21話  いざという時は私を捨てて

<七下 莉玖>



来るお昼休み。


結局、授業を二つもサボったおかげでクラスに戻った頃には、私はもうみんなの注目の的になっていた。教室に入った途端、みんな静まり返っていたのだ。


……まあ、こんな見た目してるもんね。銀髪にこんな真っ赤な瞳だからただでさえ目立つのに、急に2時間もいなくなったんだから不思議に思うのも仕方ないのかもしれない。


刺さるような視線を全身で浴びながら、私は言いようのない不快感を抱いていた。



「ふぅ……」



私は、周りには聞こえないように小さなため息をこぼす。幸い、教室の空気はすぐに元の空気を取り戻して勝手に盛り上がっていたけど、私の気持ちは沈んで、ちょっとだけ憂鬱になっていた。


さっきまで兄さんからもらっていた熱が消えて、どんよりとした雲だけが浮かんでいるような気持だった。


いっそのこと、学校を中退するのも悪くないかもと考え出してしまった。もちろん、兄さんが悲しむはずだからそうはいかないけど。



「よっ、莉玖」

「………美紀」



……それに、こんなに大切な友達もいるし。


項垂れていた私の肩をポツンと叩いて、美紀はすぐ私の前の席に座ってにまっと笑ってくる。明るい茶髪と茶色の目によく似合う、絵に描いたような綺麗な笑顔。


私は力無げに笑いながら、美紀が持っているパンを見つめた。



「美紀にもお弁当、作ってあげようか?」

「えっ、どうしたの急に?」

「栄養偏るよ?美紀、野菜とか嫌いなんでしょ?」

「堂々と授業サボった不良娘だとは思えない発言」

「むぅ……またそうやって茶化して」

「ふふふっ、ごめんね」



一応、美紀には今まで兄さんとあった出来事をすべて報告していた。


付き合っていた頃も色々と相談に乗ってくれたり面倒を見てくれたし、何よりも美紀は私の大切な親友だから。



「莉玖の手作り弁当か~私は全然いいけど、先輩のことを先に考えた方が絶対いいよ??ああ見えてけっこう嫉妬深いんだから」

「兄さんは……そんなに、心の狭い人じゃないもん」

「ふふふん」

「……な、なに?」

「ううん、よかったなって。さっきも先輩と会ってたんでしょ?」

「……ノーコメントです」



私が少々唇を尖らせると、美紀はケラケラと笑い出しながら手で口元を隠していた。周りの子たちの視線が寄って、またもや不愉快になってしまう。


声は抑えているけど、大丈夫かな。聞かれたりしないのかな……と一瞬思ったけど、別に聞かれてもいいかなと、心の中でそう開き直る自分がいた。たぶん、私の幸せにはそんなに多くの人間は必要ない。


私に必要なのは兄さんと、家族と、美紀。


たぶん、この人たちが傍にいてくれれば、私は生きられると思う。



「ふふん」

「……なに?」

「莉玖、本当に私のこと好きなんだ」

「………………………………それが、なにか?」

「否定しないのか~~いや、可愛いですな。先輩が惚れちゃうのも納得ですな~」

「どうしたの、いきなり。そんなこと唐突に聞いちゃって」

「ううん?ただ莉玖の視線が物凄かったから、何となく察しただけ」

「……ウソ、そんな目してたの?」

「してたしてた、めっちゃくちゃしてた!あはっ、こういうところは本当に似てるよね、先輩と莉玖」

「似てるって?」

「上手く感情を隠せないところ。まあ、私にとっては美点だけどね」



……そんなに表に出ているのかな。感情に振り回されているってことは、あながち間違いではないけど。


待って、それじゃ私の感情も兄さんにすべて筒抜けってことじゃない?私が何をされたいのか、何をしたいのかを全部兄さんにバレてるんじゃ………ううっ、そう思うとますます恥ずかしくなってきた……。



「……というか、兄さんのことをよく分かっているよね。美紀は」

「ううん?まさか嫉妬?」

「……そんなんじゃないもん」

「本当に~?」

「本当だもん。私、そこまで心の狭い人間じゃ……………っ」

「ぷはっ」



失礼極まりない嘲笑をされたというのに、何も言い返せなかった。私にもせめての良心というものがあるから。


私の心は、少なくとも広くはないと思う。兄さんみたいにすべてを包み込むような懐も、美紀みたいに優しく見守るような温もりも私は併せ持っていない。


本当に小さくて、狭い人間だ。兄さんは一体、私のどこが好きなのだろう。



「まあ、確かに先輩のこと悪くないなとは思ってるけど、安心しなよ。莉玖が思っているようなことは絶対に起きないから」

「……私、何も言ってないけど?」

「目が言ってる。私の大切な兄さんに唾つけたら承知しないと目が言ってる!」

「でも、美紀はそんなことしないでしょ?」

「当たり前だよ~」



いつの間にか食べ終えたチョココロネのビニールを畳みながら、美紀はサラッと言う。



「だって私、先輩よりは莉玖の方が好きだもん」



……本当に、とんでもなく周りに恵まれているなと思う。


こんな、まるで火玉みたいな自分を受け入れて、甘やかしてくれる人がいる。私を本気で大切にしてくれる、信頼してくれる友達がいる。


兄さんとはベクトルが違うけど、やっぱり美紀も私の大切な人で。


だから、その言葉を貰った途端に、私はこう言わざるを得なかった。



「美紀」

「うん?どうしたの?」

「………私、美紀にだけは迷惑かけたくないの」

「………………」



大切な人が傷ついている姿を見るよりは、自分が苦しむ方が何倍もマシだ。


そんな善意を込めて、私は言い放つ。



「だから、いざという時は必ず私を捨てて、美紀は幸せになってね?」



その言葉をいただいた美紀は、言葉では表現できないくらい険しい顔をして、私を見据えてきた。


背筋がゾクッと、冷たい何かが流れ出す。



「……もう一度そういうこと言ったら、マジで怒るからね」

「…………………美紀」

「捨てるとか、迷惑とか一度も思ったことないから。それ以上言ったら、相手が莉玖でもさすがにガチで怒るからね?」

「そんな………………ご、ごめんなさい」

「分かればいいの、分かれば。もう、本当に………」



はぁ、と深くため息をついて、美紀はどこか遠いところを見る目でぼそっと呟く。



「それに、先輩とも約束しちゃったもんね……守るって」

「えっ?」

「いや、今のは独り言。それよりさ、莉玖が弁当作ってくれるなら私も作るから、お互い交換ってことでどう?」



……なにがなんだかよく分からないけど。


とりあえず、美紀がまた楽しそうにしているから、それだけでもいいやと思った。

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