11話 大好きです
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ラブホを出てから、僕たちは軽くファミレスで夕食を取った後、帰りの電車に揺らされていた。時間はいつの間に夕方の8時を回っていた。
ホテルでの会話を除いたらお互い、ほとんど会話せずに過ごした一日だった。
一日をやり過ごすのに必要な体力をホテルで全部使い切ってしまったからか、体が鈍くて思考もどんよりとしている。
「……………すぅ……すぅ……」
そんな中、僕の肩に寄りかかって寝息を立てている
もう何度も見て来た可愛い妹の寝顔。それと同時に、ラブホで見せてくれた莉玖の熱っぽい顔が浮かんできて、僕は少しだけ唇を噛む。
……ヤってしまった。
抵抗も、力で無理やり引き離すのもできたのに、僕はずっと莉玖の下に敷かれていた。全く抗わなかった。
……………はっ、ははっ。
「………にい、さん」
「……………」
微かに涙を浮かべている莉玖の目尻をそっと拭いて、今日何度目かも分からないため息をつく。
なんで、こうなったんだろう。
すべてが曖昧模糊で、体が宙に浮いているようで、何もかもはっきりとしない。行く先も、確かな道も見えない。
莉玖は、たとえ僕と別れてもすぐに立ち直ってクラスに馴染んで、新しい関係を築いて行くと思っていた。それだけの芯の強さを持っているから、大丈夫だと思っていた。
なのに、また戻ってしまった。
恋人でもなく、だからといって普通の兄弟でもない曖昧なセフレ関係に………いや、主従関係になってしまったのだ。
「……莉玖、起きて」
「……………ん、うん……」
「次の駅だから。ほら、莉玖」
肩を揺さぶりながら自然と莉玖の手を取り、座席から立ち上がる。
まもなくして電車に降りて、いつもの鋭い表情に戻った莉玖と改札を出て、手を離した。ちょうど真横で、体をくっつけて仲良く歩いているカップルが見えた。
ここから家までは大体20分くらいかかる。さて、ここでお別れするか。
「じゃ、先に帰ってて」
「……はい?」
「いつもやってたじゃん。両親にバレないために」
僕たちがまだ付き合っていた頃には、両親に関係を気付かれないために、わざと帰る時間を別々にしていたのだ。先に帰るのはいつも莉玖の方で、僕は散歩をしたり、ネカフェに入ったりして適当に時間を潰していた。
なのに、莉玖は僕の言うことなんか聞こえないとばかりに、再び手を繋いでくる。
指まで、絡めてきた。
「……莉玖」
「バレたらいけないんですか?」
「……………………………は?」
「何故、バレるのを恐れなきゃいけないのですか?」
……………………なにを、言っている……?
呆けている僕に向かって、莉玖は相変わらず冷たい顔で、真っ赤な瞳で切り捨てる。
「あなたが守りたかったものを、私が守る必要はありません」
「………まさか」
「兄さん」
駅前の喧噪の中。
繋いでいる手にぎゅっと力を入れた莉玖の声が、僕の耳に届いた。
「私はもう、諦めました」
「…………………………………………莉玖」
「もう、何が何だか分かりません」
莉玖は、そのまま僕の手を引っ張って歩き出す。僕が慌てて手を離そうとするも、莉玖は骨が折れそうなほど手に力を入れて、僕を放してくれなかった。
そして、人通りの少ない裏道に来た時、僕はもう一度声を上げた。
「莉玖、ダメだよ」
「……何がダメなのか、分かりません」
「お願い。家には別々に帰らなきゃいけないんだ」
「人形が喋らないでください」
「………もし、このまま押し通そうとするなら」
僕はパッと歩みを止めて、声を低くした。
「無理やりにでもこの手を解いて、僕は逃げるよ」
「………」
綺麗な夜空と、明るい街灯の下。
触れると散ってしまいそうな儚さを持っている僕の妹は、ようやく僕に向き直る。
「今ここで兄さんが逃げたらどうなるか、教えましょうか?」
「……ああ、教えて」
「先ずは兄さんの部屋に入って、兄さんが大切にしていた物を全部壊して、写真を破ります」
「……………」
「その後は……そうですね。何をしましょうか。部屋中を散らかすだけじゃなく、学校中で兄さんと付き合っていたって堂々と言いふらすのも――――」
「莉玖!!!」
思わず大声が出てしまう。びっくりしたように、莉玖もその赤い目を見開いて僕の言葉を待った。
「……他は、なんでもいいよ。物を壊すのも、思い出をちぎるのも、部屋を散らかすのも、なにをしてもいい」
「…………」
「でも、親に怪しまれて、学校の人たちに疎まれるような行為だけは……お願いだから、しないで欲しいんだ」
「……何のために?」
「……………………」
「それも、私のためなんですか?」
肯きたくても肯けなかった。莉玖のためだと言ったら、俺が貫いてきた意地が全部崩れてしまいそうだったから。
そしてたぶん言わなくても、莉玖には既に僕の気持ちが伝わっている。
やがて繋がれていた手が解かされ、僕は自由になる。
「………ありがとう」
「………兄さん」
「うん?」
「私のこと、好きですか?」
「…………………………………………」
潤いを持った赤い視線が、射貫くようにして注がれてきて……僕はビクッと肩を震わせた後、顔を伏せながら首を振った。
「…………………………い、や」
「…………………」
「………すきじゃ……………好きじゃ、ない………」
「じゃ、命令です」
息を吸う音と共に放たれた命令は。
「今すぐ大好きって、愛してるって、私に言ってください」
とんでもない、僕が一番避けたかった言葉の並べだった。
僕は顔を上げて莉玖と目を合わせる。莉玖は、悲しみと期待が交えた複雑な顔で僕を見上げていた。
「……莉玖」
「はい」
「……………よくないよ、そんな言葉」
「兄さん」
「……うん?」
「私が正しさが何なのか、普通が何なのか、もう分かりません」
「……………………」
「私はただ恋に落ちただけなのに。世の中と兄さんが、そんな私を許してくれません」
「……………」
僕に言えることは、何もなかった。
莉玖は空を一度見上げた後、再び僕に視線を向けて、涙を一滴零してから言う。
「兄さん」
「……うん」
「……………………………大、好きです」
「………………………」
「好き………好き、大好き、大好きです………本当に、大好き……。愛しています。私はあなたを、七下秋を、心から愛しているんです……………いいえ、違いますね。大好きって言葉も、愛してるって言葉も、私が持っている気持ちの百分の一も表してくれません」
「…………………」
「だから、嫌いなんです……付き合っていた頃は何度も何度も、私よりも愛してるって囁いてくれた兄さんが、他人ぶって私の前に立っているのが………納得、できないんです……」
心臓がぎゅっと詰まる感じがして、どんどん息をするのができなくなっていく。
喉が乾涸びて、もうまともな言葉が出て来そうになかった。それとは真逆に、莉玖はたくさんの涙を流しながら背を向けて、そっと告げてくる。
「……今日は、楽しかったです。ありがとうございました」
「……………………………」
それが、すべて莉玖の本音であることを知っている俺には。
心臓と魂を八つ裂きにするような痛みが、体中に襲ってきていた。
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