35話 最悪な場面
<七下 秋>
「よう、池田」
「やぁ、先輩」
約束通り、池田は苦笑を浮かべながら公園に来ていた。
ここは学校からはだいぶ離れている、僕の家の近くにある小さな公園だ。放課後、僕が池田にチャットを送ってここへ来るよう頼んだのだ。
「いきなりですね、こんな呼び出しなんて」
「……まあ、色々と話したいことも、感謝したいこともあるからさ」
「感謝される筋合いはないんですけど?」
「あるよ。莉玖を庇ってくれたでしょ?」
池田は何故か、目を細めながら僕をジッと睨んでくる。
「……大丈夫ですか?」
「なにが?」
「私、校門を出る時にちょうど葵おばさんたちとすれ違ってたんですが」
「………なるほど。ウチの親、もう学校に着いたのか」
「莉玖と一緒にいてあげなくても、いいんですか?」
「もとはと言えば、僕がその場にいる理由はないからね。少なくとも、他の人たちから見れば」
「………それは、確かにそうですね」
僕の言葉を理解したのか、池田は小さくため息をつきながら遠くを眺めるような目をする。こいつも、色々と大変だったのだろう。
「ごめんね、色々と迷惑かけちゃって」
「迷惑だなんて……そんなこと、思ったこともないですよ」
「でも、酷いこと言われたのは事実でしょ?それに、クラス内での立ち位置も曖昧になったんじゃない?」
「それはそうですね……まあ、莉玖の前では絶対にこういうこと言えませんが、確かにみんなとギクシャクしてる感じはしますね」
「………………本当にごめん」
「だから、先輩のせいじゃないですってば。これは私の意志なんです。莉玖と一緒にいたいと思う、自分の意志」
「変なヤツめ。どうしてそこまで莉玖を庇うんだか」
「莉玖には……まあ、何度も助けられましたからね。小学生の頃に」
小学生……そういえば、この二人は幼馴染だっけ。確か、池田が初めてウチに遊びに来た時にそういうことを言っていた気がする。莉玖とは古い付き合いですっと。
何があったのだろう。首を傾げると、莉玖は照れくさそうに首を振りながら言い続けた。
「私、昔ちょっと浮いてるというか……みんなから変なヤツ認定されて、あまり馴染めなかったんですよ。いじめではなかったんですけど、友達がいなくて」
「へぇ、そんな風には見えないけど」
「まあまあ、昔はちょっと家庭内で色々あったというか……とにかく、その時に莉玖が転校してきて、話してみたらすごく面白い子で……それで仲良くなったんですよね。なんとなく」
「莉玖の目とか、怖くはなかったの?」
「最初見た時はめっちゃ怖かったですね。でも、それ以上にとにかく優しい子でしたから。あの見た目が全く気にならないくらいに」
「……なるほど」
莉玖が優しい……という言葉は確かにその通りかもしれない。
僕の妹は、いつも周りを振り回しているように見えて、周りのことを意識して小さな感情に振り回される、そういう子だ。
何の不安も無しに自分の道を歩くには足元がおぼつかない、そんな女の子。
「先輩」
「うん?」
「先輩こそ大丈夫ですか?私より先輩の方が酷いじゃないですか」
「あ……まあ、僕はそんなに存在感ないからさ。クラスのヤツらには適当に言われたけど、莉玖ほどじゃないよ。それに、いつかはこうなるかもしれないと前から覚悟はしておいたし」
「覚悟、ですか」
「ああ」
僕の言葉に納得したのか、池田はニコッと笑いながら後ろで手を組んで、僕を見つめてきた。
「莉玖のことなら、安心していいですよ。私が精一杯傍にいてあげますので」
「……本当、感謝しかないな。ありがとう」
「どういたしまして。お二人のこと、応援しています」
「………ああ」
その後に何分か話を交えて、お互い解散することになった。池田が去った後、僕は公園のベンチで数秒ほど俯いてから、深呼吸をして立ち上がる。
なんとなく、嫌な予感がする。両親にバレるという最悪の状況が目の前に突き付けられているような、そんな感覚だった。これは、江藤さんを振った時から急激に膨らんで行った違和感だ。
僕たちの愛はそこまで、周りの人に疎まれてこそこそ言われるような、恥ずかしい愛なのだろうか。
当事者である僕には、それが分からない。
「………帰るか」
普通ではないとしても構わなかった。前の僕は健全な関係を望んでいたけど、莉玖がそれで傷つくのなら、常識なんかいらない。最後まで突き通せるだけだ。
これが、17歳の僕が下せる最高の判断で、僕の世界の正しさだった。
………そんな決心を固めながら家に帰って、部屋着に着替えてリビングのソファーに腰かけながら、家族が帰るのを待っていたら。
案の定、夕方頃に家のドアが開く音が聞こえて、僕は素早く玄関に向かった。
「お帰りなさい」
「ああ………うん。ただいま、秋君」
「……………………」
「…………秋」
ぎこちない笑みを浮かべている葵さんと、罪人のようにずっと俯いている莉玖。そして……苦々しい顔を浮かべている父さん。
その顔を見ただけでもバレたと察して、思わず舌を巻いてしまった。
やっぱり、嫌な予感はいつだって的確に当たる。
「秋、話がある」
「……ああ」
どこで僕たちの関係が漏れたのかは知らないけど。
僕は驚くくらいに凪いでいる気持ちで、父さんに向かって頷いていた。
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