第14話 ハスキー犬

 1


 近くの家で最近、シベリアンハスキーを飼いだした。

 道路沿いのブロック塀に囲まれた家で、裏庭で飼われていた。


 ハスキー犬は2歳位の成犬だった。短い鎖で繋いであり、側の犬小屋には「太郎」と書いてあった。家人は見た事は無いが、普段あまり散歩していないようだった。


 その家の隣は畑で、塀の角から一段下がった畑に降りると、「太郎」の小屋のそばまで行けた。

 散歩途中、アジと一緒に畑に降り、塀に近寄った。太郎は穴あきブロックの穴からこちらを窺い、それから低いブロック塀の天辺に脚をかけ、身体を乗り出してきた。アジは興味が無いらしくそこらの土をいじくったりしている。


 太郎の顔がちょうど目の前だ。声をかけた。

「やあ、元気かい?」

 太郎は青い目でこっちをジッと見ている。無表情だ。少ししてから太郎は低い声でうなり始めた。そして威嚇するように牙を見せて吠えだした。

「ごめん、ごめん。」そう言って、アジとすぐ退散した。

 怒るのは当然だろう。自分は繋がれているのに散歩の姿を見せつけられているのだから。


 その後も何回か声をかけた。繋がれっぱなしのハスキー犬が気になったからだ。

 いつもしばらくの沈黙の後、吠えられた。興味を持たれているのか、歓迎されていないのか、青い目の中の感情を読み取る事は出来なかった。太郎に迷惑をかけているなと思い、その後、声かけはやめた。


 2


 それから何か月かたった。朝の散歩を終えて自宅の近くまで戻ってきた時だった。

 いきなり路地から何か飛び出してきた! ハスキー犬の太郎だった。


 太郎はアジを押し潰すように上に覆いかぶさった。とっさの事でアジも避けられなかった。

 アジはうなりながら、はね除けようとしたが、中型犬のアジと子牛ぐらいあるハスキー犬とは体格差がありすぎて無理だった。太郎は口を半開きにしたまま動かない。


 よく見るとハスキー犬の牙は鋭い。

 首筋をかまれるとアジは危ない。何とか引き剝がそうとしたが、出来なかった。それにこちらに向かって来るかもしれない。周りには誰もいなかった。大柄なハスキー犬は近くで見ると怖かった。

 素手では危ない、と思い、何か棒のような物はないか、家に飛んで帰って探した。その間、アジには頑張ってもらうしかない。


 適当な物は無く、庭にアルミの脚立があったので、それを掴んで現場に戻った。

 全然、武器にならない脚立を構えて「やめろー!」と叫んだ。怖かった。

 太郎はアジに覆いかぶさりながら、チラリとこちらを見た。やがて飽きたという感じでプイと立ち上がるとそのまま、どこかへ去ってしまった。


 家に帰ってきて、アジを繋いだ。出勤時間が迫っていた。アジが一人になってしまうが、また太郎が戻って来て襲うかもしれない。心配だった。頼る人もいない。やむをえないと思い、警察に電話した。

「近所に鎖が外れたハスキー犬が徘徊しています。怖いので飼い主に戻してください。」

 不安だったが出勤した。

 夜、帰ってきたら、アジは無事だった。日中、警察が来たのかどうかわからない。太郎はその後、あの家から見かけなくなった。


 思えばあの時、太郎は腹いせにのしかかったのだろうか、それともじゃれていた、つもりだったのだろうか。

 無表情な顔だが口を半開きにして、何だかうっすらと笑っていたような気がした。


 太郎のひと時の自由な散歩だった。楽しかったのか、何を感じたのか、どんな景色が見えたのか、聞いてみたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る