第19話 蜘蛛

 11月初めの朝、田んぼの草は枯れていて、そろそろ霜が降りるかという寒さだった。


 いつも通る道の横に、コンクリートのU字溝があった。夏は用水路として使われるが、今の季節、水は流れていない。


 そのU字溝に蜘蛛が一匹、巣を張っていた。

 巣とは言っても、何本かの糸を水平に張ってあるだけだった。今の時期、飛んでいる虫はいないが、虫がいたとしても捕まりそうには見えなかった。

 粗く張った糸の真ん中に黄色と黒の大きなジョロウグモがいた。


 次の朝、U字溝を見ると、同じ場所に蜘蛛は居た。まばらな糸を張った巣はそのままだ。目立つ体は鳥などの外敵に襲われないのだろうか、と思った。


 次の日も、次の日も、まだ蜘蛛は居た。

 雨は降らなかったが、一日経つごとに気温は下がってきた。さすがに糸の数も少し減ってきたようだった。それでも何か待つように蜘蛛はそこに糸を張り続けていた。


 何日間かそこを通るたび、蜘蛛の様子を眼で確認した。いつまで頑張るのかな、と思っていた。


 いつもの様に蜘蛛を眼で確認している朝だった。

 飼い主がいつも覗き込んでいるのに興味を持ったのだろう。リードを外していたアジがU字溝の向こうの端に入り込むと、全速力でU字溝の中を走って来た。


「アジ!やめろ!バカ!」と言っても、構わず目の前を走って行った。蜘蛛も蜘蛛の巣も関係無く、吹き飛ばしてしまった。

 U字溝の出口で止まると、「僕、早かったでしょう」と言いたげにハアハアしている。


 顔に何本かの蜘蛛の糸が付いていた。蜘蛛はどうなったのだろう。

 周りを探したが居なかった。潰された様子も無い。どこかへ飛ばされたか。その日は見つからなかった。


 翌日の朝、同じ場所を通るとU字溝の脇の草の上に蜘蛛がいるのを見つけた。無事だった。ほっとした。さすがに糸は張って無かった。


 その次の朝、同じ場所を見ると、蜘蛛は居なかった。周りを探しても居なかった。

 

 少し寂しく思った。冬の訪れを感じた。

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