02|学生捜査員、現る

 閑静な住宅街である都内の一等地に似つかわしくない喧騒とざわめき。記者がスクープをわれ先にと、立入禁止と貼られた規制線先の現場を撮影している。


 有望若手政治家、「大原清二郎」が殺害され今朝のニュースの一面を飾った。


 事件のあった大原邸は、表門から内部へ続く石畳が綺麗に舗装され、管理の行き届いた庭園と敷地となっている。一等地だというのに百坪はあり、屋敷構えも立派な外観で、高級建築というに相応しい装いだ。


 中に入ると、吹き抜けと大理石がある玄関ホールに、大原清二郎が俯いて倒れていた。


 鑑識官が現場保存をし、写真係が遺体を事細かに撮影をしている。その様子を目黒警察署の刑事二人が見守りながら会話をする。


【石住大】

「こりゃえらいことっすね。まさか政治家が殺されるなんて」


 若干気弱そうな雰囲気の中肉中背の男、三十代前半の石住大(いしずみまさる)刑事が顔を難しくして口を開く。


【鍋島吾郎】

「物盗りじゃないようだな。現金や邸内にある金庫に触れた形跡がない」


 熟年の刑事である鍋島吾郎(なべしまごろう)が邸内を見回しながら答えた。相貌は五十代終盤、左右を刈り上げた坊主スタイルで、白髪が大部分を占めている。

 使い古したコートは若干色褪せ、顔の皺も年期が入っていた。顎に手をつけながら口を動かす。


【鍋島吾郎】

「となると、殺し。この手の議員関連はだいたいが自殺として処理されるんだがな。暗殺のつもりが手違いでトラブったか」


【石住大】

「権力の闇……所轄の刑事としちゃあ、どでかい案件で願ったりですが、うちらだけで収まりますかね」


【鍋島吾郎】

「警視庁の捜査第一課が噛んでくるのは間違いない。おまえ、本部の刑事と組んでみたいのか」


【石住大】

「そりゃ憧れっすから。”花形のソウイチ”っすよ。ペア組んで活躍したら、一課に推薦してもらえたりして♪」


 ”花形のソウイチ”とは、凶悪犯罪を専門に扱う警視庁刑事部の捜査第一課のことだ。ドラマでも殺人事件などで多く扱われるため、知名度は警察でも一二を争うだろう。


 事件が起これば捜査第一課と所轄は合同捜査を実施して事件にあたり、優秀な所轄の刑事は捜査第一課の人員とペアを組んで事件にあたるのが慣例となっていた。


 活躍すれば一課の課員に配属を推薦されることもあり、憧れを持つ刑事は多い。そんな石住の軽口を、下らんとばかりに叱りとばす。


【鍋島吾郎】

「バカが。まずはいつも通り不審者情報を探すぞ、地取りだ。政界にも波及するから、『実行犯』だけなら捕まえられるかもな」


【石住大】

「それ、ただの身代わりかトカゲの尻尾切りじゃないすかね」


 石住は呆れたように顔を引きつる。政治の胡散臭さについては公務員だからというより、有権者として嫌気が差してるようだ。

 そうこうしていると、朝のラッシュの時間帯で人だかりが一層増えていることに気づく。


【石住大】

「って、あー、ほらほら。ここからは立ち入り禁止! マスコミはそれ以上入ってくるな!」


 立入禁止の規制線を超えて入ってこようとするマスコミ各社に、面倒そうに声を張り上げながら牽制した。ニュースバリューとしては第一級のため、なんとかして他社より良い写真や映像を撮りたいと競争しているようだ。


【鍋島吾郎】

「ったく、人の死がそんなに面白いか。一般人までスマホ片手に撮影してら」


 歳を重ね昔気質の鍋島にとっては、マスコミのようにカメラを持って事件を拡散する一般人にも辟易していた。

 ついてけない時代になったものだと、忌々しそうにため息を吐き遺体のほうへ振り向くと──



 先ほどは見かけなかった子供がいる。



【鍋島吾郎】

「………あん? おい、あのガキなんだ?」


【石住大】

「はい? 子供なんて野次馬でたくさんいますけど、どこっすか?」


【鍋島吾郎】

「いや、中だよ。事件があった立入禁止の中にいる……おい!」


 鍋島が語気を荒め、指し示した先に十代と思われる少年がぽつんとしゃがんでいた。いつの間に入り込んだのかと、石住は驚愕する。


【石住大】

「なっ……そこ! 学生か、なぜ子供が死体の近くにいる! 離れなさい!!」


【鍋島吾郎】

「このガキ、どこから入りやがった!」


 二人の刑事は慌てて死体の近くにいる少年と思わしき子供へ駆け寄る。


【暁増結留】

「………」


 その子供は二人の刑事を無視したかと思えば目を上にやり、くるっと首を振り向かせた。刑事が自分に言ってるのだと、遅れて気づいたようだ。


【暁増結留】

「もしかして、僕のことですか?」


 しゃがみこんで鑑識の邪魔にならないよう死体を検分していた少年が聞き返した。


 寝起きかと思われるほど無造作でパーマがかかったようなデコ出しヘアーと、中性的な顔立ち。

 ぶかぶかで大きめな眼鏡とモッズコートが、成長期を前提として買われてるようでアンバランスな出立ちをしている。


【石住大】

「キミ以外いないだろ! 立ち入り禁止の文字が見えなかったのか?」


【暁増結留】

「ええ。見えましたけど。ふぁ……」


 少年は無表情で淡々と答える。

 どころか悪びれもせず眠たそうにあくびをするその様子に、老齢の刑事は眉間に皺をよせ怒りを露わにした。


【鍋島吾郎】

「お前……子供だと思って大人を舐めるなよ! 公務執行妨害でしょっぴくぞ!」


【暁増結留】

「公務? それは僕がしていることですから邪魔しないでください」


【石住大】

「キミねぇ……! ふざけるのも大概に……!」


 刑事二人が詰め寄りぶかぶかのコートを掴んだ瞬間、少年は警察手帳を取り出し簡潔に答えた。


【暁増結留】

「警視庁所属、暁増結留(あかつきまゆる)警部補です。手を離していただけますか」


【鍋島吾郎】

「警視庁の……『警部補・・・』? おいおい、冗談はよせ」


 手帳は見ず、脇目も振らず忌々しげに暁を睨む。子供のお遊びには付き合ってられないという態度だ。


【石住大】

「鍋島さん。でもこれ、ちゃんとした桜の大門、旭日章ですよ。それに服についてる階級だって……」


 中堅刑事の石住に、階級章である金の一本線と桜葉が目にとまる。

 これは現場の上級階級である警部補の証明だ。


 刑事である石住は巡査長(銀二本線)、鍋島は巡査部長(銀三本線)の階級で、警部補より階級が下となる。


 ちなみに、警察官の階級章は背景と桜葉の『色』と『線』によって区分けされており、階級は以下のようになっている。


 巡査>巡査長>巡査部長>警部補>警部>警視>警視正>警視長>警視監


 当然、左から右へ順繰りいくほど階級は高くなる。

 これとは別に、警察最上位の役職は制服についている桜花の数で階級が区別される。警視総監が四つ、警察庁長官が五つといった具合だ。


【鍋島吾郎】

「なんてガキだ……! 最近は手帳や階級章まで精巧に作れるのか。偽物を使うなんざ重大犯罪だぞ!」


【暁増結留】

「SJPD(Supernatural science Japan metropolitan Police Department)です。えっと……話はいってませんか?」


【鍋島吾郎】

「エスジェイ? 何言ってやがる。ふざけるのも大概に……!」


【石住大】

「……子供……警部補………あれ? どっかで聞いたような……んん?」


 暁が石住を凝視していた。最初から眠たそうな表情をしている子供だったな、と思ったとき。ポンと手を叩いて声を漏らした。


【石住大】

「…………あ」


「あ───、思い出した!! 鍋島さん、ほら、あれ! あれですよ! 署長が言ってた、例の子供!」


【鍋島吾郎】

「オヤジが?」


【暁増結留】

「オヤジ……所轄の署長を家父長と例える警察文化。生では初めて聞きました。古めかしいですが、興味深い文化です」


【鍋島吾郎】

「っなに、こんの……!」


【石住大】

「ほら、言ってましたよ。飛び級で大卒資格と国家公務員試験に合格、FBIのナショナルアカデミーで学んだ米国帰りの天才って子。警視庁で新設された部署にいるから捜査協力しろって」


【鍋島吾郎】

「っはぁ? なんだそりゃ」


【暁増結留】

「あちらは僕のことを知ってるみたいですが、あなたは──」


 ちらりと鍋島を観察して続ける。


【鍋島吾郎】

「大脳辺縁系からの動作を確認しました。『非言語行動』により、僕を不審者から関係者へとランクアップしていただけましたね」


【鍋島吾郎】

「……っんな!」


 驚きと供に、ッチと舌打ちし、服を締め上げ掴んでいた手を乱暴に離す。鍋島は一拍おいて、深いため息を吐いた後にいかにも不服という表情で暁に目をやった。


【鍋島吾郎】

「ふん……思い出した。確かにオヤジから協力しろって言われたよ。まさか本当に子供とはな。キャリア組の新しい実地研修か知らんが、上からの命令だ。お守りはしてやる」


 目を細め威圧的ともいえる無粋な口上で告げた。


 キャリア組とは国家公務員試験に合格した幹部候補生のことだ。一般公務員をノンキャリアと言い、警察では明確に区分けされていて、出世に大きな違いがでる。


 キャリア組は警部補をスタートとしてエスカレーター式に出世するが、ノンキャリアは警部補で定年を迎えることも珍しくない。


 鍋島からすると、子供というより孫に近い年の差に、協力よりお守りという言葉を選ぶしかないようだった。


【石住大】

「キミ、何歳?」


【暁増結留】

「十五歳です。ふぁ……」


【石住大】

「十五!? それで、俺より、階級上……」


 雷にでも打たれたかのように驚愕の表情を作り、ふらぁと、身体を揺らす。


【鍋島吾郎】

「何ショック受けてんだ。だったらお前も試験受かりゃよかっただろうが」


【石住大】

「無理でしょ! 国家公務員て、東大生とかが群がる超〜難関試験じゃないすか! その歳でキャリア組。いや、まじか〜……」


 十五歳は中学三年生の年齢だ。年齢の半分以上も差がある子供と明確にキャリアが違う状況に刑事がショックを受けている最中、ドタドタと新たに二人の少年少女が立ち入り禁止区域に入ってくる。


【朝陽乃日凪】

「すみません、登校途中で遅れました。昼埜くんが急ぐのやめるって歩くからー」


【昼埜遊人】

「朝陽乃がはりきりすぎなんだよ。朝は眠いし、ゲームのログボ稼ぎする時間だっての〜」


 賑やかに現場へきた学生二人と既知らしい暁が声をかける。


【暁増結留】

「二人とも、ご苦労様。今日は学校に行けませんよ」


【朝陽乃日凪】

「あ〜はは。警察のお仕事すれば出席扱いにはなるけど学習が追いつかない。。暁くん、今度受験範囲の勉強教えてね」


【昼埜遊人】

「今日数学あったよな。っしゃ、嫌な授業サボれるなら頑張るぜ」


【石住大】

「子供がさらに増えた……君たちは一体……?」


【朝陽乃日凪】

「あ、所轄の刑事さんですか。私は暁くんと同じ、警視庁SJPD所属の朝陽乃日凪(あさひのひなぎ)巡査です」


 敬礼をして、笑顔を作り快活に応える。

 淡い栗色でゆるやかなパーマ髪。編み込みを組み合わせ、ふわふわとしたセミロングが特徴的な可愛らしい女の子だ。


【昼埜遊人】

「同じく昼埜遊人(ひるのゆうと)巡査。おっさんあれだろ、暁の階級聞いて驚いてるんだろ。こいつは特別。俺らは普通の公務員だよ」


 こちらは敬礼もせず、ポケットに手を突っ込みながら応答した。

 ベージュ色のミディアムヘアで、学制服も少し着崩している。控えめながらオシャレに気を遣う、今風の若者といった風体をしていた。


【石住大】

「おっさ……。いや、普通の公務員って、君らも学生なら警察で働けるわけないだろ」


【昼埜遊人】

「あ、そう考えれば俺らも特別なのか。おお〜、なんかカッケー」


 グッと拳を握り喜んでいる。やはりどうみても学生にしか見えなかった。

 だがさらに遅れて、四十代でくたびれた様子の中年男性が学生の後ろからフォローを入れてくる。


【晩過誠】

「新設部署は、従来の規則を超えて特別な子供たちが集まってるんだ。迷惑かけたなら謝る」


【鍋島吾郎】

「あんたは?」


【晩過誠】

「晩過誠(ばんかまこと)。こいつらの上長だ。一応警部だが、いるだけの底辺ヒラ警部──閑職みたいなもんだがね」


 頭をボリボリと掻きながら、ため息とともに続ける。


【晩過誠】

「デスクワークメインで管理職の警部が現場に出張る理由は、あんたら現場刑事の反応が理由だな。大人が監督してるってわからせないと周囲が納得しない」


【雨夜想】

「資料の山に囲まれるのが嫌いなだけでしょ。部署に戻っても晩過さんの仕事は誰も手伝わないから」


【晩過誠】

「おぉい……雨夜、お前いたのか。そんなこと言うなよ。。」


 晩過はがっくりと肩を落とす。その視線の先にはもう一人、別の女学生が立っていた。

 ロングの紫がかった黒髪で、幼いながら顔立ちが整った美人。キッチリと敬礼をしており、いかにも真面目そうな雰囲気だ。


【雨夜想】

「遺体を視てまして、ご挨拶が遅れてすみません。雨夜想(あまやおもい)巡査です。暁、朝陽乃、昼埜と同じくSJPD所属で学生です」


【石住大】

「また学生……どうなってるんだ警察は」


 驚愕する所轄刑事をよそに、暁は事件の捜査を進めるため雨夜へ近づく。


【暁増結留】

「雨夜さん、残滓の特定はできましたか?」


【雨夜想】

「うん、やってきた。やっぱり普通の殺人じゃない」


 その言には鍋島も眉根を上げた。経験豊富な刑事としては、子供に現場を荒らされてるようなもので、殺人に関する所見を述べられては看過できない。舌鋒鋭く反論する。


【鍋島吾郎】

「おい、ガキの素人が何言ってやがる。検視の簡易報告を聞いた限り、『防御創』が見られない。議員は抵抗する間もなく殺されたんだ。つまり顔見知りの犯行の線が濃厚だろうが」


 『防御創』とは被害者が犯人の凶行に抵抗してできる傷のことだ。武器を持った相手に手で防御することから、拳や指などに現れやすい。


 これがない場合、殺害方法によるが被害者から警戒されない人物が被疑者として捜査線上にあがりやすくなる。


【鍋島吾郎】

「政治家殺しで実行犯とは別に黒幕がいるんだろうが、遺体を見る限り普通の殺人だ。現場も特異なところはない」


【昼埜遊人】

「いやいや。特異だから俺らがいるんだって。刑事のおっさんにゃ悪いが、この手のやり口の専門は俺らなんだぜ」


【鍋島吾郎】

「ああん? どういうことだ……」


 眉根を寄せてさらに問い詰めようとした矢先、犯行現場から少し離れた公園口で悲鳴が上がった。

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