第7話 水

 アジにとって、流れている水は、飲むか泳ぐ物だった。


 散歩の途中にある小さい農業用水路ではまず、岸に降りて、水を飲む。水量がある時はザブンと入って、そのまま少し泳ぐ。対岸に渡り、上がってから体をブルッと振るわせ、こちらに戻ってきた。


 県道を渡ると山田川という川があった。川幅が広く、浅いが、300メートルほど下流に行くと、農業用取水堰があり、せき止められたその付近は背の立たないほど深くなっていた。


 堰のそばの土手でリードを外すと、アジは臆せず川に飛び込み、犬かきで対岸まで泳いでいった。

 鼻ずらを出して水をガブリガブリと飲みながら、スイスイ器用に泳いでいく。意外に早い。

 20メートル位先の対岸に着くと、そのまま駆け上がって土手で体をブルブル震わせ、そこらをクンクン鼻でかぎまわっている。たまに、そばに釣り人がいたりする。

 しばらくして呼び戻すと、また川に入り、こちらに泳いでくる。そして土手にあがるとまた、体をブルブル振るって何事も無かったように歩いてきた。


 水泳上手なアジは、どれくらい泳げるのか?と思い、試しに、激流に連れて行った事がある。軽い気持ちだった。


 5月は取水堰から農業用水路に水を流す。川の水は最初、取水口からコンクリート集水桝に流れ込む。そして勢いよく用水路に流れ込む。

 ゴウゴウと流れる用水を泳げるだろうか、そう思い、用水の前にいった。


 アジは最初、激しく流れる水面を見て固まっていた。少したって、覚悟をきめたのか、ザブンと飛び込んだ。


 さすがにアジも流されまいと必死で泳いでいる。案外、しっかりと、その場でとどまっている。万が一、流された時の命綱として、リードを持っていた。もしもの時はリードを引っ張り、引き上げるつもりだった。でもリードの先の首輪がすっぽり抜けたらどうしよう、少し不安に思った。

 いつまでも飽きずに泳いでいるから、アジに上がろうと言った。上がる時は自力だけでは難しかったので、流されないように手助けした。


 体をブルブルさせて水を払うとアジはいつもの様に、平気だよ、と言う顔をしていた。

 水を恐れないアジに舌を巻いたが、今考えると、とんでもない無茶をさせたな、と思う。流されなくて良かった。反省している。


 犬は意外に泳ぐのは得意なのかも知れない。水辺の鳥を取る猟犬や海を渡る犬の話を聞いたことがある。


 泳いだ後は、濡れた体で田畑を走ったのでアジはドロドロだった。家に帰ってきて、体を洗うために水道のホースで水をかけたところ、嫌がって逃げようとする。特に顔に水がかかると、イヤイヤをして後づさって逃げようとした。泣きそうな顔だった。用水路と違ってホースからの水は苦手だった。

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