第10話 車
休みに小学生の息子が遊びに来た。普段は祖父母、つまり俺の親の家で暮らしている。都会から息子も一緒に連れて来たが結局、親に生活を頼む事になった。親の家はここから車で2時間ほどの距離だった。
車で迎えに行き、翌日、また車で送る予定だったが、小6の息子は鉄道に乗って帰りたいと言う。
祖父母の家は鉄道の駅に近かった。俺の家から駅は遠いが、乗ってしまえば、1駅区間なので一人でも大丈夫だと言う。
乗車駅までバスがあったが1時間以上かかり、本数も少ないので、駅まで車で送る事にした。それでも4,50分かかる。
ついでに車にアジも一緒に乗せていこう、と思いついた。アジはまだ車に乗せた事が無い。息子に手伝ってもらおう。どうせ家に放置しておくなら、ついでに経験だ。
コマーシャルで車に犬を乗せ、ドライブする場面がよくあるが、実はそのシーンにあこがれていた。
助手席にのせた犬を相棒にして、自然体で走ったらカッコイイだろうな、と思っていた。車にのせれば遠出もできるようになる。
汚れ防止のため車の中に新聞紙を敷き詰め、息子に後部座席に乗ってもらった。アジを取りあえず車に乗せようとした。慣れない空間に嫌がって乗ろうとしない。後部座席に無理やり引っ張り込み、逃げないようにリードを息子にしっかり持ってもらった。
エンジンをかけ、出発。
初めての車にアジはすでにパニック状態だ。窓から逃げ出そうとする。押さえつけているが右へ行ったり、左へ行ったり落ち着かない。
車の中が揺れるので怖がって息子の脚の上で踏ん張った。右に曲がったり、左に曲がったりすると、踏ん張って爪をたてる。ズボンの上から腿の肉に爪が食い込む。たまらず息子が「父ちゃん!痛いよ!アジが痛いよ!」と叫ぶ。
普段、経験しない、エンジン音や走行音、排気ガスなどで訳が分からないのだろう。口を開けハアハアと苦しそうに息をしている。落ち着かず、よだれをダラダラ垂らしている。走っていると、しばらくしてしゃっくりのようにヒックヒックと変な息をしだした。
「父ちゃん!大変だ!アジが吐いた」
「チョット待ってろ。すぐ止めるから!」
路肩に止め、アジを一度外に出す。幸い新聞紙が敷いてあったので、車内の処理は簡単だった。吐いたところを丸めてビニール袋に入れた。駅までは遠い。また走り出した。アジはまた何回か吐いた。
しばらく走っていると息子が、
「父ちゃん、気持ち悪い。」
「うん。」
犬の胃液、胃酸の匂いは人間の数倍、強烈だった。袋の中に密閉しても、窓ガラスを開けても、車内には匂いが充満していた。二人とも気持ち悪くなり、無口になった。こみ上げそうになって来る。犬どころではない。
ようやく駅だ。
息子は青い顔で「父ちゃん、気持ち悪いよ。」という。
「わかった。一緒にトイレに行って吐いてくるかい?」
「ううん、何とか大丈夫だと思う。」
「アジがいるからここで見送るけど、耐えられなかったら戻って来なさい。」
「うん。」
改札口へ向かう息子を車から見送った。本当に心配だった。
息子が居なくなったので、アジを助手席に移した。換気のため窓を全開しているが、そこから出て逃げようとする。リードを持っていたので外には出なかったが、仕方ないので窓を半開きにして、アジの顔だけ外に出るようにした。
走行中、アジは苦しそうだった。風にあおられながら生唾というか、よだれをダラダラ車外に垂らしていた。窓ガラスとドアミラーがベロベロになった。後ろのガラスまでベロベロに汚れた。連れてきた事を後悔した。ぐちゃぐちゃの顔の犬が窓から顔を出して乗っている。
ようやく家に着き、ドアを開けると、アジはダッシュで車から飛び降りた。ひどい目にあって、こりごりだという感じだった。
その後、アジを車に乗せようとしても、全身で踏ん張って二度と乗ろうとしなかった。こちらも車内の事を思い出すと、口の中が酸っぱくなってしまうので、乗せる事を諦めた。
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