第1話 今を生きる死者
『エリアCの商店街にて、感染度70%を超えた者が逃亡中。危険度はB。近辺の者は、直ちに排除を開始せよ』
近代的な風景の場所に機械音声の放送が流れる。
聞き取った者はそれぞれの行動に移った。
現場へ駆ける者、武器を用意する者、この場に立ち止まるもの。
ここに、誰一人として逃げる者はいなかった。
その中の一人。
「こちらC学区生、
灰色の髪の毛、中肉中背、地味な顔立ち。
少年は、走りながら端末に耳を当て話していた。
少年、鋼がいる場所はエリアCの商店街入り口。放送を聞いて、駆け付けたのだ。
『アヤイチ・ハガネの急行を確認。対象の現在地点を送信します』
端末から返答として機械音声が流れた後、画面に地図が浮かび上がる。
その一ヵ所に赤い点がピコンと出現する。
自分の現在地を照らし合わせると、どうやら目の前のビルを挟んで向かいだ。
「これくらいなら!」
鋼はさらに加速し、ビルに向かって突進する。激突寸前まで近づき、地面を蹴る。
コンクリートの地面に亀裂が走り、大きく跳ぶ。
5階建てのビルをいとも容易く飛び越え、屋上に降り立ち、走り出す。
屋上のフェンスを飛び越え、落下。
地面に着地すると、飛び上がる時よりも大きな亀裂が出来た。
「シュロム学園C学区生! 綾一鋼だ! 抵抗はやめて大人しくしろ!」
土煙を払い、高らかに叫ぶ。
その正面には、鋼よりも年上と見られる白髪の青年が立ち尽くしていた。
周りには彼同様に現場に駆け付けたと思われる少年少女が凍り付いている。
「大人しくしろ……?」
冷たい。芯が冷えるような声だった。
「処分されるってのに大人しろだと……大人しく死ねってのか?」
青年が殺気を放つ。それに呼応するかのように、空気が白く濁る。
いつの間にか鋼の息も白くなっていた。
「オレはまだ戦える。感染者を殺せる。だから……」
青年が鋼に体を向けると、氷柱が空中に出来上がる。手の平よりも大きい、突き刺されば命も危うい氷の針。それが空中に20本近く。半円状に広がっている。
「生きるんだ!」
氷柱が一斉に鋼を襲う。避ける暇もなく降り注ぐ。
一瞬で白い煙が包み込んだ。
「ハハハハハ! CランクがBランクのオレに勝てるわけないんだ!」
勝利を確信し高笑う。あの数の氷柱に襲われては、助かるはずがないと。これまでの彼の経験で信じているのだろう。
「ッ!?」
しかし、それは違った。
白い霧が晴れると、鋼は変わらずそこに立っていた。
服はボロボロだが、体のどこにも傷は見当たらない。
「ど、どうやって避けたのかはわからねえが、紙一重だったらしいな! だったら次こそ!」
青年は先ほどの倍以上の大きさの氷柱を1本作り出す。
人の頭ほどある氷柱が突き刺されば死は免れない。
青年はそれを躊躇わずに放つ。
鋼は避けず、氷柱を受ける。
今度こそ、と勝利を信じ青年が微笑む。
「ッ!?」
しかし、鋼は倒れない。そこに傷はなく、血もない。
「ど、どうして…」
一歩、鋼が足を進める。
「ひっ!」
情けない声を上げ、今度は丸太のような氷柱が鋼の顔面にぶつかる。
しかし、さらに一歩進む。
「う、うわあああああ!」
まるで化物を見たかのように叫び、いくつもの氷柱を作り出す。
先端をさらに鋭くしたり、氷の厚さを増やしたり、死角や急所を狙ったりした。
しかし、それでも歩みは止まらない。
ついに手を伸ばせば届く距離になる。
逃げなければならない、理解しても青年の足が震えて動かない。
鋼が手を伸ばすと、
「うぅっ!」
情けない声を上げ、しりもちをついた。
反射的に顔を守り、攻撃に備える。
「……行きましょう。ついてきてください」
差し出した手は攻撃するためではなく、起こすためだったらしい。
青年は唖然としつつ誰の手も借りずに自分で起き上がる。
鋼は差し出した手を引込め、背を向ける。
瞬間青年が邪悪な笑みを浮かべ、手元に氷の槌を作り出す。
鋼の死角で大きく振りかぶった。
ゴンッ!
鈍い音が響く。後頭部に氷柱を叩き付たのだ。
「死んだ」と今度こそ確信する。
だが、次の瞬間。
氷がバリンッと粉々に砕け散る。
「え……?」
思わぬ出来事に固まる。
手応えは確かにあった、常人ならば頭から流血して倒れていただろう。
しかし目の前の少年は、変わらず立ちはだかっている。
「…………」
鋼は振り返ると、拳を握る。
「や、やめ」
怯える青年の言葉を無視し、拳を突き立てた。
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