第14話 誘拐2
ジュライたちが屋敷に着くと、まだ完全に日が落ちていないためか門はまだ開いていた。
王都の貴族街にある屋敷は治安が良いこともあり、夜間以外は門を開けていることの方が多かった。
屋敷の玄関の前はロータリーになっていて馬車を横付けできるような作りになっており、門と反対方向の通路の先に家紋の入った豪奢な馬車と、黒塗りの馬車が二台つけられているのが見える。
「あの黒塗りの馬車、アンナを連れ去ったものと同じに見えるわ」
「家紋入りの馬車もあるからゼソも、戻って来ているみたいだね」
遠目に見える馬車をヨーコとフォルが、目を細めながら見た。
それを聞いたジュライが玄関に向かって、走りだそうとするのをラグが抑える。
「待て、ここもギルドと同じようにフォルとヨーコに探りを入れてもらうべきだ」
「そんな悠長なことやってる暇はないだろ!」
ジュライはラグに喰ってかかるが、ハンゾウも抑える側にまわる。
「落ちつけ、使用人が主人の不利益になるようなことを簡単に喋る訳ないだろう? 頭から突っぱねられたら、タキトスに呼ばれてきた衛兵に捕まるは俺たちになっちま
う」
「まずは、ゼソが屋敷にいることを確認して、そこからアンナの行方を探るしかないかな」
「どうしても口を割らなかったときは強行突破する。それでいいな?」
宙を見て考えを巡らせるフォルと、突入は最終手段だとジュライの肩に手をかけ目
を見ながらラグが言った。
「……分かった」
不承不承ながらもジュライは頷いた。
玄関を叩く音に使用人が気付き、大きな両開きの扉の片側を半分ほど開けると冒険者風なフォルと町娘のようなヨーコが目に入る。
「当家に何か御用でしょうか?」
「こちらはゼソ・フェーン様のお屋敷で間違いないでしょうか?」
「はい、間違いありません」
「ゼソ様が魔道具ギルドから屋敷に戻ったと聞きまして、急ぎの要件がありお尋ねしました。ゼソ様はお戻りですよね?」
フォルが切り出し、馬車のある方を見ながら問い詰める。
「……どういったご用件でしょうか?」
「私はセッティオ魔道具店の者ですが、ゼソ様に納品した品に危険性がある可能性が発覚いたしまして、急いで確認しなくてはならない事態になりました!」
ヨーコは、アンナの事を知っていた場合に警戒させてしまうのを避けるため出鱈目な店の名前をだしてさも緊急性のあることのように捲し立てた。
「存じない店名ですし、それに危険性のある品だなんて何かの間違いでは?」
「私どもは王都の店ではありません。ゼソ様には個人的にご利用いただいていると認
識しております。本当に緊急事態なので伺いました。ゼソ様に取り付いて頂かないと
大変なことになりますよ!」
疑う使用人にヨーコは頭をフル回転させながら嘘をでっちあげていたが、実際に焦っているのでそれも相まって信憑性のある言葉に聞こえる。
「何をしている?」
使用人とヨーコが舌戦をしているところに、奥から上役らしき人物が現れ使用人から事情を聞いている。
「用件は分かったが、ゼソ様は今手が離せない。必要なら此方から声をかけるので客間で待ってもらう」
嘘から出た実で、ヨーコの作り事であった個人的な取引というのに心当たりがあるらしく『あの方はまた……』と、小声で愚痴をこぼす様に呟いた。
「手が離せないということは、あいつは此処にいるんだな!」
「なんだお前は!」
ジュライが言質を取ったとばかりに、半開きだった玄関の扉を開け放ち上役の胸倉を掴む。
「アンナをどこに隠した!」
アンナという名前を聞いたとたん、使用人二人の顔が強張り青くなる。
「その顔! 知ってるな! アンナはどこだ!!」
「ぐぇ、し、知らない……」
締め上げられながらも、強情を通そうする上役にジュライが激昂しようとした時それは起こった。
大きいがくぐもった爆発音と軽微な振動が屋敷を襲う。
「この音の感じは地下だな」
ラグの聴覚が正しく地下の爆発を感知する。
このラグの発言に反応して、上役が視線を向けた先をジュライは見逃さなかった。
「そこか!」
上役の視線の先、広いエントランスの左側に通路があり階段に続いていた。
ジュライは上役を投げ捨て階段に向かって走り出し、リベレーターの面々も続いて駆け出した。
アンナは【ファイアボール】を唱えたあと、扉と反対側にベッドから転げ落ち爆発の余波を防いでいた。
密室での爆発音は凄まじく耳を塞いでいたアンナでも、眩暈がするほどの衝撃だった。
回る視界の中、室内を確認するとゼソは気絶し護衛の男も蹲ったまま動かない。
扉の外に立っていた男も扉と一緒に吹き飛んで、廊下の壁に激突したらしく痙攣していた。
今がチャンスとばかりに、アンナは歩き出したがその足取りは眩暈のせいでおぼつかない、フラフラしながら部屋を出たところで、室内の護衛の男が立ち上がる。
衝撃による眩暈があったが、冒険者崩れの男は初めての体験でもない。
軽く頭を振ったその顔には明らかな憤怒が刻まれており、頭に血が上っているのは誰が見ても明らかだった。
男は爆発で壁から落ちた刀剣類から槍というには少し短い武器を拾うと、廊下に向かって歩きだす。
ジュライは焦る気持ちを抑えられず、階段を一足飛びに降り地面で一回転し受け身をとり衝撃を逃がすとそのままの勢いで駆ける。
フェーン邸の地下はL字をしており、短い方の端に地上への階段があり長い方の一番奥にアンナが捕らわれていた部屋があった。
「どこだ?」
見渡せる地下の廊下には爆発があったような異常はなく、ジュライは通路の角を目指す。
焦る気持ちのままに走り、通路の角まで来ると右側に続く廊下に踊り出る。
ジュライの視界に入ってきたは、十メートル程先に廊下の壁に手を付きながらこちらに歩てくるアンナの姿であった。
「アンナ!!」
ジュライの呼びかけに、信じられないものを見たというような表情になるアンナ。
「ジュライ!」
互いに出会えた喜びに、どちらとでもなく駆け出し互いの距離が五メートルを切った時、突如アンナの鳩尾当たりから血と共に、女性の体には不釣り合いな金属の穂先が突き出した。
「「!?」」
一瞬、貫かれたアンナでさえ何が起きたのは理解できなかったが、立ち直ったのは彼女の方が先だった。
体から突き出した槍の穂先を見て、自分の運命を悟った彼女の口をついて出た言葉は、自分をここまで探しに来てくれた男への思いだった。
「ごめん……ジュライ……ありがとぅ……」
貫かれジャベリンの慣性で、仰け反ったままこちらに倒れてくるアンナをジュライが抱き留める。
「アンナ? おい? 嘘だろ!? 返事しろよ! アンナ!!」
抱き留めたアンナをゆすり、話しかけるが彼女の命の炎は消えてしまっていた。
「嘘……アンナ……嘘でしょ」
追いつきて来たラグたちだったが、目の前で起こった凶事にヨーコが気を失いフォルとハンゾウが慌てて受け止める。
「貴様ら何者だ! ここはフェーン家の重要施設だぞ!」
護衛の男が奥から近づいてきた。
「お前か……お前がアンナを……」
「その女は、よりにもよって室内で【ファイアボール】を撃ちやがった。当然の処置……」
ジュライがアンナをそっと地面に横たわらせた瞬間に爆ぜる。
護衛のとの距離は五メートルほどだったが、一瞬で間合いを詰め抜き打ちからの一閃を放つ。
不意をつかれ、それでも反応し抜刀ようとしていた男の腕を斬り飛ばし、返す刀で頭の先から一刀両断した。
「クソがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
仇を討っても消えない、激情にジュライは叫ぶしかなかった。
その時、廊下の奥からもう一人小太りの男が出てくる。
ゼソは爆発の余波を受けて、未だにフラフラしていた。
「うるさいぞお! 貴様ら儂の屋敷で何をしている!?」
「お前がゼソかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ジュライは、治まらない怒りのままゼソに斬りかかるがそれを阻む者がいた。
「ダメだ! ジュライ!」
ゼソの前に立ちはだかり、ジュライの刃を止めたのはラグだった。
ゼソはジュライの怒気に当てられ、腰を抜かしてラグの背後で泡を食っていた。
「何のつもりだラグ! こいつのせいでアンナは……アンナは!!」
ジュライの剣圧が増すが、ラグはなんとか受け止める。
「分かってる! だがこいつは丸腰だ。一方的なNPCの殺害はアカウントの永久剥奪になるぞ!」
「それでも! こいつは許せねぇ!」
「永久剥奪になったらリベレーターはどうするんだ? お前が作ったクランでもあるんだぞ!」
ラグのこの言葉で、狂犬の様相だったジュライが少し揺らぐ。
「なら、どうする!? こういう奴はまた同じことを繰り返すに決まってる!!」
「今はダメだ! 冷静になれ!」
ジュライの威勢が戻ろうとしたその時、背後が騒がしくなる。
「ウインディア衛兵団だ! 戦闘行為を直ちに停止せよ!」
タキトスが呼んできた、揃いの装備を付けた衛兵たちが雪崩れ込んでくる。
あっという間に膠着状態だったラグたちを取り囲み、ゼソを襲っているようにみえるジュライを取り押さえてしまう。
「離せ! あいつだけは! あいつだけは!!」
なおも暴れるジュライを三人がかりで抑え連行していく、ラグたちも武装解除されアンナの死を悲しむ間もないまま詰所に連れて行かれ事情聴取を受けた。
ラグたちが解放されたのは、日付が変わる小一時間前だった。
特にヨーコの憔悴が酷くフォルに支えられながら歩き、ラグとジュライは一言も言葉を発することなく二人離れて最後尾から付いてきていた。
「解放されたのは良かったが、意外とすんなりいったな。もっと揉めるかと思ったがな」
最後尾を歩くジュライを、ハンゾウはチラリと見た。
「事情聴取のとき衛兵以外にも神官らしい人がいたから教会、つまりは運営が絡んだからじゃないかな」
ヨーコを支えつつフォルが、さっきまでのことを思い出していた。
「プレイヤーの犯罪は衛兵に捕まってから、運営が調べて量刑が決まるんだったな」
「なるほどな、ログを調べればことの顛末が分かるという訳だな」
ハンゾウが犯罪の仕様を思い出すと、タキトスが相変わらずなメタ発言をする。
「そう、だから全員釈放されたということは、今回のことで罪には問われないって運営のお墨付きがもらえたってことになるんじゃないかな」
「それでも、アンナはかえってこない……でしょ?」
フォルたちのやり取りを、黙って聞いていたヨーコが呟く。
「そう……だな。すまん」
バツが悪そうにハンゾウが下を向く。
「ごめんなさい。意地の悪いことを言ったわ。あなたたちは誰も悪くない。アンナに
もう会えないなんて信じられなくて……」
「ゲームとはいえ、この世界での生活はもう僕たちの一部になっているんだ。辛いのは当然だよ……」
「……」
ヨーコたちのやり取りを後ろで、魔光灯の合間にある闇の中から黙ってタキトスが見ていた。
一行が銀の羽亭に着くころには、二十四時が迫ってきていた。
アンナの遺体のこと、ノンナへの連絡、ゼソへの落とし前等、考えることは色々あったが時間がないということで今日はログアウトすることとなった。
それぞれが部屋に向かう中、ここまで一言も発しなかったラグとジュライが食堂に残る。
これはラグたちに気を使った彼らの配慮なのは明らかだった。
「ジュライ。俺は……」
ジュライと目が合った瞬間、何か言わなくてはという思いから言葉を発したラグだったがジュライがあからさまに視線を外したため、あとに継げなかった。
「それでも俺は……」
視線を外しながら、そう呟いたジュライは部屋に向かってしまう。
一人残されたラグは、ジュライが見えなくなっても立ち尽くしていた。
翌日、ジュライが部屋から出てくることはなく、他のメンバーは事件の後始末に追われていた。
ヨーコは師匠に事件の顛末を報告すると、激怒した師匠が魔道具ギルドに乗り込み大暴れし同行していたハンゾウも手を焼くほどの暴れぶりだった。
フォル、ラグ、タキトスの三人は、ゼソの容疑を固めるために証人を集めようとこれまで被害にあっていたと思われる魔道具店を回っていたがどれも芳しくなかった。
「やっぱり、貴族相手となるとみんな尻込みしちゃうみたいだね」
「そうだな。魔道具ギルト云々よりは貴族としての権力を恐れてるな」
「この国は封建主義で成り立っているからな、リアルの法治国家のようにはいかな
い」
情報のすり合わせのため、一度集合していた三人だったが全員空振りに終わっていた。
「でも、今回は人が死んでるしさすがに何かしらの罰はあるんじゃない?」
「だといいが、今回不法侵入したお前たちとジュライもお咎めなしとなっているから
な。運営が何かしらの取引をしたとしたらどうだろうな」
「取引なんてしなくても、運営なんだからNPCのデータをいじることもできるんじゃ……」
「いや、一つのAIデータをいじると関係するAI全ての修正が必要になるがそれは膨大な量になる。そこまでのコストはいちいち掛けられないはずだ、それよりはゲー
ムのシステム上での処理として、取引という形をとった方がこのファンタジーシュミ
レータという性質にも即したものになるんじゃないか?」
ラグは二人のやり取りを黙って聞き考えていた。もしタキトスの言う通りゼソに大した罰も与えられなかったら、あいつは、ジュライはどうするのだろうかと。
その日の夕食時、状況報告に銀の羽亭の食堂に集まったにリベレーターに信じられない情報がもたらされた。
今回の件でゼソに不満を持つ魔道具ギルド職員がわざわざ知らせに来てくれたのだ。
それによるとゼソの処分が魔道具ギルド幹部を退任するだけで、その他一切の利権や立場が脅かされるものではなかった。
アンナを攫ったのは護衛の男の独断であり、自分は一切関知していないというゼソの証言が衛兵団と教会に認められる形となった。
今回の処分は、部下である護衛の監督不行き届きにより所属魔具店に損害を与えたという名目で、ギルドの幹部を退任することになったというものであった。
そして、これがリベレーターの不法侵入とジュライの殺人と殺人未遂の罪を免除する代わりに、運営がゼソに持ちかけた取引だったのは、タキトスの話を聞いていれば想像に難くない。
「やっぱり取引がされていたのか……」
ラグの頭に昼間のタキトスの話が思い浮かぶ。
「取引ってどういうこと?」
ギルド職員の報告を、信じられない様子で聞いていたヨーコが反応する。
ラグは、フォルとタキトスを順にみてそれぞれ頷くのを確認してからタキトスの推
察を話し始めた。
「そんな! そんなことって……」
理不尽に感じて叫んだヨーコだったが、ジュライの殺人の罪を免除ということも頭をよぎり項垂れてしまった。
「とりあず、ジュライがこの場に居なくてよかったな……」
結局、現れなかったジュライにどうやって伝えるべきかとハンゾウが唸る。
「この時間まで入ってこないなら、今日はもう来ないと思うから明日伝えなきゃね……」
気が重たそうに、普段明るいフォルでさえ意気消沈して食も進んでいなかった。
「俺が話すよ」
ラグがポツリと言う。
その宙の一点だけを見ている無表情な顔からは何を考えているのかは読み取れない。
「俺が止めたからな、俺が話す。明日、アプリで連絡すれば来るだろう」
「それは……」
ヨーコが、何か言おうとしたがフォルが手をヨーコの方に向け無言で制される。
「分かったよ」
フォルはただそれだけを言い食事を再開し、他の面々もそれに倣った。
あの場にいた全員が感じている無念さだけが漂い、誰も言葉を発することは無かった。
タキトスだけは、衛兵と一緒に来たためアンナの死に際を見た訳ではなかったが、彼女の遺体と護衛の男の死にざまを見れば、ジュライの感情を推察すのは簡単だった。
それを踏まえてタキトスも何も言わなかったが、その視線はまるで観察するかのようにここにいる全員と主にラグを視ていた。
その日、ゼソへの審判がでた日の深夜それは起こった。
ゼソ・フェーン邸宅が全焼し、庭先にはゼソ本人の惨殺遺体が放置されていた。
翌日、銀の羽亭の食堂テーブルに、ジュライとタキトス連名で手紙が置いてあり内容は次のとおりだった。
『ジュライとタキトスの両名はリベレーターを脱退し、信じる正義をなすクランを立ち上げることをここに宣言する。』
この書置きを残し、ジュライとタキトスはラグたちの前から姿を消した。
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