04|超能力の成り立ち
超能力とは何か──。
多くの人は、物体を触らずに念力で動かすサイコキネシスや、第六感といわれる超感覚を駆使して全てを見通す千里眼などを想像するだろう。
日本では明治期に千里眼を持つと言われた三船千鶴子が、透視能力で箱の中にある文字を言い当て世間を沸かせた。だが能力を使うには限定的な条件のもとでしか行えず、中の文字を外すことも多々あり批判が続出。
研究の過程で旧帝国大学の東京と京都による学閥戦となってしまい、報道の過熱化により時を待たず似非科学として決着し現在にいたる。
また、世界では超能力研究がよりさかんに行われた。
米ソ冷戦時代には、ソビエト連邦科学アカデミー主導の超心理学研究、そして共産圏に遅れまいと、米国ではスタンフォード研究所で米陸軍の超能力研究が極秘裏に行われたが、科学的に成果を得られず、プロジェクトは霧散。(後継国のロシアでは、チェチェン紛争など、現在でも超心理学を戦争に利用し成果を出していると発表しているが眉唾だろう。)
科学検証をもって否定された超能力。つまり、現状では超能力の類は似非科学であり、これを名乗るものは例外なく詐欺師である。
そもそも現代において人間本来の能力より、最新の科学を極めた工学・技術製品は超能力を凌駕している。
量子コンピューターを見てみよう。ムーアの法則により人類は小型化の物理限界を迎え、電子のトンネル効果で過去の物理学は意味をなさなくなってしまった。
更なる演算能力を求めて登場するのが量子であり、0と1、二つの状態で存在し、観測されるまでは両方の性質を持つことで平方根計算、並列処理が可能となる。
ビットでしか計算できない現在のスパコンの何千兆倍という脅威的な演算能力を有するようになると言われる。たとえ超能力を持った人間でもこの演算処理は不可能だろう。
一般の生活でも電話やチャット、自動車や飛行機、ドローン(eVTOL)など、昔では考えられなかった通信・移動手段が確率。過去超能力で想像されたような商品が流通し、超能力の必要性はなくなっている。
最新の科学・工業製品は、想像の産物であった超能力を凌駕している────
【暁増結留】
「ですが、その最新の科学が逆に人間に本物の超能力をもたらしました」
ゲノムテクノロジーだ。
2020年、ノーベル賞を受賞したカルフォルニア大学博士発表のゲノム配列編集技術、クリスパー・キャス9が代表例だが、遺伝子を自由に操れるようになった人類は、基礎研究の積み重ねとコストの低下によりゲノム研究は飛躍した。
端を発したのは望み通りの子を生み出すデザイナーベビーだ。中国南方科技大学副教授が、人間の受精卵にゲノム編集を施し双子を誕生させる。倫理の一線を超えたこの研究には、中国国内にとどまらず国際的にも糾弾され、中国政府から違法医療罪で副教授は逮捕された。
だが世界的に規制された技術だろうと人間の欲望は止まることはない。
先天的異常の抑止、競争に打ち勝てる肉体と頭脳、ウイルスや菌への抗体、美しい造形と肢体……
実際、副教授は大々的に動画サイトで研究結果を報告したため発覚したがこれは氷山の一角だろう。
研究者は研究を継続できる環境と資金があればよく、学習コストの下がったテクノロジーは参入障壁が低くなり、倫理を守らない研究者が続出したのだ。
富裕層からの依頼はお互いの利益だ。秘密裏に行われる闇のビジネスが横行し、普通の人間以上の能力の持ち主が誕生した。
さらにゲノムテクノロジーは競争により激化し”異常体”を生み出すこととなる。
医療目的として人と猿の細胞を混ぜた混合体を皮切りに、裏では畜生以下の行為に手を染めた、生命を冒涜する研究者が後を絶たなくなった。
その過程を経て生み出されたのが究極の人工的変異体、超常能力を有する『先人類』である。
【石住大】
「まさかのSF……いや、現実なのか」
【鍋島吾郎】
「あー……なんだ。話はよく分からねぇが、その『先人類』? ってのがお前ら超能力者ってことになるのか」
【暁増結留】
「いいえ。『先人類』によって『救済』の名の下に覚醒させられたのが僕らです」
【鍋島吾郎】
「救済……?」
一つ疑問がでてくる。
ゲノムテクノロジーで先人類を作れ、確実に利益が出るのであれば国家が積極的に量産するべきではないか──。答えは否となる。
現状では倫理的・宗教的観念から人間の遺伝子編集を多くの国が禁止している。
経済的にも誕生から育成コストが莫大で、年数がかかる。能力の高さを駆使して権力者を追い落とすクーデターの懸念も発生する。
多くの国で禁止される行為を率先して行えば、国際的な枠組みから外され経済制裁を受ける。先人類にそれほどまでの価値はない。
先人類といえども列車砲やステルス爆撃にはかなわないし、量子コンピューター並みの演算は不可能だ。
武器の製造や科学の発展をそのまま続けていた方が国家の成長・政権の安定が図れるのである。
そのため、表向きどこも国家としては認めないという体裁が取られた。
当然、どの国でも裏では非公式にゲノムによる先人類の技術の維持・発展を続けるのだがそれは置いておく。
遺伝子操作のチェック体制など国際的な枠組みが形成されたが、もともと富裕層出自の先人類は法の抜け穴や暗黙によって社会に溶け込むこととなった。
そうして成長し各国で要職についた先人類は、同士のみのネットワークを通じてこう考えるようになる。
一般人は我々と違い『ゲノム貧困』であり、──遺伝子弱者──として救わなければならない。
先人類たちは自らを正当化できるため満足する言説なのだろうが、結局は他者を見下し、自分たちを利するためのお為ごかしである。
富裕層出身で能力が高いため特権は享受できるが、数が少ないため派閥が作れず、一定のポスト以上にはいけないのだ。
ならば数を増やせばいい。
そう考えた先人類たちは、一般人以上、先人類未満のゲノム保有中間者を増やして下層の対立構造を作り、権力を維持したまま、自らの主張に賛同者を増やす計画を立案した。
質より量。大衆の意見を引き出し、自分たちの権益を拡大させるのは古来よりのやり方だ。
そうして、先人類たちの仲間で、超常能力で一般人の遺伝子を操作できる者が、欺瞞の塊である『救済』を実行した。
全世界で無作為に超常能力による本行為が行われ、『超能力を有する一般人』が目覚め、誕生したのである。
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