48話 恋が行き着く先
<七下 秋>
愛だけでは人生は生きられない。
いつか読んだ本で、そう書いてあったことを思い出した。たぶん、小説か何かのセリフだった気がするけど、その言葉は僕たちの状況にぴったりと当てはまって、愛だけでは生きられないと3年前の駆け落ちの時に、僕たちはそのことを学んだ。
でも、僕たちはまた、愛がないと生きられない人種だった。
「ふあぁ……おはようございます………」
「おはよう。えっ、こんなに早く起きてていいの?引っ越し疲れたんでしょ?」
「………隣に兄さんがいないからじゃないですか、ぶう~~」
「抱き枕じゃないんだよな~ほら、早く顔洗ってきなさい」
そう、生きられないからこそ、一緒にいることを決めた。
ここは、僕が通う大学から少しだけ離れている2LDKの部屋。後一ヶ月で、莉玖も僕と同じ大学を通うことになる。
本当、よくここまで来たなと感心していると、莉玖は目元を擦りながらこちらに近寄ってきた。そして、大きな瞳を閉ざしたままフライパンを握っている僕に、ぎゅっと抱き着いてくる。
「こら、料理中でしょ?」
「兄さんは私と料理、どっちが大事ですか?」
「また意地悪なことを……料理と答えたらどうなるの?」
「答えてもいいんですよ?私がさんざん泣き散らかす姿を見たいのなら」
「ああ~遠慮しておきます。今日は大事な日だからね」
「それ、今日じゃなかったら料理と答えるってことですか?」
「別に莉玖を泣かせたくはないし、それはないかな~」
「……本当サラッと言うんですから、そんなこと」
我慢できないと言わんばかりに、莉玖は急に僕の頬を包んでから短くキスをしてくる。笑ったら、莉玖も同じく笑い返してくれた。
そう。今日は待ちに待った……婚姻届けの提出日。
3年前の駆け落ちでは成し遂げなかったこと。あの頃は年齢が邪魔で引き返すことになったけど、今はもう引き返される要素はない。
「兄さん」
「うん?」
「大好き」
「………………」
とんでもない爆弾を投げかけながら、僕の妹は舌をペロッと出してから洗面所に向かう。
僕は膨らんだ胸を無理やり落ち着かせたまま、目玉焼きを皿に移した。予め焼いておいたトーストを載せて、冷蔵庫からいちごジャムを取り出して、食事の準備をする。
待ってから数分、ちょうどよく洗面所から出てきた莉玖と向き合って、両手を合わせた。
「いただきます」
「いただきます」
両親は結局、僕たちの結婚を許してくれた。
たぶん、僕と莉玖がそこそこいい大学に合格したのが大きく働いて、このような結果になれたんだと思う。実際、実家にいた頃も僕たちはなるべく節度を持って行動しようとしてたし、喧嘩をすることもなかった。
むしろ3年前より、愛の量は大きくなったような気がする。僕の人生の隅々まで莉玖が染み渡っていて、僕はもう莉玖の真っ赤な色に染め上げられて、身動きが取れなかった。
「そういえば、戸籍上では問題ないんですよね?」
「うん、葵さんも父さんも再婚したからね。僕たちの間に血のつながりはないし、法的にも認められるんだって」
まあ、認めてもらえなくても勝手に生きるんだけど。
真っ先にそんな考えが浮かんで、我ながら極端な恋をしているなとしみじみと思う。莉玖が絡むと、僕にはバランスを取るための大事な秤がなくなる。ただ正しいと思う方向に、進むしかなくなる。
でも、認められてよかったと思う。
もし、両親に認めてもらえなかったらきっと、心のどこかにくすぶりがあったはずだ。そうしたら、莉玖も今のように屈託のない笑顔は見れなかっただろう。
人生は、恋だけがすべてなわけじゃないから。
「ごちそうさまでした!!それじゃ、準備しますね!」
「うん、一緒にしようか」
でも、恋がなきゃ生きられない。
そんな恋だった。失ってはいけない人。なくしてはいけない関係。僕と莉玖は互いにそういう存在で、お互いそんな人種だった。
人間は誰しも、心に穴がある。その穴を埋める方法もまた人によって違くて、何が正解だとも言えない曖昧なものだ。
でも、莉玖といる時には何度も思い知らされた。僕の穴はたぶん、他人でしか満たされなくて、もっと的確に言えば。
この妹なしじゃ、僕は永遠に暗闇の中を彷徨うことになると思う。
「莉玖」
「はい?」
「大好きだよ」
「………………………もう」
………大事にするしかない。
ちょっと歪んで、世間からは容易く許されない恋だとしても、僕たちにはこれしかないから。
これが単なる思い込みか、それとも運命と呼ぶべきものなのかは、今の僕たちには知らないけど。
それが単なる思い込みではないと、これから証明して行けばいいだけの話だ。
僕たちはそうするために、一緒に暮らすことを決めた。
「………私も、愛してますよ?えへへっ」
……そう、これだ。
僕たちの恋が行き着く先には、必ず笑顔が残っている。
義妹と別れてから結婚するまで 黒野マル @Marzenia
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