47話 炎の中に
<七下 莉玖>
お母さんたちはなんと答えるのだろう。
結局、今日一日で答えが出たりはしなかった。とりあえず明後日がテストだということで早く部屋に戻って勉強しなさいとお義父さんに言われたけど、それが大事ではないことくらいお義父さんだって知っているはずだ。
ずいぶんと、両親を悩ませてしまったという罪悪感がぐつぐつと腹の底で煮えたぎる。兄さんと一緒にいるのは限りなく幸せなのに、霞雲が浮いているみたいに気分が晴れなかった。
三日ぶりに座る兄さんの部屋のベッドの上で、私はぽつりと言葉をこぼす。
「兄さん」
「うん」
「本当に、大丈夫なんでしょうか……」
私の隣に腰かけてくれた兄さんはしばらく間を置いてから、答えてくれる。
「さぁ、今のところは分からないね」
「……ごめんなさい。私、まだ不安で―――」
「ううん、いいよ。不安なのは僕も同じだから」
言うと、兄さんは自然と私の肩を片手で包んで、ゆっくりと引っ張ってくる。寄り添った兄さんの体温が気持ち良すぎて、目を閉じた。
……そうだ、私はもう決めたじゃないか。
この温もりを持っている人とこれからの一生を歩いていくと、とっくの昔に決めいたのに。
それは、両親にどんなことを言われようとも割れることのない絆だ。我がままで衝動的で身勝手だけど、果てしなく正しい……私たちだけに通用する正しさだ。
「……兄さん」
「うん?」
「私と本当に、結婚してくれますか?」
やや緊張しながら投げた問いに、私の肩を包んでいる兄さんの手に力がもっと入る。
私は、意地悪だ。答えを分かっている質問を何度もして、兄の気持ちを確かめようとする。
「うん、そのつもりだよ」
「……本当に?」
「ええ~なんでそこで疑われてるのかな」
「だって……この前に区役所に行った時といい、今回の責任を取るという発言といい、何もかも唐突ですもん」
「それでも、莉玖もこうなるってずっと感じてたんでしょ?」
肩を掴んでいた兄さんの手が離され、ゆっくりと私の頬を撫でてくる。
ほんのりと香る気持ちよさに目を閉じると、甘すぎる兄さんの言葉が降り注ぐ。
「最後には結局、結婚するしかなくなるって。初めて付き合った時にも、よりを戻した時にも、ずっとそう感じてたんじゃない?」
「……兄さんの、意地悪」
「あはっ……まあ、あんな場面で言ったから後先考えずに勢いで言っちゃった形にはなったけどね。でも、僕は初めて莉玖とした時から………ずっと、責任は取るつもりだったよ」
「……はい、知っていました」
「やっぱりか」
「……ずっと、知っていました。兄さんは私と最後まで行く気だって」
「なのに、聞くんだ?」
「どれだけ聞いても、聞き足りませんから」
今度は私が、両手を上げて兄さんの頬を包む。苦労したせいか家出した前よりやつれている兄さんの顔には、人のよさそうな笑みが張り付いていた。
それは優しさと呼ぶべきもので、だから、私はこの人から離れられない。
時間が経つと人は変わって、私たちの関係まで変わるかもしれない。今は体を食い尽くす勢いで燃えているこの愛も、少しは萎えるかもしれない。関係を支えている柱に穴が開くかも、しれない。
でも、兄さんならきっと、安心感と努力という名のピースでその穴を埋めてくれるはずだ。この人の傍にいたら、きっとそのような魔法が起こると私は信じている。
結婚。
私は、この人と一生を共にしていきたいと、強くそう思っている。
「……ごめん、莉玖」
「はい?」
「キスはまだ、お父さんたちに申し訳ない気持ちがあって、ちょっと……」
「あ……ふふふっ。本当に」
キスの代わりに、私は兄さんの頬を少しだけ引っ張ってみる。
やわらかい皮膚にはどことなく熱が込められていて、私が生きていくための力をくれる。
「責任、取ってくださいね?私の初めて、これからも全部兄さんだけのものですから」
「……うん。ありがたく、取らせていただきます」
「ふふっ、そして私も……兄さんの初めてを奪った責任を。兄さんを悪い人にした責任を、全部取りますね」
すべて、私のせいだと思う。
こんな大騒ぎになったのも、兄さんが少しだけ歪んだのも、お母さんたちが悩んでいるのも、すべて私のせいだ。ことあるごとに感情をぶちまけた私が悪い。
でも、こんな見た目をしている自分を受け入れてくれる誰かを、私はずっと欲しがっていた。
真っ白な髪の色に、真っ赤な目。この見た目はただの呪いでしかなくて、平凡という単語を人生から抹消させて私を望んでいない方向に進ませる。
そして、私が好きになった人はそんなことを構わず、本当の私を見てくれた。
責任を取るべきなのは、やはり私の方だ。
「愛してます、兄さん」
「うん、僕も」
「………これからもずっと、よろしくお願いしますね」
ただれた愛でも、許されない愛でも。
私は、ずっとその炎の中に浸っていたい。
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