14話  空きがない

七下ななした あき



「お前わざとだろ?」

「さぁ、何言ってんのか分かんねぇな~」



物の弾みで8人という大人数でカラオケに向かっている最中、僕は一翔かずとの肩を叩いて小声で聞いていた。


でも、ヤツは訳知らん顔で肩を竦めるだけだった。僕はなるべく前にいるみんなに聞こえないようにため息をついて、後ろ頭をガシガシとかく。



「なんで僕まで誘ったんだよ…井口いぐち柚木ゆずきさんのためなら、別に僕がいなくてもよかっただろ?」

「まあまあ、そう言わずに。最近のお前ずっと辛気臭い顔してただろ?気分転換にしてはちょうどいいじゃねぇか」

「それは………」



答えようとして、すぐに言葉に詰まった。


確かに、莉玖りくを振ったあの日から生きた心地がしなかったのも事実だ。一翔の言葉はある意味、虚をついていると言ってもいいだろう。


……でも、本当に大丈夫だろうか。



『………莉玖』



何故、こんなにも後ろめたい気持ちになるのか。


友達と一緒に放課後にカラオケに行く。ただそれだけの行為が、莉玖に対しての酷い裏切りのように感じられて仕方がない。


なんでだろう。莉玖を捨てて僕が勝手に幸せになろうとしているから?それとも………


……まだ、内心では莉玖の彼氏だってそう気取ってるから?



「はい、じゃ一曲目は私から~~!」

「うわぁ……最初からえぐっ」

「これハードル高いよな~」



考えているうちに、体はいつの間にかカラオケの中にいて、みんなが江藤えとうさんの歌う姿を見ながら舌を巻いていた。


なるほど、最近はやっているドラマのOSTか。歌手さんの声量と音程があまりにも高すぎて話題にまでなっていた曲なのに、江藤さんはあまりにもサラッとその曲を歌い上げていた。


……………ふと、莉玖と一緒にカラオケに来てた時のことを思い出す。



『ええ~~そんな曲まで歌えるのか……自信なくなってきた』

『ふふふっ、安心してください。私は兄さんの歌、好きですよ?』

『こら、どういう意味だ』

『必死に歌っている兄さん、本当に格好いいですから』

『……またこの妹は』

『今は彼女です。妹じゃありません』

『はい、はい……んむっ!?』

『ん………ちゅっ……ふふふっ。だから、こういうのもできちゃうんですよ?彼女ですから……』



そう、この曲だった。


二人でちょうどこの店に来て、2時間くらい一緒に歌って、落ち込んでいる僕にキスしてくれた莉玖。


周りの歓声とタンバリンの音が段々と遠くなって行く。乾ききった唇を湿らせて、他の子たちが曲を入れているところをぼんやり眺めていた。


………なんで、こんなにも虚しい気持ちになるのか。


雰囲気は、盛り上がっているはずだ。ここにいるみんないいやつらだし、お互い気を配りながら楽しく遊んでいる。これがきっと、僕が求めていた普通だ。


でも、僕はこの雰囲気を嫌だと感じている―――僕がこっち側の人間じゃないから?



「どうしたの?七下君」

「うん?あ………」

「なんでぼうっとしてんの?曲まだ入れてないよね?」

「そうだな、ありがとう」



いつの間にか隣に座っている江藤さんに答えながら、僕は機械を操作して曲を入れようとする。


ちょうどその時、江藤さんが前屈みになってにんまりとした笑顔を見せて来た。



「ねぇ、七下君」

「うん?」

「一緒に歌わない?SumikaのLovers」

「ああ、あの曲か」



昔、かなり聞き入っていた曲なので思わず肯いてしまった。


………でも、一緒に歌うって?機械の操作をやめて、僕は江藤さんにもう一度振り向く。



「うん?どうしたの?」

「あ………いや」



肩まで伸びている赤に近い茶髪に、大きくて透き通っている同じ色の目。


明るいかつ落ち着いている雰囲気で、誰もが一度は目を向くはずの美人。


江藤さんはそんな美人であるにも関わらず、人懐っこくてリーダーシップも兼ね備えている、正に完璧な女の子だった。


そんな女の子にラブソングを一緒に歌おうと提案してもらっている。普通の男なら喜ぶはずだ。



「……ごめん。また次の機会でいいかな。今日はちょっと喉の調子が悪くてさ」

「あ~~分かった、んじゃ仕方ないね」

「いや、誘ってくれてありがとう。江藤さんの歌、めっちゃ上手かったよ」

「あはっ、ありがとう。それを今言うのはちょっとズルいな~」

「あははっ」



そうか、空きかないのだ。僕の心には、莉玖以外の誰かが入ってくる隙がないのだ。


そして、僕はその状態に全くもって違和感を抱いていない。変な話だ。


莉玖を振ったのは、莉玖が普通に生きて欲しいと願ったのは紛れもない僕なのに。



「うっ……い、行きます!」

「お前らバンドかよ!あはははっ!!」

「微笑ましいね、あの二人」

「……そうだね」



江藤さんの声を聞いて、前に立っている井口と柚木さんを見て再び思い知る。


僕には、あの二人のような甘酸っぱい恋ができる気がしなかった。







あれから8人で3時間くらい歌って、ファミレスで仲良く夕飯まで食べた後、僕は一人で帰り道についていた。


別れる際、僕は江藤さんとメアドを交換した。普段女子たちと遊ぶことがあまりにないから、ホーム画面で女の子のアカウントが映っているのは割と新鮮だった。


………これ、莉玖に見られたら大変なことになりそうだな。


そう思いつつ家まで着いて、僕はさっそくドアを開けて玄関に入る。


そして、その次の瞬間。



「どこに行ってたんですか?」

「………………………」



白くてゆったりとしたTシャツに、ショートパンツを身につけている莉玖が。


真っ白な髪をなびかせながら突き刺すような赤い目で、僕をジッと睨んでいるのが見えた。



「聞いてるじゃないですか、兄さん」

「ちょっ、莉玖……?」

「今までどこで、何をしてたんですか?」

「どうしたんだ。とりあえず落ち着いて、僕の話を……」

「質問に答えて!!」



いつもの華奢な声からは想像もできないくらい高くて、怒りに満ちている声。


莉玖は僕に詰め寄って、片手で胸倉を掴んできた。



「知っていますよね?兄さんは、私にウソをつけてはいけません」

「………友達と一緒にカラオケ行って、夕飯食べて来た」

「……その友達の中には女の人も、混ざっていましたよね?」

「………………………ああ」

「…………………………」



ビンタでもされるのかと心構えをしていたけど、莉玖は。


手を上げる代わりに、その大きな目の端っこに涙を滲ませていた。



「………り、く……」

「……まだ、躾がなっていないようですね」

「違うんだ、莉玖。莉玖が思っているようなことは何も起きなかったから―――」

「兄さんが誰のものなのか、私がもう一度しっかり教え込んであげます」

「ちょっ、莉玖!?」



そのまま問答無用に、莉玖は僕の手首を引いて僕の部屋に通る階段を駆け上がって行く。


慌てている中、僕は莉玖の綺麗な銀髪を見て生唾を飲み込んだ。



『……………………莉玖』



教える必要はないよ。僕が君以外の女の子と付き合うなんて、そんなのありえないだろう。


今更、そんな当たり前のことをしつける必要もないというのに。

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