第5話 暴走者
気づけばここにいた。
能力を使って脱獄し、邪魔する者を排除しながら。
「あいつは、どこだ」
ゆらゆらとした動作で、周りを見渡す。
目につくのは、逃げ惑うCランクの生徒。
「邪魔、だな」
彼を中心に地面が凍りつく。
それはあっという間に試験会場を氷で覆い尽くし、生徒達を氷像する。
「綾一…鋼……」
のっそりと歩みを進める。
すると「はあ!」という声がする。
ガチン!と頭上に作った氷盾が、何かとぶつかり合う。
「いた…」
目の前に降り立つ、灰色の髪の少年。
「ごめんなさい。僕が、あの時……」
「死ね」
鋼は彼の顔を見ず伏せたまま謝るが、鋭い氷柱が弾丸の速さで放たれる。
氷柱が鋼の体に襲い掛かる。しかし全て弾かれ、傷一つつくことはない。
「ごめんなさい。もう貴方を」
悲しみの顔で、鋼は彼を睨んだ。
「人として殺すことができません」
頬を伝う涙は、今まさに自分を狙って攻撃する相手へ向けたもの。
「なに、を……」
彼の姿が歪む。左肩が膨れ上がり、顔の半分も膨張、背中も風船ようだ。
「あ、ああ、アアア……」
そして、数秒後にはこの世とは思えない化物が立っていた。
体長は鋼の3、4倍。腕は大木の如く太く、両足は象のごとく巨大で、睨むその顔は鬼のようだ。
「なんダ、これ、ハ」
彼自身も理解していないのか、自らの体を見る。
「クルスタロさん。元ランクB。感染度92%」
機械のように事務的に少しずつ紡いでいく。
「ウアアアアアア!」
化物へと変貌した腕が、鋼を襲う。
ガンッと鋼の顔よりも大きい腕から繰り出されるラリアットが襲い掛かる。
「感染度から以後、感染者から暴走者へと呼称を変更。姿から、タイプ
普通であれば首が吹き飛んでいたはずなのだが、鋼はそれに耐え腕を掴んだ。
「これより敵暴走者の排除を開始する!」
掴んでいた腕を引くと、暴走者がバランスを崩す。
低い体勢になった暴走者の腕を踏み台に、跳ぶ。
拳を突き出し後頭部を狙って落下。
巨大になった分動きも重くなっているらしく、拳は狙い通り後頭部に直撃。
しかし腕から伝わる感触は、肉というよりも金属に近い。
「っ!」
悪寒が走る。
咄嗟に肩を蹴り後退。
数瞬遅れて巨大な腕が通り過ぎる。
「オマエのせイだ。オマエの……」
「そう。僕のせいだ」
後退した鋼に迫る。しかし、鋼は逃げようとしない。
「絶対ニ、許さナイ」
「そう。許されるはずがない」
地面が揺れるほどの一歩が踏み出される。
それでも動かない。
「オマエガ、いるセイで!」
「そう。あなたは僕がいるせいで、そうなってしまった」
ついに手が届くまでの距離になり、巨大な腕を振るう。
ガンッ!と鈍い音が響き渡る。
「だから、この戦いは僕が決着をつける!」
鋼は暴走者の豪腕を受け止めた。
「ァァァァァァァ!」
暴走者が吠え、がむしゃらに両腕を振り回す。
それら全てを鋼は受け続けた。
鋼の足元はいつの間にか氷に覆われ、移動ができなくなっている。これでは避けられない。
暴走者は両手を合わせハンマーの様にし、叩きつけた。
その攻撃は鋼の脳天に直撃。
ここで初めて鋼の体がよろめく。その隙を見逃すわけがなく。
ガガガガガガガ!
豪腕が休む間も無く繰り出させる。
体勢が崩れている鋼は、全ての攻撃を受けるしかない。
顔面に重い一撃を貰うと、足元を凍らせていた氷が耐えられず、鋼は大きく吹っ飛び、塀に背中をぶつけた。
「マダ終ワラセナイゾ」
地震のような振動と共に、ゆっくりと鋼との距離を詰める。
「もう、終わりです」
塀に背中を預け、静かに口ずさむ。
全く意味がわからない、というように目を見開く。
「フザケルナ。コノ状況デ」
「いいえ。終わりです」
鋼は下を向いていた顔を上げると、哀しそうな顔で微笑んだ。
しかし、相手はそれを良いように受け取らなかったようだ。
「上等ダ。終ワラセテヤルヨォ!」
「貴方の怒りも悲しみも恨みも、僕が全部受け止めます。それしか僕にはできないから!」
暴走者の両腕を氷が覆いつくす。
右手は剣、左手は槌。
だけではなく両肩には砲台が作られる。
全て氷で出来ており、殺意は増すばかり。
「ガァァァァァ!!!!」
「ああああああ!!!!」
二つの雄叫びが交差する。
氷のステージで拳をぶつけ合う。一切の防御はない。両手の武器だけでなく、肩からは氷の砲弾が無差別に射出される。
近づけば剣と槌、離れれば砲撃。
それでも鋼は倒れない。攻撃を一切避けず受け止め、また立ち向かう。
「ウガァ!」
氷の槌が鋼の頭に振り下ろされる。
これを諸に喰らい、一瞬であるが動きが止まった。
暴走者が見逃すわけもなく、右手の剣が横薙ぎに襲い掛かる。
動きの止まった鋼の腹に入り、耐えられずに壁まで吹き飛ばされてしまう。
「ウラァァァァァ!!」
土煙が舞い、鋼の姿は見えない。
しかし暴走者は砲台を向け、巨大な氷柱を射出する。
土煙は激しさを増し、やがて壁が崩落する。
砲台を止め、鋼の様子を確認する。
数秒で煙は晴れ、横たわる鋼の姿が見えた。
服はボロボロ、氷と土と泥で塗れた全身。
近づきもう一度剣を振り上げる。
「形モ残サズ、砕ケロ」
全身の力を込めた終焉の一撃。
だが、直前で止まる。
「ごめんなさい」
鋼が受け止めたのだ。
「オ前マダ!」
「せめて…安らかに眠ってください」
「何ヲ言ッテ」
突然、氷の剣が砕ける。
「ナ!」
次は氷の槌。肩の砲台も砕け散った。
しかし、体だけは先程よりも大きくなっている。鋼の7倍ほどだ。
「ドウナッテイル!」
「最初に打ち込んだ拳です。後頭部にこれを突き刺しました
ずっと握られていた拳が開く。
手の中には小さな空の注射器。激しい攻防戦で壊れてしまっている。
「この中身は『感染促進剤』。感染者の体内ウィルスを強制的に増殖させる薬です」
思い出すのはここに来るまでのこと。
試験場で永遠と朱里から説明を受けていた時。あの後、クルスタロの感染率が急上昇し、脱走したという話を緊急で聞いたのだ。
「討伐隊が来るまで数十分はかかる。君に足止めを頼みたい」
「分かりました。今すぐ向かいます!」
「待ちたまえ」
体を反転させた鋼を呼び止め、白衣のポケットから注射器を取り出す。
「それは?」
「前に言っていた、真逆の効果の薬だ」
そう聞いて病棟でのことを思い出す。
話題に上がっていた試験段階にもなっていない未完成品だ。
「本来君の妹の為、能力の弱体化または負担の軽減になればと研究していたのだが、完成してみれば効果は感染率の増進だった。感染率30%のマウスが70%まで跳ね上がったよ」
永遠の能力は強力だ。しかし、負担も大きい。
熱を出した時に検査してもらった事もあり、能力の弱体化または体内時間の操作という能力を調べてもらい、研究してもらったのだ。その結果が今朱里の手元にある注射器である。
「それをどうするんですか?」
「これは仮説だが…現存する感染者の感染率はほとんどが60~80%。90%以上はもはや元の原型を保ってはいないことがほとんどだ」
「それはそうですが…」
「だから、この感染促進剤を打ち込んだ高濃度感染者…つまりは暴走者に打ち込んだ場合、体が耐えきれず崩壊する可能性がある」
「なっ!」
朱里は鋼の元に近づき、その手に注射器を手渡す。
命を奪い兼ねないそれを。
「君の欠点は決定打の無さだ。しかし、この薬が効果を発揮すれば武器になる」
「僕じゃなくても…他の誰かじゃ」
「それじゃダメなんだ。効果があるかも分からない。どれほど時間で反映するか分からない。君はこの都市全体で見てもトップクラスの頑丈さを持ってる。持久戦は得意だろ?肉壁くん」
「効果が出るまで…僕に耐えろって事ですか?」
コクリと頷く。答えはイエスだった。
「外道だと思うかい?」
「いえ…あの人を捕まえたのは僕です。僕は最期まで見届ける義務があります」
注射器を握りしめ、覚悟を決めて前を向く。
ポケットに注射器をしまって再び振り返り、永遠の元に向かう。
「おにーちゃん…」
「ごめん。行ってくるよ」
永遠の頭に手を置き、優しい顔で見つめ合う。
永遠は朱里との会話をほとんど理解出来ていないのだろう。不安と悲しみの混じった表情で、今にも泣きそうだ。
「帰ってきてね」
「もちろん。また永遠の好物作ろうな」
「わかった…行ってらっしゃい」
立ち上がり、妹に背を向けながらもう一度呟く。
「行ってきます」
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