03|通り魔との攻防
【市民】
「きゃあああぁぁぁ!!」
【暴行犯】
「おらああぁぁ! 離れろ、てめえらぁ!!」
幾重も人垣ができたその場に、不協和音のように悲鳴が次々と聞こえてくる。住民たちが注目したその先には、公園内で女性を人質にとり刃物を持った男が暴れていた。
【鍋島吾郎】
「通り魔か!? っち、最近の時勢のせいか、やけに多いな」
【石住大】
「政治家殺しで周囲に警察が集まっているのに、正気かあいつ!」
【雨夜想】
「正気じゃない……あれは残滓にあてられてる」
【石住大】
「……残滓?」
ぼそりと雨夜は呟く。
かろうじて聞こえた石住にはその意味がわからず、考えても詮ないと意識をすぐ暴行犯へ向けた。
【鍋島吾郎】
「ったく、なんて日だ。おい警察だ、刃物を下ろせ! ……馬鹿な真似はやめとけ。包囲しているぞ」
手を開き前面に突き出し、相手の動静を牽制する。その間に警官たちは犯人を円状に囲む。特殊警棒を構え、対無差別テロに用いられる盾と、U字型の刺股(さすまた)で機を伺う。
さらに制服警官の複数人が携帯していた銃、S&W M360Jをホルダーから引き出し、アイソセレススタンスで犯人を狙っていた。しかし人質を取られているため、撃鉄を指にかけたまま、相手の動性を伺うしかなかった。
【暴行犯】
「うるせぇ……俺はもう死んだって構わねえんだ! クソカスみたいな世の中によ、この女を道連れに死んでやる!!」
【人質】
「っひ!? いや、やめて!」
暴行犯が持っていた出刃庖丁を人質の首へ差し向けた。視線が定まらず、口角からも泡を吹いている。興奮状態から何をしてもおかしくない状態だ。取り囲んだ警官たちも、様子のおかしい暴行犯を刺激しないようにと尻込みする。
だがそんな危機的な状況の中、犯人と一定の距離ができた警官の中から──
一人歩み出す少年がいた。
【暁増結留】
「その女性を解放してください」
暁のとっぴな行動に、鍋島が口を開けて激昂する。
【鍋島吾郎】
「バカッ……あのガキ、いつの間に! 何考えてやがる!」
苛立ちを抑えきれない鍋島に、晩過が横から宥めるよう話しかけた。
【晩過誠】
「刑事さんよ、問題ない。ここはあいつに任せてやってくれ」
【鍋島吾郎】
「……あんた。どうなっても知らんからな」
階級が上の晩過に言われては鍋島も黙るしかない。苦味潰した表情で渋々了承した。
【暴行犯】
「んだてめぇは! クソガキ、お前も一緒に殺されてぇか!?」
暁は威嚇を無視し、暴行犯を睨み据えながら、たんたんと口上を告げていく。
【暁増結留】
「落ち着いて、あなたが置かれている状況を再認識しましょう。運悪く出動中の警官に包囲されています。犯行が成立する可能性は、ほぼありません」
囲んでいる警官たちに向けて、手をゆるりと指し示す。
暁の言う通り、暴行犯は警官に取り囲まれており、逃げ場はない。人質を取っているからこその均衡状態であり、殺傷を行えばどうなるか。逆らうだけ悪くなる状況だ。
だからこそ、暴行犯にとって人質は生命線であり、おいそれと手放すはずがない。そんな胸中を知ってか知らずか、暁はさらに畳みかける。
【暁増結留】
「警官の銃が見えるでしょう。これ以上人質を拘束するなら、発砲もありえます」
【暴行犯】
「っ……脅しか」
【暁増結留】
「違います、事実です。ですが、進退極まってるその状況から、簡単に切り抜ける方法を教えて差し上げましょうか」
【暴行犯】
「……なに?」
【暁増結留】
「降伏してください。あなたが助かるには人質を解放し、凶器を地面に捨て、手を頭に置き、うつ伏せになって抵抗をしないことです」
会話に耳を傾けていた暴行犯へ、この状況で応じるはずもない降伏の仕方を淡々と説明した。耳障りな命の尊さを説かれるかと考えていた暴行犯も、その言い様に一瞬キョトンとしてから嘲笑う。
【暴行犯】
「はっ? ハハハ……舐め腐ったガキが」
そうしてピタリと笑いを止め、怒りの形相で睨みつけた。
【暴行犯】
「降伏なんてするわけねぇだろうがあああ!!!」
【人質】
「いやあああ!?」
刃物を振りかぶり、犯人が凶行をあわやという瞬間。
【人質】
「……え?」
犯人が”人質を解放”した。
【暴行犯】
「……は? あ? 俺、なんで? はぁ?」
さらに不思議なのは、解放した犯人も、自分の行動に驚いてるようだった。
【暁増結留】
(人質は解放。せめて凶器も捨てさせたかったですが……)
その場にいる全員があっけに取られる中。人波をかき分け、駆け寄った雨夜は解放された人質を保護する。最初からそうなることを見越していたかのような俊敏さだった。
【雨夜想】
「人質確保! 暁くん、犯人の螺旋が通常より溢れてる。危険だから下がって!」
この結果に犯人はギチギチと歯を鳴らす。どういうカラクリで人質を手放したかは見当がつかず、不満が身体中に溢れているのが目にみえるようだった。
【暴行犯】
「クソカスがああぁぁ! なんでこうなる! 戻れよてめぇ!! なんで、俺は!! いつもいつも、うまくいかないんだよおぉぉ!!」
「ちくしょう! ちくしょうがよおぉ!! ふざけんなああぁぁ」
人質を失って刃物を振り回す犯人に、警察は刺股で応戦し牽制しようとするがー
バキィッ!と硬い音が鳴り割られてしまった。
アルミ合金で加工された円筒状の長物は、手錠や警棒と一緒の代物であり、工具もなく他者が持った穂先を折るのは硬すぎて、人間の膂力では普通不可能だ。
【石住大】
「刺股が割れた! あいつ、本当に人間か!?」
【暁増結留】
「昼埜くん、武器までは無理でした! 頼みます」
【昼埜遊人】
「おうよ! おら、そこの犯人!! お仕置きタイムだ!」
【暴行犯】
「んだとぉ、どいつもこいつも! 舐めんじゃねえぇぇ!!」
お互いが吠え、対峙しあう。昼埜と暴行犯は十メートルほど距離があるはずだったが──
【昼埜遊人】
「よっ」
昼埜に一瞬モヤがかかると、霞むと同時にいきなり視界から消えてしまった。困惑の色を残し暴行犯は驚く。キョロキョロと周りを見渡しても、本当にいない。
【暴行犯】
「っな!? 消え……」
かと思うと、いきなり暴行犯の目の前に昼埜が現れた。
【昼埜遊人】
「じゃじゃーん」
【暴行犯】
「ぁあ!? んでこんな近くに……!!」
間合いを詰められ暴行犯は目を見開き、身体を強張らせ、ひるんだ。その隙を昼埜は見逃さない。
刃物を持った右手に左手をかけ、体捌きで半歩後ろに下がる。
そこからさらに手を脇にかけ捻り、凶器を持てないよう圧迫する。警察が得意とする『逮捕術』だ。
【暴行犯】
「あがっ……!」
カチャン。人体の構造上、抵抗すればするほど痛みが増すため、たまらず刃物を地面に落とす。
【昼埜遊人】
「よっし! 凶器、さいなら!!」
ガッ、と落とした凶器に蹴りを入れ遠くへやった。昼埜はさらに逮捕しやすくするため、捻りを加えて圧倒する。
【昼埜遊人】
「大人しくしろ! このまま制圧……」
そのまま組み敷けるかと思われたが、暴行犯は再度抵抗を試み、憤怒の形相で吠えた。
【暴行犯】
「ざけんなあぁぁ!!」
【昼埜遊人】
「っはぁ!? っちょ、こいつマジ!?」
制圧しようと取り押さえるつもりが、力ずくで剥がされ、昼埜は宙高く投げ飛ばされてしまった。先の刺股もそうだが、普通の人間の力ではまず無理な光景に、刑事たちは驚く他ない。
投げ飛ばされた昼埜は地面に落ちる際に受け身をとるが、ドスンと背中をしたたか打って顔を歪めた。
【昼埜遊人】
「うげぇ!? いってぇ……やっぱこいつ暴走してるわ。くっそぉ」
取り逃した、と悔しそうに昼埜は仲間へ声をかける。
【昼埜遊人】
「朝陽乃、武器はもうない! お前にいいとこ譲る!!」
【朝陽乃日凪】
「任せて! 私が倒す!!」
暴行犯と昼埜がもみ合っている最中に駆け出していた朝陽乃が、中段外受けの姿勢で構える。
【暴行犯】
「んだクソ女がぁ! 次々と、舐めんじゃ……っあがぁ!?」
ガコッ!と鈍い音が響く。
朝陽乃は出し抜けに突き出してきた犯人の拳を捌いて懐深く入り込み、顎先へカウンターを決めていた。
『猿臂(えんび)』という一打必倒の空手技、肘打ちだ。呻いて姿勢をぐらつかせた暴行犯へ、さらに拳を振り落とし『拳槌(けんつい)』で鎖骨を猛撃する。
【暴行犯】
「ぎぇっ!?」
顎と鎖骨を破壊され、立て続けに機先を制された犯人は、なす術もなくふらふらと焦点が定まらず、無防備な状態となった。
撃砕第一。とどめのために追撃の手を緩めない。朝陽乃は半身前屈立ちに一瞬で構え直し、引き手を突きの当たる中心位置に構える。
体に横回転のひねりを加え、腰から肩、腕、拳先へと加速を増し、その作用を利用し重心を移動させ、肩甲骨を押し出し、運動法則の力を増幅させる。
空手の突きで最も威力のある、一点に集中した拳の『逆突き』──
【朝陽乃日凪】
「破ああああぁぁぁ!!」
ドオン!!
放たれた拳は暴行犯の正中線中段の水月《みぞおち》に炸裂した。大物体が衝突したような轟音が響き、周囲の警察官へ撫でるように風が舞う。殴った際の衝撃が伝わるようだった。
【暴行犯】
「がっ……あっ!!」
ガクガクと暴行犯の震える足が膝から崩れ、焦点を失い地面へ崩れ落ちる。ゲームでいえばブラックアウトの状態だ。
拳を引き、残心の構え。朗らかな学生の雰囲気は消え、犯人が立ち上がれば即対応できるよう、一時の隙を見せない朝陽乃の姿がそこにはあった。
【朝陽乃日凪】
「……押忍!!」
犯人の抵抗がないとみるや、両手を開いたまま正面に重ね礼をする。気を失い身体のみがピクピクと動く様に、騒がしかった現場は時が止まったようにシンとしている。
【昼埜遊人】
「うっへぇ……いつ見てもやべぇ。暴行犯の胃が御釈迦。ありゃ何週間も食べられないな」
昼埜の軽口をよそに、警官たちの静寂を破ったのは、もう一人の女性捜査員だった。
【雨夜想】
「警察の皆さん。逮捕、お願いします」
そう言われて数瞬、我に帰った警官たちは無抵抗の暴行犯へ飛び掛かり逮捕をした。
それまでの様子を後ろから見ていた鍋島が目を丸くして呟く。
【鍋島吾郎】
「異常な通り魔を……ガキどもだけで抑えちまった」
政治家殺しとは別件で同日午前八時三十七分、公園の無差別通り魔未遂犯が逮捕された。幸いにも人質や周囲の人間に怪我人は無し──。
【鍋島吾郎】
「どうなってんだ、ありゃぁ」
鍋島は信じられないと、引きつった口を動かしながら呆然と立ち尽くす。
【石住大】
「犯人もだが、凶器を捨てさせたり、消えて急接近したり、普通じゃない威力の突きだったり、君たちは一体……」
【昼埜遊人】
「だっからぁ。言ったろ、あの手の奴らは俺らの専門だって」
【雨夜想】
「私たちSJPDの、でしょ」
【朝陽乃日凪】
「SJPD……つまり、スーパーナチュラル!」
ででーんと朝陽乃が胸を張った。暁は三人の言葉にうなずいてその流れにのる。
【暁増結留】
「僕らは、超能力を専門に扱う対策部署の捜査員なんです」
【石住大】
「超…能……。。力!?」
【鍋島吾郎&石住大】
「「っは……」」
「「はあああああぁぁぁ!?」」
通り魔事件でいまだ鳴り止まぬ喧騒の中、所轄刑事二人の叫び声が一際響いたのだった。
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