15話 すべてが好き
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向かった先は、兄の部屋だった。私の大好きな匂いが充満している、大好きだった兄と抱き合って何度もキスをしていた、安らぎの場所。
でも、今は安らぎなんて言葉は到底見当たらない。あるのは嫉妬と、若い男女二人が放つ生々しい欲情だけ。
衝動だけに突き動かされた挙句、私は兄をベッドに押し倒して手首を握ってから、その体に乗っかって兄の唇を奪った。
「莉玖、だから待てって……うむっ!?」
「ちゅっ、はむっ………ちゅっ、ちゅぅるるっ……!!」
「うぶうぅっ!?!?り……うむっ!?ちゅっ、はぁ………ぷはぁあ!!」
「はぁ、はぁ、はぁあ………」
「……………莉玖」
自分がどうすべきなのか。
自分がどのように動いて、兄にどんな感情を与えればいいのか、もう私は分からなくなっていた。
ただ、他の女といる兄の姿を思い浮かべただけで、たまらなくなって。
真っ白で、覆いかぶされて、得体の知らない虫みたいなものが心臓の下を這いつくばっているような気分だった。
「……あなたは、誰のモノですか?」
「………」
「言いなさい。あなたは、誰のモノ?」
少し首を傾げるだけで、また唇が触れ合えそうなほどの距離。
荒い息遣いが、兄が感じている迷いまでもが届きそうな距離で、私は兄の唇を見つめ続ける。
「……………莉玖の、モノだよ」
「……………………………もう一度」
「僕は、莉玖の………莉玖だけのモノ、だよ。だから、もう少し落ち着いて話を……」
「…………なのに、外で女と遊んでいたんですね?あなたって人は……!」
「うむっ!?!?うぅっ………!!」
言葉を遮って、塞ぐように押し付けた唇。
熱くてドロドロしている、兄の舌。私を狂わせる兄の匂い。私を突き放すことだってできるのに全く力を入れず、律儀にもされるがままになっている兄の体。
…………兄。
兄、兄、兄。私だけの兄。かけがえのない、愛してやまない私の兄さん。
兄さん…………兄さん。兄さん………。
「ぷふぁっ……!莉玖!もうやめっ―――――」
「っ……くっ…………ううっ」
「り…………く」
霞んだ視界から、困惑した顔で私を見上げている兄さんの表情が見えた。
そう、霞んでいた。潤んでいた。
認めたくないけど、私は情けなく、そして悲痛に……泣いていたのだ。
「……ごめん、莉玖」
「……うるさい、うるさいです。謝らないで。なんで、なんで兄さんが謝るんですか………」
「……………………」
……もう少し。
もう少し、クズだったら。もう少し性格がひねくれていたら、もう少し格好良くなかったら。
もう少し声が高めだったら、もう少し目元がブサイクだったら。もう少し唇がガサガサだったら。
だったら、何とか理由を付けて嫌いだと思い込むことができたのに。頭の中で木霊する好きと思い出を押しつぶすことだって、できたかもしれないのに。
「兄さん………兄さん、兄さん………にぃ、さん………」
「…………………」
でも、ダメだった。
溺れていた。もう、この人のすべてが好きになっていた。この人のすべてを、私は愛していた。
顔も性格も、声も、体臭も、目も、言葉も、体も、この温もりも、私の涙に触れているこの優しい指先さえも、この人にまつわるすべてが好きで好きでたまらなくなっていた。
歯を食いしばって嫌いだと言っても、たかが名前を呼ばれたくらいで簡単に溶かされてしまって。
兄に酷いことをしようとするたびに、気付かされた。私は、この人に絶対に逆らえないって。勝てないって。
………そう。言いなりになっているのはむしろ、私の方なのだ。
「違うよ、莉玖」
「何が……何がどう違うんですか!!」
「放課後に遊びに行ったのは、あくまで
「あうっ……くっ……」
「……前に言ったじゃん。莉玖を置いといて、僕一人で幸せにはならないと」
いつの間にか、兄さんは上半身を起こして脱力した私の体を包んでいた。
大切なものを扱うように、私の首筋に顔を埋めて、背中を撫でて。全身で兄さんを感じて、兄さんの匂いが立ち込んで、もう頭が痛くなった。
私は、大好きな兄さんの首筋に顔を埋める。
「………兄さん」
「うん」
「私、私は………兄さん、私は………怖かったんです」
「……そっか」
「怖くて、怖くて怖くて仕方なくて……兄さんに嫌われていると思ったら、兄さんが私以外の女の子を好きになったと思ったら………もう、何も考えられなくて………」
「莉玖……」
「なんで………なんで?なんで別れなきゃいけないんですか?なんで?分かりません、兄さん。分かんない……なんで……?怖い、怖いよ、兄さん。怖い。兄さんがいなくなるのが、兄さんと離れるのが、怖い…………」
自分が何を言っているのか、もうそれすらも分からなかった。
ただ言葉だけが勝手に漏れ出ていた。言葉にするまで、自分が怖がっているという事実すら気付かなかった。私はそれを、単なる嫉妬だと思い込んでいた。
生半可に傾けていた体が滑って、兄さんの懐から離れてしまう。兄さんはそんな私をもう一度抱き上げて、私の頭を包んだままそっと体を倒して、ベッドで横になってくれた。
こんな、こんな優しいところが好きだった。狂おしいほど、脳の端から細胞が焼かれていく感覚がするほど、好きだった。
………そう、今も好き。
今も、私はこの人を愛している。
「………莉玖」
それからどれくらい経っただろう。泣き疲れて意識が朦朧としている途中で、兄さんが最後に放った言葉だけが‘頭に残った。
その声には、苦しみと痛みが満ちていて。
一瞬の違和感を抱きながらも、私は大好きな人に包まれながら優しい眠りについて行った。
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