第2話 散歩
野良犬のアジを飼う事にはめになった。と言っても特別な世話は無い。毎日、餌をあげて散歩する位だ。
どれくらい野良犬だったか知らないが、一日中、繋がれぱなしは飽きるだろうと思い、朝と夕方、散歩をした。はじめは毎日の散歩は面倒だったが、慣れてくると苦にならなくなった。
リードを繋いで外に出るとアジは嬉しくてグイグイ引っ張っていく。車の通りの多い県道を横切り農道に入る。引っ張られて煩わしいので、周りに人がいないのを確認してからリードを外した。待ちかねた様にアジはダッシュで走って行く。
いいぞ!アジそのままどこかに走って行って消えてしまえ!さよならだ!
しかしアジもこちらの心を見透かしているのか、10メートル位先で振り返ると戻って来た。こちらを確認してからまた10メートル離れる。いつもリードを外した時は同じ事を繰り返していた。
その当時、田舎では糞の処理袋を持ち歩く人はほとんどいなかった。多くの飼い主が道路の脇だの、あぜ道だのに犬の糞を放置していた。自分もその一人だったが、農家に悪い事をしたと思っている。
アジはひとしきり走ったあと、便意を催す。野良犬時代の習性なのか、単にきれい好きなのか、繋いである庭では小便や糞をほとんどしなかった。
道端の匂いをクンクン嗅ぎながら、ひとしきり場所を探す。場所が気に入ったら尻を向け後ろ足片方を持ち上げ、息張って排泄した。アジは草がぼさぼさ生えている所を選び、その中心にした。排泄物は草の真ん中に隠れて見えなかった。野良犬時代に隠す事を覚えたのだろうか。
いったい犬はどんな顔で排泄するのか、興味本位でジッと顔を見ていたことがある。息張っているときに眼が合った。アジは一瞬、困った様な顔をしてその後、顔をそらしてしまった。犬でも無防備な顔を見せるのは嫌らしい。悪かった。ゴメン。
終わるとスッキリした顔でまたそこらを飛び跳ねていた。
平日は時間が無く、近場しか行けなかった。その代わり、休みの時は遠出をした。こちらが帰ろうとすると、近くでも遠くでもアジはすぐ戻って来た。
帰り道、家まで数十メートルのところで、アジはクルリと振り向いて、リードを離せと手に何回も飛びついてくる。根負けしてリードを離すとリードをくわえ向き直った。一瞬、逃げるのかと思うと、くわえたまま家までトコトコと帰った。
自分を繋ぐためのリードを喜んで持って行くなんて、おかしいんじゃないの。そのまま逃げろよ、そう思った。
いつも必ず帰り道、リードをくわえた。その癖が嫌だった。前の飼い主に躾けられたようで不愉快だった。お前を見放したかもしれない飼い主から教えられた事をなぜ守る。やめさせようとしたが癖は何回怒っても治らなかった。最後まで治らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます