13話 バカな女
<
何をしているんだろう。
5限目の歴史授業。気だるそうに授業を続けている年配の先生の話を聞き流しながら、昨日の夜のことをぼうっと考えていた。
そう、昨日の夜。私は兄を思いながら………一人でそういう行為にふけていたのだ。
「ここは大事なところだから、しっかりと暗記しておくように――――」
「……………………」
初めては、ちょっとムラムラとしただけ。一昨日のデートでしたエッチがあまりにも気持ちよすぎて、その快感を忘れずに一人でしようとしていただけ。
でも、どれだけ指を動かしてもろくに満足もできず、いつの間にか兄さんのことを思い浮かべながら指を動かしていて……そうしたらちょっと気持ちよくなって、気付けば頭の中が兄さんで埋め尽くされていた。
私の指を、兄さんの指に見立てて。体にかけた布団が、兄さんの熱っぽい体温だと思い込んで。
兄さんに好きにさせられていると、愛を注がれていると錯覚しながら、やっていた。
………純粋に、最悪だと思う。
「……………………………」
兄にフラれてからの私の行動には、一貫性というものがない。
一昨日のデートだってラブホに入ってはいけなかったし、そもそもあんな誘うような下着を着たり、兄を襲ったりしてはいけなかった。
自分でも薄々気付いていたから。どれだけ嫌いだとか死んで欲しいとか言っても、私は所詮その人の女だということを。
嫌いという言葉で気持ちを抑え込んでも、少しでもあの人の肌に触れたら気持ちが盛大に爆発して。おかげで、帰る際にまた好きとか言い出して。
分からない、分かんない。自分がどうしたいのか、兄がどうして欲しいのか、何一つ分からない。
「お~~~い。莉玖?」
「………………あ」
そうやって一人の世界に沈んでいた私を、
いつの間にか先生はいなくなり、周りのクラスメイト達はいつものように群れを成して笑い声を上げていた。
「どうしたの?」
「美紀」
「うん?」
「………私、嫌われていないのかな」
自分でも驚くくらい弱々しく放たれた言葉に、美紀は何故か満面の笑みを浮かべていた。
「大丈夫だよ、きっと」
「………そう、かな?」
「先輩は、莉玖の男だから」
「………………………兄さんだなんて言ってない」
「ううん~~?そっかそっか」
「もう………」
……会いたい。
抱き着いて、キスして、首筋に顔を埋めて、頭を撫でられて、甘やかされて、溶けてしまいたい。
何度も何度も溢れる愛情を言葉に紡いで、兄に抱きしめられて身動きが取れなくなってしまいたい。
………本当に、バカでチョロくて、情けない女。
私を最悪の形で振った元カレ相手に、こんなにも未練がましくなるなんて。
<七下 秋>
「おい、秋!久々にカラオケ行こうぜ」
「えっ、お前部活は?」
「顧問に事情あって今日は自主練なんだよ」
僕はずけずけと近寄ってくる親友、
「まあ……たまにはいいっか。んで?まさかメンバーが僕とお前だけってわけじゃないよな?」
「当たり前だろ。
「男子4人か………普通に息苦しそう」
「はっ、いざ女子と一緒にいたら気まずくなるくせに」
「うっせ」
カバンを手に取って立ち上がると、間もなくして
二人とも、イケメンっていうほどじゃないけどそこそこ陽キャで人気のあるやつらだ。中学の時にもこいつらと遊んでたし、別にいいだろう。
「んじゃ、行くか!七下と一緒にカラオケなんて久しぶりだな」
「ははっ、だな」
鈴城の爽やか発言を受け流しながら、僕たちはそのまま教室を抜け出そうとした。
だが、その時。
「ちょっと待った~~そこの男子!」
「うん?」
振り返ると、クラスでそこそこ目立っている女子の4人組がそこに。
首を傾げていると、僕たちを呼び止めた張本人、
「もしかして、そっちもカラオケ?」
「ああ、そうだけど。どうした?」
一応、僕たち男子組のリーダー格の一翔が前に出て答える。
「じゃね、私たちと一緒に行かない?」
「は?カラオケに?」
「そうそう、たまには悪くないじゃない」
……………………………は?
ええ………ちょっと、マジで……?
「まあ、俺はいいけど、お前たちはどうだ?隼人は?」
「俺も別に構わないぞ。メンツが増えればその分楽しいし」
「井口は?」
「ぼ……僕も!うん、構わないよ」
「んじゃ、秋は?」
順次に意見を聞いた後、一翔は目の前に立っている女たちは見えないように、小さくウインクをしてきた。
一瞬見た時には普通にキモくて顔をしかめたけど、間もなくして僕はそのウインクの意味を察することができた。
一翔の顔の向こうで、露骨に顔を赤らめている
そして、さっき妙に緊張していた井口の発言……ああ、なるほど。
これ、カラオケに見せかけた愛のキューピット作戦か……なら、乗らないわけにもいかない。
「ああ、僕もいいよ。久々に歌うか」
「よっし!んじゃ江藤、道案内は頼んだぞ」
「あんたがやりなさいよ~~こんなの、普通男の役目でしょ?」
軽い冗談で和らいでいる雰囲気の中、ふと莉玖のことが頭の中をよぎる。
これ、大丈夫なんだろうか。別に浮気しているわけでもないし、後ろめたいことは何もないはずだけど……。
……いや、大丈夫だよな?付き合っていた頃は、そこまで束縛が強いタイプでもなかったし……。
「ちょっと七下君、なにぼうっとしてんの?早く行くよ?」
「あ……うん。行こう」
肘で脇腹を小突いてくる江藤さんにそう答えながら、僕は不安をかき消すように一歩踏み出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます