28話  変なのかな

<七下 秋>



「そういえばな、秋」

「うん?」



お昼休み、莉玖が作ってくれた弁当を持ったまま一翔と購買に向かっている最中、ヤツはぽろっと言ってきた。



「お前、江藤とは何の進展もねーのか?」

「は?なんで急に江藤さん?」

「いや、お前もさすがに気付くだろ?」



周りに人がいっぱいいるからか、一翔は声を抑えながら手で口元を隠す。


……なるほど、江藤さんについては白を切ってたけど、どうやらただの自惚れではないらしい。



「江藤さんとは……なんもないから」

「まあ、ここではあんま話せねーだろうから、場を移そう」

「うん?」



目を丸くしていたけど、一翔は首を振ったまま何も言わなかったので、とりあえず大人しく付いていくことにした。


それから訪れたのは、バスケ部の更衣室。靴やタオルがほったらかしにされて見るからにも汚いし、何より汗臭い匂いのせいで、僕は入った途端に顔をしかめてしまった。


……はあ、莉玖が初めて作ってくれた弁当をこんなところで食べるなんて。



「ちょっとは掃除したら?」

「何言ってんだ?お前も中学の時はバスケやってただろ?中学の時もちょうどこういう感じだったじゃねーか」

「ったく……ていうか、部外者の僕がここ使ってもいいの?」

「いいさいいさ、こんなところでお昼食べるヤツはいねぇよ。特に大会を控えてるわけでもねーしな」



一翔の言葉に一通り納得して、僕はとりあえず窓だけでも開けて室内を喚起させた。


一翔のヤツはニヤッとしながら、長椅子に座って購買で買ってきたパンのビニールを破る。僕も倣って椅子に座ると、一翔はさっそく話を切り出してきた。



「そんで、秋。話だけど」

「ああ、江藤さんのことだろ?」

「そうだ。お前、ぶっちゃけもう気付いてんだろ?あんなに猛アピールされたんだから?」

「……直接的にアピールされた覚えはないけど?」

「アホか、お前。そりゃ、まだクラスのやつらの前ではそんな兆し見せないけど、一昨日の勉強会ではけっこう露骨だっただろ?江藤、お前に付きっきりだったんだぞ?」

「いや、ペアだから……」

「勘弁しろよ。お前に集まろうって連絡したのも江藤の方だろ?俺を通して連絡するのもできたのによ」



………………さすがに、ここまで来たら否定できないか。


僕はパック牛乳を一口飲んでからふう、とため息をついた。



「やっぱり、そう見えるのか」

「当たり前だろ。一昨日に一緒にいたやつらはたぶん全員気付いてるって」

「……そっか、なるほど」

「そんな辛気臭い顔して……どうせ断るんだろ?」

「ああ、江藤さんには悪いけどさ」



更衣室の無機質なロッカーを見ながら、僕はそう呟いた。


江藤さんの気持ちはありがたいし、嬉しいとも思う。でも、僕の心にはもう莉玖しか存在しなかった。莉玖以外の相手と付き合うなんて、ぶっちゃけ全く想像ができない。


だからか、答えはあまりにもスラッと出てきた。



「妹さんとは仲直りしたのか?」

「ああ、そんな感じ」

「ははっ……にしても江藤さんか。お前、後で後悔するかもしんないぞ?」

「何気に江藤さんに対しての評価高いな?」

「そりゃそうだろ。普通に可愛いし、性格も悪くねーしし人気者だし。クラスの中で江藤のこと嫌ってるやつなんかいねーよ」

「まあ、それはどうもありがたいんだけど……」



嘆息するようにそう零すと、一翔はしばし沈黙した後に真面目な口調で聞いてきた。



「お前さ、これ無駄な質問かもしれんが」

「ああ、なに?」

「もし、妹さんと別れたままだったら、江藤にもワンチャンあったのか?」



その質問に対しての答えも、また早かった。



「いや、それはない」

「……どんだけ妹のこと好きなんだよ。引くわ」

「なんだよ、普通でしょ?別れた直後に他の人と付き合うなんて、むしろそっちの方が節操なさ過ぎじゃない?」

「にしても普通は迷うだろ?あの江藤だぞ?露骨に狙ってるやつらもけっこういるのに」

「……………………………」



黙々とパンを飲み込んで牛乳パックを空にして、僕は足を組んだまま背中をのけぞらせて、天井を見上げた。


確かに、僕はちょっと極端に走っているのかもしれない。僕はたぶん、この先も莉玖以外の選択肢を取ることはないだろう。


それは酷く歪で、危うい生き方のような気がした。ほんのりとした違和感がくすぶって、この先の未来が怖くて怖くて、仕方がない。


でも、やっぱり江藤さんの気持ちを受け入れる気にはならなかった。



「まあ、頑張ってみろや」

「うん?なにを?」

「江藤、これからもアピールし続けると思うぞ」

「あはっ、なるほど」

「例の噂のこともあるし、頑張ってみろ」

「そういえばね、一翔。僕からも一つ質問あるんだけど」

「あん?」



立ち上がって背を向けようとしたところで、一翔は目を丸くして僕に振り返った。


僕も畳んだビニールと牛乳パックを手に取って立ち上がってから、聞く。



「やっぱり僕って変なのかな」

「うん?んだよ急に」

「いや、最近ますます狂っているような気がして」

「ぱははははっ!!!」



何がそんなにおかしいのか、一翔はしばらく笑いこけながら拍手を打った後、仕方ないと言わんばかりの顔で言った。



「まあ、普通ではないな。お前も、あの妹さんも」

「やっぱそうか」

「でも、義妹だろ?だから僕は別になんとも思わねーよ。噂が立つのはまあ……お前の妹さんがあの見た目だから、仕方ねーだろ。七下莉玖ななしたりくって、ウチじゃなくてもけっこう有名だからな。銀髪赤眼とか普通には見ないし、おまけにめっちゃ綺麗だし」

「……………………」

「頑張れよ。いや、これは江藤に言うべきだな」

「ありがとう」



有名人は、周りの人に取り囲まれる存在だ。そんな莉玖の頭と心には僕の存在しかいない。莉玖は周りなんか、あんまり気にしない。


僕は、果たしてそんな莉玖を全部受け止められるだろうか。世間と莉玖の間を綱渡りする度胸が自分にあるのか、まだ分からなかった。


でも、綱から落ちて壊れても、莉玖と一緒にいるんだから別にいいんじゃないかと。


更衣室を出る際に、そんなことを思ってしまっていた。

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