12話  先輩にしかできないんです

七下ななした あき



「助けて欲しい」

「……第一声がそれですか?酷いな~先輩」



お昼休み、屋上に続く階段の踊り場で、僕は後輩にそんななさけない言葉を漏らしていた。


妹の親友、池田美紀いけだみきはまるで予想していたかのように苦笑しながら、階段に座っている僕の隣に腰かける。



「なにをどうやって助ければいいんですか?」

「色々と。いや………助けて欲しいところがありすぎてかえって困るな、これ」

「先輩って、本当に面白い人ですよね」

「何が?」

「普段はテキパキやってるのに、莉玖りくが絡むとすぐ尻込みしちゃうじゃないですか」

「……いや、普通だろ。大切な人が相手なら、なおさら」

「ふふふっ」



明るい茶髪のショートカットで茶色の瞳をしている後輩は、クスクスと笑いながら背伸びをしていた。


池田と仲良くなったのは、ちょうど今から1年くらい前のこと。元々莉玖と仲が良かった池田がよくウチにも遊びに来てたから、自然と顔を合わせる機会が増えていたのだ。


そして何より、池田は僕と莉玖の関係を知っている数少ない人間の一人だった。


その上、けっこう真剣に僕たちを応援してくれた、ありがたい恩人でもある。



「まあ、先輩も分かっていると思いますけど」

「うん」

「莉玖……けっこう、落ち込んでるんですよ?」

「落ち込んでるだけなの?」

「まあ、オブラートに包めば落ち込みで、もっと直接的に言えば……病んでいる、とでも言った方がいいかもしれませんね」

「……そっか。池田にもそう見えてるのか」

「………はい」



池田は決まりが悪そうに俯きながら、そう答える。僕の固まった表情も合わさって、場の空気がどんどん重くなって行くのを感じた。



「先輩、こんなこと言っちゃいけないかもしれませんけど」

「うん」

「莉玖、きっとまだ先輩のこと好きですよ?」

「ああ、知ってる」

「………表では大嫌いと言って、裏では好きで好きでたまらなくなっているのも?」

「昨日の夜に聞いたからね。直接、莉玖の口から好きって言われたんだ」

「…………………なんと言うか、莉玖らしいですね」

「……池田はどう思う?」

「はい?」



目を真ん丸に明けた後輩と視線を合わせて、僕は一度唇を濡らしてから言った。



「僕たちの関係、やっぱり歪なのかな?」



その質問を噛みしめるように間を置いてから、池田は少し悲しげな顔で頷く。



「そう……ですね。普通ではないとは思います」

「………そっか」

「でも、先輩も莉玖も普通を求めていたわけではないじゃないですか。私は、そんな二人でもいいと思います」

「僕はさ、莉玖が普通になって欲しかったんだ」



汗が滲み出る両手を何度もすり合わせながら、僕は何もない目の前の虚空を見つめる。


僕の横顔に、可愛い後輩の視線が注がれるのが分かった。



「莉玖は僕がいてくれたらそれだけでも幸せって言ってたけど、現実は違うじゃん。お義母さんも父さんも、池田の存在だって、莉玖の人生になくてはならない要素だから」

「………」

「僕はさ、莉玖がもっと普通になって欲しかったんだよ。周りの環境も、世間体も程よく意識しながら、器用に生きて欲しかったんだ。僕の妹は……まあ、池田も知ってると思うけど、ちょっと危ういところがあるからさ」

「……悔しいですが、分からなくもないですね」

「だろ?まあ、これもまた僕の言い訳に過ぎないけどさ」



言葉を終えて、僕はもう一度仲のいい後輩に目を向ける。


屋上の窓から微かに差し込んできた光に照らされて、池田の顔が何故か眩しく見えた。



「……私に頼みたいことって、それですか?莉玖が普通に生きられるよう、サポートして欲しいって?」

「うん、図々しいお願いなのは百も承知だよ。面倒ごとを押し付けているってことも分かってる。けど、本当に池田にしか頼れないんだ」

「私は、具体的にどうすればいいんですか?」

「どんな噂をされても、今まで通り莉玖の傍に居続けて欲しい」



難しいことを頼んでいる自覚はあった。


莉玖は、いわば台風の目のような存在だ。銀髪赤眼という特徴的な見た目のせいでただでさえ目立つのに、学校では兄である僕と付き合っているという噂まで流れているのだ。


そんな腫れ物に気安く接して欲しいなんて、やっぱり無理なお願いかもしれない。



「―――嫌です」



………だからか。


池田にこんな返しをもらっても、僕はそこまで驚かなかった。



「そっか……やっぱりそうなるよな。分かった」

「えっ?」

「ありがとう、池田。突然呼び出したのに来てくれて。じゃな」

「あっ、ちょっと待ってくださいよ!!」



軽く目礼をして教室に戻ろうとしたところで、急に手首を握られた。驚いて振り返ると、何故かちょっと必死になっている池田の顔が目に映る。



「ちょっと勘違いしていませんか?いえ、私の言い方が悪かったかもしれませんが!」

「えっ……どういうこと?」

「とにかく座ってください。このままじゃ落ち着いて話すこともできないじゃないですか!」



理解ができなくて首を傾げながらも、僕はとにかく言われた通りに座り直す。


拳二つが入るくらいの距離を取った池田は、ふうとため息を零してから言ってきた。



「先輩に言われなくても、私はいつも通りに莉玖に接して行くつもりです。だって私、莉玖のこと大好きですから」

「…………もしかして池田、莉玖のことをそういう意味で好きだったり?」

「違いますから!!ああ、もう……私がイヤって言ったのは、莉玖のことじゃなくて……先輩の方なんです」

「へ?」

「さっきの先輩、まるで私に莉玖のすべてを託したような言い方してたじゃないですか」



小さく肯くと、莉玖は仕方ないと言わんばかりの笑顔で……そう切り捨ててきた。



「でも、莉玖は先輩のモノなんです」

「…………………………………」

「先輩が諦めては、本末転倒なんですよ。先輩の見えないところで莉玖がどれほど思いをはせているのか、先輩は知りませんよね?」

「……池田」

「もちろん、こういうこと言うのは先輩を困らせるだけだと、ちゃんと分かっていますけど。でも、本当に……本当に、莉玖には先輩が必要なんですよ。他のことが満たされても先輩がいなかったら、莉玖はきっと壊れちゃう。そう思うんです、私は」

「………………」

「普通になるのより大事なこと、世の中にはいっぱいあるじゃないですか」



普通になるのより、大事なこと。


何故だろう、その言葉がやけに深く突き刺さって、頭で何度も木霊こだまする。


そして、今までないくらいに真剣な顔をしている後輩は、ぐっと距離を縮んできて―――



「莉玖を助ける役目は、私のものじゃありません」



気が狂うほどの重い言葉を、僕にかけてきた。



「莉玖を助けられるのは、先輩にしかできないんです」

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