第16話 鼠

 1


 一人暮らしの散らかった台所、床に置いていたコメの紙袋に小さな穴が開いていた。少し紙屑が落ちている。

 何かなと思い、隣の野菜入れの箱を見た。人参に小さく齧った跡!ネズミだ!

 よく見ると糞のような物も落ちている。貴重な食料を食べられてはかなわない。ネズミというだけで気持ち悪い。衛生的でない。ネズミ退治をする事にした。


 相手はドブネズミやクマネズミでは無く、田舎の畑に住んでいる小さな野ネズミだろう。ネズミ捕りを仕掛ける事にした。


 ネズミ捕りと言っても、金網式の物ではなく、粘着剤が付いている厚紙のシートだ。粘着力は強力で、一度張り付いたら取る事は出来ない。

 前に間違ってシートを踏んでしまった事があり、その時は泣く泣く、はがせない靴下をシートごと捨てた。

 何枚か買って台所、廊下の隅など、通りそうな所に仕掛けた。


 翌朝、台所の罠を見ると、一匹かかっていた。逃げようともがいたのだろう、シートの上には毛が散らばり、体の半分がくっついていて、横向きに寝た形になっていた。チュウチュウと盛んに鳴いて動いている。


 興味本位に割り箸でそっと顔を触った。口元に持っていくと、いきなりガリッとかみついた。二本の前歯が割り箸に突き刺さっている。危ない。指を出したら深い傷を負うところだった。


 体が張り付いているとはいえ、ネズミはしっかり生きていた。こいつを始末しないといけない。ネズミ捕りの説明書には二つ折りにしてそのまま、捨てて下さい、と書いてあった。

 しかし、まだチュウチュウと言って動いているヤツをそのまま、二つ折りにしてゴミ箱に入れる気にはならなかった。


「そうだ、アジに見せよう。」よからぬ考えを思いついた。アジになんとかしてもらおう。


 ネズミシートをアジの前に置いた。相変わらずチュウチュウ言っている。

 最初、アジはこわごわと遠くから観察していた。やがて興味がわいたようで、ゆっくり近づくと匂いを嗅いだり、鼻先で触ろうとした。その瞬間、ネズミはわずかに動く頭を持ち上げ、噛みつこうとした。とっさにアジも避けて遠くに逃げる。


 今度は恐る恐る近づくと、前足で胴体を軽く押した。チュウと言う。また遠くに逃げてから近づくと、前足で押した。反応が面白いのか、何回か繰り返した。だんだん脚に力を入れて踏みつける。さすがにネズミも弱って反応しなくなった。反応しなくなったのを見て近づき、遊び嚙みをしたりした。途中からネズミは絶命してしまった。


 「アジ、もういいよ。」ネズミシートを引き揚げた。


 アジにおもちゃとして与えたとはいえ、気分が暗くなった。

 小さい生き物を殺すのは自然では普通だろう。猫がネズミをとったり、鳥を捕まえたり。

 しかし、目の前で実際に命を絶ったり、死ぬ様子を見たりするのは気分がいいものではなかった。そうやって観察している自分の残酷さに嫌気がさした。


 2


 余談だが、その後も何回かネズミを捕まえた。どうやったら、ネズミにとって苦痛が無く楽に死なせるかな、と考えた。


 酒を飲ませれば、酔ったまま、急性アルコール中毒で楽に死ぬんじゃないか。早速、実験してみた。

 シートに張り付いている1匹の口元、鼻先にウィスキーをキャップ1杯垂らした。そのネズミは激しくもがくと、すぐに死んでしまった。即死に近かった。ウィスキーは意外に劇薬だった。

 ウィスキーは強すぎるのかなと思い、別なネズミの時に芋焼酎を垂らしてみた。苦しそうにもがいているが、全然死なない。

 それではと思い、もっと垂らした。全然死なない。だいぶ経ってから死んだ。

 アル中方式は失敗だった。


 金網式だと、取ったネズミを籠ごと水に沈めて殺すという。匂い消しの意味もあるらしいが。しかし、そんな残酷な事はしたくない。

 捕まえておいて言うのもなんだが、苦痛の無いネズミの処分方法はないだろうか。


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