第8話 交通事故
朝の散歩の時の出来事。
この辺りの住宅の裏側はすぐ田んぼだった。近くの家の脇を抜け、田んぼに向かう。田んぼには人が通れる幅のあぜ道がまっすぐのびていた。
途中、50メートル位先に舗装された農道がはしっている。あぜ道は農道を横切り、さらに先に続いていた。農道は普段は交通量が少ないが、朝夕の通勤時間は抜け道として通る車が多かった。
吐く息が白く、寒かった。あぜ道を一緒に歩くのは億劫だったので、道の入り口でリードを外して、アジ一人でいかせた。もちろん周りには誰もいない。
アジはいつものように元気に走って行った。農道を通り越し、たちまち100メートルほど走って行く。向こうで一旦止まり、そこらを嗅いだり、周りをゴソゴソ探ったりしていた。
ある程度時間もたち、そろそろいいかな、と思い「もう帰るぞ」とアジに呼びかけた。声と仕草に反応してこちらに向きを変え、アジは全速力で戻ってくる。
あぜ道から農道に近づいたその時、左から乗用車が走って来るのが見えた。このままではぶつかる!
「危ない!アジ止まれ!」と叫んだが間に合わなかった。
ドカーンという音とともに、ギャイーンというものすごい悲鳴。車が止まった。白の高級車だった。運転手が降りてくる。
こちらからみえなかったが、運転手は左側の前輪あたりをしきりに調べていた。
運転手がアジを見つけ「この犬はどこの犬だ、車を弁償しろ!」そう怒鳴ってきたらどうしよう、と思って焦った。
「いや、この犬はもともと野良犬で、首輪はあるけど、たまたましていただけで、」
だめだ、言い訳が浮かばない。物陰にそーっと隠れた。
しばらくして運転手は車に乗り込むと行ってしまった。たいした事も無かったらしい。
アジは大丈夫かな?ケガしてないかな、ケガしてたら消毒した方がいいのかな、犬に人間の消毒薬は効くのかな、傷口に絆創膏、張った方がいいのかな、絆創膏張る時は、傷口の周りの毛を剃った方がいいのかな、いろいろ考えながらアジのそばに行った。
アジはハアハアしながら、その場に立ちすくんでいた。ショックでボーっとしていた。
見たところ、どこもケガや出血はしていないようだ。良かった。
体や顔を調べると右眼の下が少し腫れていた。腫れているところを触るとキャインといった。
かなり大きな音がしたのに、その他は何ともなさそうだ。意外に頑丈だな、と感心してしまった。首も太いからむち打ちにはならないだろう。
「よしよし、アジ帰ろう」体を撫で、興奮が収まらないアジにリードを付け家まで連れ帰った。
出勤が迫っていたので、長くはいられない。ご飯にとっておきのサバ缶を混ぜ、ご馳走にして朝飯として出した。飯を食って、少しでも元気になってくれ、そういう気持ちだった。心配だったが、仕方ない。後ろ髪を引かれる思いで出勤のため、車に乗った。
留守中、大丈夫かな、当たり所が悪くて調子悪くなったらどうしよう、いろいろ考えた。
夜、帰宅すると、アジはしっぽを振りながらのんきな顔で近寄ってきた。いつもと同じで大丈夫だった。死んでなかった。「夜の散歩行こうぜ、」そういう顔だった。安心した。
眼の下の腫れは2,3日残っていた。
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