第21話  チビ

 庭の犬小屋の方でガタガタ音がする。何かと思い外を見ると、アジの隣に小柄な白い犬がいた。ケンカも無く静かに2匹並んで座り、仲良く外を見ている。

「あっ、チビだ。」


 チビはアジの散歩コースの途中の家で飼われている犬だ。

 人懐こくてこちらが通ると、嬉しそうにしっぽを振って寄って来る。

 手を出すとペロペロなめてくる。


 但し、飼われている環境が良くなかった。

 雑草の伸びた藪の中に無造作に置かれた犬小屋は、全体が傾いている。繋がれている鎖は短く、1メートル位だった。鎖の根本に置かれた食器はいつもひっくり返っていた。水の器も一緒にひっくり返っているので、水を飲みたくても飲めない。


 離れたところに母屋はあるが、いつもガラス戸が閉めっきりの家で、中の様子が全然分からず、どんな人がすんでいるのか見当つかなかった。ほとんど、犬の世話はしてない感じだった。


 その可哀そうなチビが、鎖が外れたか何かで、我が家までやってきた。


 チビはメス犬だ。横に座りながら、時々、顔や鼻ずらをアジの体に擦り付けていた。親愛の表現だ。しかし、アジは全く反応を示さずそっぽを向いている。

 女の子からの誘いなのに無関心で、アジは冷淡なやつだ。

 食器の中に、食べ飽きたドックフードが半分残っていた。チビがドックフードを食べ始めると、アジも負けずと鼻先を入れて食べ始める。食べ終えると2匹はまた平和に並んで座っていた。

 しばらくたってから様子を見ると、チビは飽きたのか、居なかった。


 何日か後にチビの家の前を通った。

 いつの間にか戻っていたチビはこちらの姿を見ると、飛び出してきて、相変わらず元気にしっぽを振っている。

 だが、今日は様子がおかしかった。

 チビの横に同じ位の体格の犬がぴったり張り付けた様にいた。

 1本の鎖に2匹がくっついているようだ。


 同じ杭の根本に2匹の犬の鎖が繋いであった。それぞれ、あっちこっちに行ったりしている間に、いつの間にか2匹の鎖が絡み合ってしまった様だ。鎖はまるで1本になってしまっている。

 密着した犬同士は互いに干渉しあい、邪魔しあって、右にも左にも動けない状態になっていた。


 隣の犬は見覚えがあった。

 何日か前にこの近辺を徘徊していた、ムク犬だ。

 野良犬だったが愛想の無い犬で2,3メートル位まで近づくと、すぐに逃げてしまっていた。

 そのムク犬とチビがなぜか一緒にくっついている。


 動くに動けない、チビの鎖の絡みをすぐに直してあげたいが、他人の家の敷地である。勝手に入るわけにはいかない。住人も良く分からない。かわいそうだが、なんともできなかった。


 しばらく経ってから通ると、さすがに、チビとムク犬は離して別々な場所に繋いであった。いつもの様に、短い鎖をピンと引っ張り、こちらに精一杯近づいてチビは嬉しそうにしっぽを振っている。


2匹の犬に犬小屋は1個しか無かった。


 今まで使っていた犬小屋はムク犬用になり、チビには何も無かった。屋根の無い土の上、青天井で寝ているようだ。

 ケチな飼い主だ。ムク犬も使い古しの小屋だ。うれしくないだろう。


 何回か通ったが、チビは相変わらず、屋根の無い生活だった。それでも我々が通ると、しっぽを振って一生懸命歓迎してくれた。ムク犬はいつも通り不愛想だが。


 数カ月、同じような状態だった。

 ある日、前を通ると、鎖や犬小屋はそのままで、消えた様に犬達が居なかった。道路越しに周りを探したが姿が見えない。犬達はどこへ行った?


 運よく2匹とも逃げ出す事ができたのか?

 それとも飼えなくて、飼い主が知り合いなどに譲ったのか?

 もしかして、保健所に連れていかれたのか?だとしたら、それは最悪だ。

 その先には犬達の死しかない。


 雑種だけど可愛かったチビはどこへいった?

 野良犬として自由だったのに、ムク犬をなぜ捕まえた?

 犬達をどうしたのか。どうなったのか。


 いい加減な犬の飼い方だったから、保健所に行ったのが有力かもしれない。

 彼らを殺したとしたら、飼い主を許せない。

 愛情を注がれなかったチビの事を考えると悲しくなる。



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