2話 出会い
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『はじめまして、お兄さん』
見た瞬間、自然と視線が吸い寄せられた。
繊細な銀髪とは真逆の、神秘的に燃えるような赤い瞳。昔の物語に出てくる可憐なお姫様みたいな子だった。
『ほら、挨拶しなさい。今日から兄弟としてやっていくんだから』
『あ………はい』
親父の言葉につられて、僕は歳も一つしか離れてない妹にぺこりと頭を下げてから、自分の名前を言う。
『七下、秋です』
『ふふふっ。ありがとうね、秋君。一緒に住むの許してくれて』
『いえ、とんでもないです。えっと………よろしくね?
『はい』
その浮世離れした容姿に目を奪われて、酷くぎこちない態度を取ってしまったことを今も覚えている。
もう2年前のことだけど、莉玖がまとっていた異彩は忘れられなかった。
親父の再婚相手である
肩まで伸びる黒髪と黒目をしている葵さんに、こんな娘が生まれるなんて。
『よろしくお願いします、兄さん』
『……うん、僕もよろしくね』
そして、初めての挨拶を済ませた日の夜、僕はキッチンの冷蔵庫の前に立っている莉玖を見て目を見開いていた。
莉玖の横顔が、もう反則だと叫びたいくらいに綺麗だったのだ。銀髪赤眼の少女なんて、物語の中でしか存在しないと思ってたのに。
『……兄さん?』
『あ…………』
向こうはすぐに僕に気付いたらしく、振り返って首を傾げる。
そのぼうっとしているような表情も、可愛らしい仕草も、何もかも僕の心を惑わしてきて。
僕は、当時中3だった僕は生唾を飲みながら思いっきり緊張していたのだ。
『こんばんは』
『はい、こんばんは』
『お腹減ってるの?何か作ってあげようか?』
『いえ、そうじゃなくて……ただ、こんなに大きい冷蔵庫は初めてで、つい見てしまっただけです』
『……まあ、大きいのは冷蔵庫だけじゃないもんね。家具もテレビも、何もかも無駄に大きいから』
『無駄とまでは思いませんが……確かに、前に住んでいた家とはだいぶ違いますね』
どんな家に住んでたの、とはさすがに聞けなかった。そんなプライベートな部分を聞けるほど仲良くなったわけでもないから。
苦笑している僕に向かって、莉玖は透明な声色を放っていた。
『一つお聞きしたいことがありますが、聞いてもよろしいですか?』
『かしこまらなくてもいいよ、言ってごらん』
『私たちがこの家にいるの、嫌じゃないんですか?』
『ううん、別に?』
『……本当ですか?』
『ウソついてどうすんのさ』
本音を返したつもりなのに、莉玖はあまり納得したようには見えなかった。
『……いきなり押しかけて来たのに、ですか?』
『僕はまぁ、親父が満足してればそれでいいからね。それに人間はさ、一人じゃ生きられないんだって』
『……はい?』
『周りに他人がいなきゃ、人間は自殺してしまうらしいよ。まあ、あくまで小説で読んだセリフの受け売りだけどさ』
『物知りなんですね、兄さんは』
『それは絶対に違うかな~』
淡く微笑む莉玖を見て、心臓の端っこが握られるような痛みが走る。
不思議だった。普段は意識してなかった呼吸が、急に苦しくなっていった。
『迷惑だと感じる瞬間があるなら、すぐに言ってくださいね』
『莉玖さんこそ、いきなり男と住むことになったんでしょ?むしろ僕の方が迷惑なんじゃないの?』
『……迷惑じゃありません。さっき、そんな気持ちが吹っ飛びましたから』
『うん?』
呆けている僕に、莉玖は後ろに手を組んで少しずつ近づいてくる。
『私はこんな見た目をしていますからね。迷惑と言うよりは、心配だったんです。上手くやって行けるかなって』
『…………』
『たとえ噛み合わなくても、ずっと我慢するつもりだったんです。私を、こんな見た目をしている私を文句言わずに育ててくれた母なので……母がこの家に来て幸せならば、私が我慢しなきゃって思ってましたから』
『そっか』
『はい。でも、さっきの兄さんの言葉を聞いて、安心しました。兄さんは優しそうですし』
『恥ずかしいことをサラッと言うな~そんな一目見ただけで分かるもんなの?』
『当たり前じゃないですか、私には分かります』
『へぇ、なんで?』
『性格の悪い中学3年生が、一人では生きられないと言うはずがありませんので』
そんなもんかな、と納得しかけたところで頭をぶんぶん振った。
何言ってるんだ、こいつは。そんなので分かるわけないだろ。
『……莉玖さん。これは結構マジな忠告だけどさ』
『はい』
『もっと、僕に対して警戒心を持った方がいいよ』
『………ふふふっ』
『おい、なんで笑う』
『兄さんは兄さんですね』
『え?意味が分からん』
『ご忠告、ありがとうございます』
アドバイスが効いているとは思えない口調だったが、これ以上掘り下げても野暮なだけだろう。僕は仕方なく肩を竦めて、冷蔵庫から水のペットボトルを取り出そうとした。
その瞬間、後ろから柔らかい声が響く。
『これから、よろしくお願いしますね。兄さん』
振り向いたら驚くくらい明るく笑っている莉玖が見えて、つい感心してしまった。あの雰囲気で、あんな笑顔できるなんて。
彼女が部屋に戻ってから、僕は冷蔵庫の明るい照明を眺めながらぼうっと考え込んでいた。大人しくて、不思議な子。
少なくとも、ウチのクラスの子たちとは全然違う。中学2年生が漂わせるような雰囲気じゃなかった。
『……人生2回目?』
あの時は冷たい水を流し込んで、そんなしょうもないことを呟いてたけど。
知りもしなかった。あの子が将来、僕の彼女になって。
僕の人生すべてを奪い尽くす魔女になるなんて、この頃は本当に想像もしてなかったのだ。
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