第4話 予防接種

 犬を飼ったからには保健所に登録しないといけない。登録すると数週間後、狂犬病の予防接種の案内が来た。


 指定当日、アジと接種場所に行った。歩いて数分の公民館が会場だ。

 公民館に着くと庭に犬と飼い主が並んでいた。普段わからないが、地域にこれほど犬がいるのか、と思った。注射の緊張感からか、犬同士の喧嘩も無く、みんな大人しく待っていた。


 アジの順番になった。白衣を着た男の人がテーブルに置いた書類を見ながら聞いてきた。

「(犬の)なまえは?」

「アジです。」

「アジ…年は何歳ですか?」

「え~っと、もともと野良犬でわかんないですけど、たぶん、だいぶ年寄りなんじゃないかと思いますけど。」

「わかりました。ちょっと調べてみます。」

 男の人はそう言うと立ち上がってアジの側にきた。口をめくって歯を見ながら

「2歳位ですね。」

 えっ、獣医さんだったの?すごい!

 驚いた。アジってそんなに若いの!


「飼い主さん、両足で首を挟んでワンちゃんが動かないようにして。」

 言われた通りに挟み付けると、首筋にプスッと針を刺して注射はすぐ終わった。「犬鑑札」という小さい金属プレートをもらった。


 帰り道、少し憂鬱になった。勝手にアジを年寄りだと思って、1,2年面倒を見ればいいか、と考えていた。それがあと10年以上も面倒を見ないといけなくなったからだ。


 若い、と言われて思い当たる事があった。居間から出入りして外で靴を脱ぐが、脱いだ革の安全靴、新しいのに、足の甲のベロや踵が、ボロボロになっていた。履くとき不思議に感じていた。工場では意外なところが傷みやすいんだな、とずっと思っていた。


 考えてみれば、あれは側にいたアジの仕業だった。2歳の育ち盛りなら固めの物を遊び噛みする。アジの側に靴を置いておくのは噛んでくれ、と言っているようなものだった。


 その日、慌ててホームセンターに行き、犬のガムという固い皮でできたおやつを買ってきた。そこらの物をやたらかじられては困る。これで我慢してくれ。

 それから靴は離れたところで脱ぐようにした。


 犬のガムは両端が膨らんだ骨の形をしている。靴紐までついて精巧にできたミニサイズの靴の形もあったが、それは買わなかった。靴の形のガムを与えたら本物の靴も齧っていい事になるからだ。


 アジが若い、という事が予想外だった。運動をもっとしないといけないし、いろいろ必要なものも出てくるだろう。溜息がでた。

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