第5話 餌

 食事を毎回用意するのも面倒なので、ホームセンターに行き、大袋のドックフードを買った。一番安いのを買ったが、ノーブランドのドックフードは味も匂いもまずそうだった。仕方ない。金が無いし、金をかけたくなかった。食器は無いので使い古しの片手鍋で代用した。


 ドックフードだけでは味気ないので、たまに、缶詰などを混ぜたりして与えた。

 朝の散歩の時は、出かける前に食事を用意しておいた。そうすれば帰ってきたらすぐ食べられる。


 ある日、在庫整理で鳥の水煮の缶詰(犬用)を開け、鍋に入れた。缶が大きくて邪魔だったからだ。全部入れると通常の食事の1.5倍位あった。いつもは何回か小分けしていたが、たまには大盛りもいいだろうと思い、そのまま入れ、アジの前の地面に置いた。食べきれなかったら、ゆっくり食べればいい。


 おいしそうな鳥の水煮とスープが入った鍋を見てアジも嬉しそうだった。舌なめずりをしていたが「先に散歩に行ってこよう」と言うと、アジも分かったという顔をして早速、散歩にでかけた。


 いつもの軽い散歩から戻ってきて居間の濡れ縁から入ろうとした。

 アジが食べ始めている、と思ったら様子が変だ。鍋の中を鼻で探ったり、鍋を動かしたり、周りをクンクン嗅いだりしてウロウロしている。鍋を見ると中は空だった!洗ったようにピカピカだった。


 おかしい。

 餌を用意して置いたはずなんだが。自分の勘違いでまだ用意していなかったのかな。餌を用意した台所に行くと、蓋を開けた缶が残っていた。中は空だ。違う食器に入れた訳でもない。


 スープもたっぷり入った鳥の水煮はどこに行ったんだ?もちろんアジは食べていない。散歩前はあったのに、きれいさっぱり無い。キツネにつままれるとはこの事か。

 仕方ないので、アジにはいつもの美味しくないドッグフードをあげた。アジもガッカリしてあまり食べない。


 外に出て出勤準備をしていると、隣との境の塀のところで身体を半分隠しながら、チロがこちらを見ているのに気が付いた。


 チロは裏の家で飼われている犬だ。コーギーとのミックスだった。人見知りで神経質だった。自宅で放し飼いされているが、ほとんど敷地から出ない。用事があって隣家に行くと、顔なじみでもうるさく吠えた。こちらにもめったに来なかった。


 そのチロが半分隠れてこちらを見ながら、舌を時々ペロペロ出している。

 なぜこちらをみている?まさかチロが食べた?信じられなかった。


 アジと散歩にいったのは10分少々。その間にアジでも一度には食べ切れない量をペロリと食べ、鍋をピカピカになるまでなめてしまったなんて。


 チロは10歳位のメス犬、人間でいうと中年の女性にあたる。失礼だがそれだけ大量の食事を食べられるとも思えなかった。

 しかし、あの顔はこちらを興味深そうに見ていた。


 結局、原因はわからなかったが、それから食事を用意する時は鍋を地べたではなく高い所に置くことにした。おかげで餌が消えることはなくなった。


 わずか10分間のミステリー。消えた理由はいまだにわからない。


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