第13話 裏のおじさん

 裏の家のSさんは町役場に勤めている。主事だそうで、定年が近いらしい。時々、家から三味線の音が聞こえてきたりして、趣味人だなと思う。


 犬好きで周りの犬に敬称を付けて可愛がっている。うちの向かいの家のメス犬のランは「ランちゃん」、アジには「アジくん」、そして自宅のチロはメスなのになぜか「チロくん」と呼んでいる。酔って気分よく帰って来たときはタクシーを降りてから、まず、ランちゃんを撫でて、アジを撫でて、奥の自分の家に帰る。


 夜に「アジくん」、と言って撫でたり、かまったりしているのが、居間のガラス戸越しに聞こえたりする。チョット微妙な気持ちだ。

 向かいの家も同じ気持ちだったようで、ランちゃんを玄関先から庭の奥の方に引っ込めてしまった。


 ある時、しらふのSさんがアジを見ながらこう言った。

「この犬は『きしゅう』が入っているね。」

「キシュウ?」


 ネットが無い時代だったので、図書館で犬の図鑑を調べた。

「秋田犬」や「北海道犬」などの和犬で「紀州犬」と言う種類があった。写真で見ると、似ているような気もするが「甲斐犬」と言う種類にも似ている感じがした。しかし、写真の犬達はみんなキリッとした感じだった。


 アジの鼻はピンク色、眼は茶色だ。

「鼻が黒だったら、白(ベージュ)の体に似合っていたのに、残念だなあ。」と、いつも話かけていた。


 アジは誰にも吠えなかった。知らない人でもしっぽを振って歓迎した。番犬にならなかった。

 他の犬にものんきに近づいていった。友達になりたかったのかも知れない。たいがい、相手に激しく吠えられたり、ひどい時にはガブリとやられたりした。それでも懲りずにまた近づいていったりした。

 

 野良犬というボッチ生活をしてきたから淋しくてフレンドリーになったのだろう。苦労したから穏やかな性格になったのだと思う。

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