認知させる』必要もない。もっともらしいデータを並べて『虚実織り交ぜて心理戦ができる』し、『嘘で誘導する』ことも可能だ。
地味に見えるが、使う人間によっちゃとんでもねぇカードになる。こいつとこの超能力が一番ヤバそうだな)
【石住大】
「でもそれが能力だとして他の子たちと同じように蓄積する必要があるんじゃ──」
ふと問いかけて暁を見ると。
【暁増結留】
「すぴー…zzzz。zzzz……むにゃ………」
【石住大】
「立ったまま寝てる!? しかも一瞬で!?」
石住はズコーンというオノマトペを出すような勢いでツッコミを入れる。
【昼埜遊人】
「朝早くに事件で着いたときからすげー眠そうにしてたしな。頑張って起きてたほうだぜ」
【石住大】
「そういえば、出会った時もアクビばかりしていたな……」
【朝陽乃日凪】
「見てわかる通り、暁くんの蓄積は睡眠。一日で十二時間は眠ってることあるよね」
【雨夜想】
「この前なんて起きた一時間後にまた眠ってたわよ。寝るのが趣味になってる疑いがあるわ」
【昼埜遊人】
「ほれ。暁、起きろー。もうちょっと頑張れ」
ペシペシ、と頬を叩く。
【暁増結留】
「っは! ……おはようございます、朝ですか。まだ、眠いです。。睡眠負債が自分を襲ってます……」
【昼埜遊人】
「超能力のためだからって寝過ぎなんだよ。その分の時間もったいないぜ」
【暁増結留】
「ふぁ。いえ、睡眠中もサイロ化された非構造化データを瞬時に導き出せるよう、バックエンドメンテナンスをしてるので時間は無駄にしてません」
「書類仕事はpythonで自作したAIに任せられますし、僕に用がある人へはダイアログフロー形式でのチャットボットも用意しています。寝てても日常生活に支障はないんです。睡眠こそ人類には必要不可欠。もっと寝ていたい……」
【雨夜想】
「言葉だけ聞くとダメ人間のそれ。私はもう慣れちゃったけど、人間味がないわねぇ……」
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