第11話 猫

 アジが珍しく激しく吠えている。


「うるさいな。何に吠えているんだ?」ガラス戸越しに外を見た。

 隣との境の塀の上を猫が歩いている。その猫にアジは吠えていた。


 上から見下ろして猫は悠然と歩いていく。その姿に更にアジは吠えていた。

 普段、誰が来ても気にしないアジだが、猫だけは特別だった。唯一、気に入らない存在で宿敵と言ってもいいほど嫌っていた。何か理解できない別の生き物に見えていたのだろう。


 休みの日の午後だった。散歩でいつもの農道を歩いていた。昼間だが周りに誰もいない。確認してからリードを外す。

 アジは2,3メートル先を行くがそれ以上遠くには行かない。4,5メートル先に行ったりする事もあるが、こちらが追いつくまで待っている。そんな繰り返しをしながら歩いていた。


 農家の側まで来たが、相変わらず人の気配は無い。農家の側を通り過ぎた時だった。小道に白い猫がいた。体が成長しきっていない小柄な若い猫だった。長い尻尾でのんびり歩いていた。


 猫がこちらを見ると同時に、アジが猛ダッシュで飛び出した。猫も逃げ出した。

 白い猫は必死に逃げた。アジも追いかける。小道をまがり、隣の農家の庭を横切り、小道を通り、庭を横切り、全速力で走って行く。


 何かあったらヤバいので、自分も追いかけて行く。遅れないように付いて行くのが精一杯で、声を掛ける余裕も無かった。

 逃げているのはまだ仔猫と言える位の瘦せた猫だった。訳も分からず犬に追いかけられている。


 竹藪に逃げ込んだ。中は開けているが周りは垣根があって、出口が無かった。逃げられない。追い詰められた猫は向き直って犬と対峙した。2,3メートルの距離だろうか。

 やっと追いついた自分は、アジの後ろで両者の様子を見守った。


 絶体絶命の猫はシャーッと吐き出すような声を出した。全身の毛を逆立てている。緑の眼でこちらを睨みつけた。


 嫌な感じがした。犬と人間両方に狙いを定めている様だった。飛びついてきて首筋に嚙みつかれたらどうしよう。厄介だ。そう思った。


 猫の鬼気迫る様相に圧倒されたのか、アジが2,3歩下がった。そしてクルリと向きを変えると、何事も無かったかの様に歩きだした。まるで、今日は勘弁してやるか、と言った風だった。


 面白半分に追いかけられた白猫にとっては、いい迷惑だった。こっちもハラハラドキドキした。でも、犬と人間を追い払った子猫の気力は大したものだった。その迫力に犬も人間も負けた。

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