第3話  遠出

 ある休みの日。アジが来てしばらくたっている。


 予定は無く退屈だった。

 どこか出かけたいと思っていた。しかし、金が無い。

 自転車で遠出してみるか。サイクリングだ。隣町の道の駅まで行ってみよう。そう考えついた。

 前に車で行った事があるので地理はわかっている。10キロ位の距離だろう。

 ついでにアジも連れていこう。近くの散歩だけではつまらない。帰ってこれるかどうかわからないが、連れていってみよう。ものは試しだ。


 念のため、人間と犬の飲み水、食べ物を用意して出発。自転車に乗り、片手でリードを持った。

 自転車での外出に慣れないアジは最初、止まったり、違う方に行ったりする。構わず引っ張って行くと、そのまま大人しく付いてきた。自分も初めてなので緊張しながら自転車をこいだ。


 県道は車の通行が多いので避け、裏道を通った。小学校の前を通り過ぎ、県道から逸れて左に曲がった。道の駅はこちらの方向だ。


 脇道と言っても広い舗装道路だが、交通量が少なかった。時々、車が途切れると道を広く感じた。歩いている人はいない。

 リードを持ちながら走っていたが、手が疲れるし、神経も使うのでだんだん面倒になってきた。途中からどうでもいいやと思い、止まってリードを外す事にした。


 リードから自由になったアジは、気まぐれに離れて、違う方に行ってしまうかもしれない。遠くへ行ってしまうかも知れない。それでも構わないと思った。

 元々この辺りを放浪していたから、一人になっても、生きていけるだろう。心配はいらない。


 もし、いなくなったらそれまでの縁だ。一緒にいる義理は無い。ヤツが自分で判断して、気が向けば帰って来るだろう。

 そう考え、手ぶらで再び、走り始めた。


 アジは最初、戸惑った様にそこらをウロウロしていた。

 こちらが待たずにそのまま行ってしまう!と気づくと、あわてて全速力で追っかけてきた。

 そしてこっちを追い越し、そのまま自転車の先に出た。振り返り、まるで、さあ、もっと行こうよ、と言った表情で走っている。


 よし、そっちがその気なら、こっちも遠慮しないぞ。もっとスピードを上げ追い越す。負けずに付いてくる。さすがに野良犬で鍛えた体力だ。全然へこたれない。アスファルトの道は気持ちいい。風を受けながら飛ばしていった。


 いくつかの住宅地や農家を過ぎ、道はやがて登り坂になった。この先は小さな峠道だ。つづら折りの道を登って行く。時々、脇を車が通って行く。ハアハアしながら自転車をこいでいく。ギアが付いていてもきつい。アジは余裕でついて来る。


 何回かカーブを過ぎると峠に着いた。峠には何も無い。ゴミが捨ててあるだけだ。通り過ぎる。


 ここからは下りだ。アジがいるので飛ばしすぎないようにブレーキをかけて下りていく。それでもだんだんスピードが出てくる。アジもスピードを上げてくる。時々通る車をよけ、カーブを曲がっていく。あっという間に山道を下った。


 峠を越えると隣町になった。少し行った所で休憩した。アジは全然、息が切れていない。持ってきた水をのませた。ここまで来たらあと半分だ。


 山のふもとから走って行くと、だんだん交通量が増えてきた。国道にでた。リードを繋いで国道の脇の歩道をゆっくり走って行く。

 人家も増えしばらく行くと大きな交差点にでた。信号待ちをして渡る。アジは同じ速さでついて来る。しばらく道なりに走って行くと、やがて道の駅に着いた。


 休日とあって駐車場はいっぱいだ。少し他人の眼を気にしながら進んで行く。自転車から降りてアジを連れ、そこらの様子を見に行った。

 農産物直売所やレストランがあり、大勢の客で賑わっている。アジは室内犬ではないので店に入るのは遠慮した。


 直売所の外で並べてある野菜をアジはクンクンしている。何を思ったか泥付きネギの束の前で足をあげて小便をしようとした。ヤバイ!慌ててアジを引っ張る。急いで逃げた。誰も見ていない。良かった。でも少しかかったかも知れない。

 一通り見て、買うものも用事も無かったので帰る事にした。


 国道沿いに走って行き、途中から峠方面に曲がる。頃合いを見てまたリードを外した。このほうが楽だ。相変わらずアジは側で普通に走っている。


 峠を越え、下りではスピードを出し、やがて平地の直線道路にでた。ここまで自転車についてきたアジだったが、途中からスピードが落ちて、ゆっくりになって来た。さすがに疲れてきたようだ。こちらものんびりと自転車をこいだ。きょうは結構走った。


 アジ、一緒に帰ろう。家までもう少しだ。

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