7話  大好きな兄さんなんか

七下ななした 莉玖りく



『兄………さん?』



衝撃的な光景だった。


テスト期間に、勉強していた際に知らないことがあったから。時間が夜の10時で、そこまで遅いわけでもないから軽い気持ちで、兄の部屋に向かっただけなのに。


兄がそんなことをしていたとは、思いもしなかった。



『……………………………………………うっ』

『………………………………兄、さん』

『ご、ごめん!!』



今思い返してみれば、割と当たり前な状況だったのかもしれない。


血縁で結ばれていない年頃の男女が一つの屋根の下で、6ヶ月以上も暮らしていたのだ。そんな出来事の一つや二つくらい起きても、全然おかしなことではないと思う。


それでも、当時の私……中学3年生の私にとって、その光景はあまりにも生々しいもので。


兄さんは、ベッドの上でズボンを穿きながら、俯きがちになっていた。耳まで真っ赤で、明らかに恥ずかしがっていた。



『……………兄さん』

『ご、ごめん!本当にごめん……』

『………………………』



この頃の私たちは、もうたっぷりとお互いのことを意識していた。


互いに向けられた眼差しは家族のものではなく、男と女の目で。その目の裏に獣が生きていることも、たぶん私たちは分かっていた。


そんな状況の上で、さっき目にした兄さんの姿。ベッドボートに背を預けて、切なげに私の名前を呼んでいた、兄さんの声………。


それはまるで、昨晩に兄さんを思いながら自分を慰めていた、私を見ているようで。


通じ合った、という単語が急に閃いて。だから、仕方がなかった。



『いい、ですよ……?』

『………………えっ?』

『続けてください……兄さん』



気付いた時には参考書なんかほったらかしにして、私は兄さんの隣に腰かけて、その下半身に手を差し伸べていた。


兄さんのことを見上げながら、体をくっつけて、中学生の自分が出せる精一杯の色気を兄さんの耳に囁いていた。



『兄さんの中での私は、どんな風に乱れてたんですか?』



意識が朦朧として、部屋の中の湿度が一気に上がっていて。私たちを取り囲む空気が熱くなって、脳の細胞を端っこから燃やしていくようだった。


きっと、それが運命なのだ。どんな単語を使っても、その二文字以外には説明がつかない。


私は自然と兄さんに吸い寄せられていて、兄さんもまた私の手でもてあそばれながら、ぐっと唇を噛んで何かに耐えていた。



『莉玖……やめっ』

『ウソは、やだ』

『…………………』

『ウソはやだ。私を見て……?兄さん』

『…………………』

『教えて……?教えてください、兄さん。どんな風に乱れてたんですか?私はどんな風に………兄さんに、抱かれていたんですか?』



気付けば、兄のことしか考えられなくなっていた。


気付けば、いつも兄の後姿を目で追っていた。気付けば、夜中に布団を被りながら兄さんを思って………自分自身を慰めるのが、日課になっていた。


お互い、じっとりとした目を半年以上も向け合いながら暮らしていたのだ。惹かれ合う私たちに、理性が付き入る隙間なんてなかった。



『兄さん、兄さん……?ふふふっ。ビクビクして、可愛い』

『くっ……あっ、莉玖……』

『兄さん……兄、さん………』



それが、きっと私たちの愛の本質。


その本質を忘れないよう、私は兄さんの首元に頬ずりをしながら、兄さんの匂いを強く吸っていた。



『……これからは、私に全部言ってくださいね?』

『言うって、まさか……』

『はい。私が、全部処理してあげますから。兄さんが困らないよう、兄さんの欲望、私が全部受け止めますから……』



背徳というのは、興奮のみなもとに過ぎない。


兄弟だから、家の中で親の目を盗んでお互いを刺激することができる。兄弟だから、親が帰っていない時間にソファーに寝転びながら、抱き合うことができた。


夜中にお互いを慰め合うことだって、できた。


その夜から1週間も経たないうちに初めてのキスをして、また1週間も経たないうちに、私は兄さんにすべてを捧げていた。


それは、紛れもない運命だった。少なくとも、私はそう信じていた。



「………………っ、ううっ……」



……なのに、どうして別れられるの?


どうして、私を捨てられるの?


分かってる。あなたの悩み、私も全部分かってるの。あなたが私で悩んでいたことも、私が幸せになって欲しいという気持ちも、痛いくらいに分かってたの。


だとしても―――どうして、その悩みの結果がお別れになるの?


月光が差し込んでくるベッドの上、私は布団を被りながら涙を流して、そう思っていた。



「バカ………嫌い、大嫌い。兄さんなんか、知らない……」



あなたも私のこと、今も大好きなくせに。


永遠に私のこと忘れられないと、あなたも分かっているくせに―――どうして私を振ったの?


許せない、許せない。やっぱりあなたのこと、許せないよ。


だから、お願い。死んで、もう死んでよ………。



「………お願いだから、もう死んでよ……………」



なんで、なんで生き返るの。


心の中では、頭の中ではもう何十回も殺してるのに。何百回もあなたのこと大嫌いだと、自分にそう言い聞かせているのに。


なんで、なんで死なないの……?なんで生き残ってるのよ。


本当に、大嫌い……大嫌いだよ。


兄なんか、私の大好きな兄さんなんか…………。

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