義妹と別れてから結婚するまで
黒野マル
1話 兄と別れた
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昨日、私は兄と別れた。
「莉玖、そこの醬油差しお願い」
「はい」
ぶっきらぼうな兄に醬油差しを渡してから、再び食事を続けようとする。
今日も家の空気は平和。お母さんとお義父さんは和気あいあいに食事を終えてから、出勤のために家を出て行く。
残された私たちの中では、べたべたとした沈黙だけが降りかかっていた。
「…………ふぅ」
「…………莉玖?」
食事を諦めた私は箸を置いて、上下に動いている兄の唇をジッと見つめる。
何度も吸って、噛んで、味わったことのある唇だった。私を興奮させて、背筋をゾクゾクさせて、感じたことのない快楽を与えてくれた、そんな唇。
なのに、もうあの唇に触れ合うことはない。
世の中は、たとえ義理だとしても兄弟の恋愛を容易く許してはくれないし。
私は、昨日この人にフラれたばかりだから。
「どうしたの?」
「いいえ、別に」
「……見るの止めてもらえるかな?普通に食べれないけど」
「わざと冷たいこと言って、愛想つかされようとしていませんか?」
「……………自惚れ過ぎだよ、莉玖」
「さぁ、どうでしょう」
この人、七下秋のことは未だに好きだった。
好きだ。めちゃくちゃ好き。私自身なんかより、よっぽど好きだった。
だから初キスも、初デートも、大切な処女もこの人に全部捧げたのだ。この人でしか感じられない何かがあったから。私は兄に、すべてを支えられていたから。
でも、所詮はそこまでの関係。お互いの体を貪るのはできても、未来の時間を頂くのは無理な関係。
だから、私はこの人のことを嫌わなければならない。そうでもしないと、自分自身を保てそうになかった。
「ごちそうさまでした。先に行きますね」
「…………ああ」
空になった穴に怒りでも詰め込まないと、もう狂って自殺でもしそうだった。
兄の顔色を窺わずに、私は家を出てまっすぐ学校に向かう。毎日のように、上り坂の前でひっそり繋いでいた手が今はひんやりして、気持ち悪かった。
だから、繰り返す。何度も心の中でそう繰り返した。あなたなんか大嫌い。絶対にめちゃくちゃにしてやるって、そう何度も。
「……あなたの人生、全部壊してあげるから」
たとえそれができないと分かっていても。
私は、そう言わざるを得なかったのだ。
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