第13話 誘拐1

 さらに一週間ほどたったある日のこと、その一報は青天の霹靂だった。


 いつものように銀の羽亭で夕食をとっていたリベレーターのテーブルに、ヨーコが慌てた様子で転がり込んできた。


「アンナが、攫われたわ!」


「!?」


 ヨーコの取り乱した様子に、一同が驚き思考停止していたがジュライがいち早く立ち直った。


「どういう事だ!?」


 ジュライは目を見開き、ヨーコの両肩を掴みながら必死の形相になる。


「二人とも落ちつけ! まずは状況確認からだろ?」


 二人の取り乱し様に、逆に落ち着いたラグが二人の間に割って入った。


「そうだね。ヨーコは水飲んで、ジュライも座りなよ」


 フォルがヨーコに水の入った木製コップを手渡し、ジュライは傍に来ていたタキトスに促されるように席についた。


「で、何があったんだ?」


 ヨーコが水を飲んだところでハンゾウが切り出した。


「私が修理品の配達から帰ってくると、店裏に横付けされた馬車に担ぎ込まれるアンナが見えたの、遠目だったけど意識が無い様だった。少し追いかけたけど追いつけなくて、今日は師匠も外に出ていたからここに来たの」


「誰なんだ!? アンナをさらった奴は!」


 ジュライは居ても立っても居られない様子で、ヨーコに噛みつくようだった。


「あれは、最近よく店に来ている魔道具ギルド幹部に付添っていた二人組の護衛の男たちだった。その幹部がアンナのことを気に入ってしつこく言いよっていたみいだけど、彼女は相手にしていなかったわ」


「そんな奴、衛兵に突き出せばよかったんじゃねぇか?」


 ハンゾウが釈然としないといった顔になる。


「ギルドの幹部って言ったでしょ? あまり無下にしてもお店に迷惑がかかるかもしれないからアンナは当たり障りのないように接していたみたい。彼女に聞いても大丈夫の一点張りで、こんなことになるなら、もっと話を聞いておけば……」


「あいつそんなこと、一言もいってなかったのに……」


「あの子気が強くて思いやりもあるから、私たちに心配かけたくなかったのよ」


 信じられないといったジュライの様子に、ヨーコも同じ気持ちだった。


「名前は分かるのか?」


「たしか、ゼソ・フェーンだったはず」


「名字持ち……貴族なの?」


「クラフト系ギルドの幹部には、商人から成り上がった貴族もいると聞くな」


 ラグの問いに、ヨーコは名字入りの名前を口にした。

 この世界の人の名づけでは、村や部族の長、貴族でもない限り名字が付くことは少ない。

 フォルの疑問にタキトスが、記憶を探るように宙を見ながら答えた。

 居ても立っても居られなくなったのか、ジュライが立ち上がり店の出口に向かおうとする。


「待て、ジュライ。どこに連れて行かれたのか分からないうちに闇雲に動いても見つからないぞ」


「その、ゼソって奴の家にいって聞きだしゃいいだろ! もしかしたら家に連れ込んでるかもしれない」


「お前はその自宅を知っているのか? それか居場所を知っている奴を知っているのか?」


「それは……」


 ラグの静止に、キレ気味に食って掛かったジュライだったが彼の質問に答えられず下を向く。


「冷静になれ、助けられるものも助けられなくなる」


「まずはそうだな……ヨーコ。魔道具ギルドの場所は分かる?」


 ハンゾウに窘められ、とりあえず話を聞く気になったジュライをみて、フォルが思案気に顎を右手で触っている。


「ええ。師匠のお供で何度か行ったことがあるわ」


「じゃあ、ギルドでゼソの行きそうな場所や自宅の場所を聞き出そう」


「あとは、貴族相手に動くかは分からないけど衛兵にも連絡をしておいた方がいいん

 じゃないか?」


 ラグが懐疑的な様子で口を挟む。


「そうだな……ダメもとでも動いた方がいいだろうな。なら、私が衛兵に掛け合おう」


「え? タキトス? 大丈夫?」


 突然の申し出にフォルが驚いている、タキトスが同じパーティーになってこれまで、能動的な行動をしてこなかったのでここにいる全員が同じ気持ちだった。

 ラグも言いだした手前、自分で衛兵のところに行くつもりだったので驚きを隠せなかった。


「なんとか言い包めてみよう」


「タキトスなら弁も立つし、任せられるんじゃないか」


 タキトスの気負った風もない、いつもと変わらない様子にハンゾウがメンバーを見ながら言うと全員が頷いた。


「もし、説得できたら取りあえずは衛兵を連れてゼソの屋敷に向かうようにしよう」


「分かったよ。じゃあ僕たちは、魔道具ギルドに向かおう」 


 フォルの呼びかけと同時に、ジュライとヨーコが宿屋から飛び出しそれにラグたちも続いた。




 魔道具ギルドに着くと、ヨーコとフォルだけが受付に向かう。


 ギルド幹部の屋敷や居場所を尋ねても、素直に教えてもらえるはずもないのでヨーコの勤める店に緊急の依頼をゼソから受けた事にして聞き出すことにした。

 ジュライがいると感情を抑えられなくなり、受付に掴みかかりかねないのでラグとハンゾウでギルドの外に待機している。


 ギルドの受付もゼソがヨーコの勤める店に通っていたのを知っていたらしく、幹部の個人的な依頼内容を確認するのは藪蛇になると思ったのか深くは追求されなかった。

 ゼソは時計の長針が半分も回っていないくらい前に屋敷からの連絡で慌てて出ていった事と住所を教えてくれた。


「長針が半分ってことは三十分も立ってないね。隠れ家があるのか分からないけど、とりあえず屋敷へ向かうしかなさそうだね」


「今は隠れ家のことを言っても仕方ないだろ、分かっている屋敷から探すしかない」


 フォルが悩まし気にしていると、ハンゾウが口惜しそうな顔になる。


「ヨーコ。店先から馬車はどっちの方向に走っていったんだ?」


 方角だけでも絞れないかとラグが聞くと、ヨーコは当時を思い出そうとしていた。


「たしか、町の中心部とは逆の方を目指していたわ」


「だったら郊外にある屋敷の方がいる可能性は高いね。タキトスも衛兵を説得できたら向かうと言っていたから丁度いい」


 ヨーコの証言から、フォルがウインディアの地図を頭に思い浮かべる。


「場所がわかったなら、行くぞ! 急げ!!」


 ジュライがこらえきれないといった感じで駆け出し、全員が後を追う。


 辺りは暗くなり始めており、せまる宵の闇がプレッシャーとなりアンナを探す全員の胸の内にも帳を降ろすように重くのしかかるようだった。




 アンナはまどろみの中、意識が覚醒していくのを感じていた。


(私どうしたんだっけ、たしか店番をしていて……)


 意識が無くなる前のことを思い出そうする。

 それは、師匠もヨーコも不在の時を見計らっていたかのように起こった。

 アンナが店番をしていると入口の扉があくのを感じ、彫金の手を止めて挨拶をしながら客を確認すると、名前は知らないが見たくもない顔を見てしまいあからさまに不機嫌になる。


「いらっしゃいま……客じゃないなら出ていってちょうだい」


「こっちもガキの使いじゃないんでね。今日はあんたをゼソさんが招待したいそうだ。大人しく付いて来てくれれば、こちらとしても助かるんだが?」


 名前も知らない男は、冒険者のような革鎧を中肉中背の体に身に着けており、灰色の髪を短く刈り上げた強面の男だった。アンナの取り付く島もない様子にも、無表情でお構いなしに彼女の居るカウンターに近づく。


「しつこいわね。何度も断っているでしょ。これ以上つきまとうなら衛兵に言うわ

よ」


「なぜそんなに拒むんだ? アンタも魔道具技師ならギルドのお偉いさんに通じてい

れば将来明るいじゃないか、自分の店を持つことだってできるかもしれない。あの人

は飽き性だ、一週間も夜の相手してやれば次の女のところに行くと思うぞ?」


「冗談じゃない! 好きでもない奴とそんなことできるか!! 大体、あんたの言い分だと用が済んだら捨てられておしまいでしょう!?」


「まぁ、言い方は悪かったがあの人は無類の女好きだ、あんたがギルドの力を必要な時にまた体を貸してやれば言うこと聞いてくれると思うぞ?」


「気持ち悪いことを言わないで! あいつの力なんて死んでも当てにしないわ!」 


 男はアンナの嫌悪感を丸出しにした態度にも動じることなく、事実だけを言っているかのように淡々としている。 


「そうか……それは残念だな」


「!?」


 男が言い終わらない内に、アンナの背後から腕が伸びて羽交い絞めにされ口に布が当てられた。彼女は抵抗しようともがいたが、口に当てられた布に何か塗ってあったらしく昏倒してしまった。



(そうだ! それで意識が遠くなって……)


 目だけを薄っすら開けると魔石ランプに照らされた天井が見える。

 どうやらベッドに寝かされているようだった。

 アンナは肩までは出ないが、鎖骨の形は良く見えるオフショルダーのチュニックに、コルセットとスカートを身に着けていたが、特に乱れた様子はなかった。


(攫われた……みたいね。服はそのままで、指の魔輪はさすがに外されているけど胸の予備には気付かれてない)


 アンナはヤウリ村の一件以来、予備の魔輪をその豊満な胸の谷間に隠すことを習慣づけている。もちろん試作ではなく性能も良い品を自分で購入していた。


 アンナの捕らえられた部屋に窓は無く、キングサイズのベッドが部屋の中央に置かれている。

 彼女の右手側に唯一の扉があり、その前に男が一人見張りに立っている。

 扉の左右にはフルプレートの鎧が飾られていて、壁にはコレクションで集めたらしき刀剣類が掛けてある。

 頭側の壁には様々な酒が飾られたラックが並んでいた。

 左手側の壁には鞭や革ベルト等、拷問に使われるような道具の数々が掛けられているのがアンナの目に映る。


(冗談じゃない! 絶対に逃げなきゃ。なんとか魔輪を装備しないと……)


 アンナが考えを巡らせていると、外の方から話し声が漏れ聞こえ扉が開かれる。

 現れたのは小柄で中年の太り気味な腹を揺らしている上機嫌なゼソと、気絶する直前に店に入ってきた護衛で帯剣はしていたが普段着を身に着けていた。

 監視していた男が退室すると、その男は入れ替わるように扉の前に立つ。


「おぉ、目を覚ましたかアンナ」


「……どういうおつもりですか? ゼソ様」


 ゼソが入ってきたところでアンナはこのまま寝たふりをしていても、危ないと判断して身を起こしていた。


「お前が悪いのだぞ? 私の熱心な誘いを無下にするのだからな」


 これっぽっちも、自分に非があると思っていないのは明らかだった。


「この部屋や道具といい、私が初めてという訳ではなさそうですね」


 アンナの冷静な言葉に、護衛の男がいやらしく口角を吊り上げた。


「私にはそれだけの力があるということだ。アンナよ大人しく言うこと聞いていれば悪いようにはしないぞ? ん?」


「……師匠やお店には、何もしないでくださいますか?」


「おぉ、もちろんだとも何なら便宜を図ることもできるぞ」


「分かりました」


「そうか、そうか!」


 ゼソは喜び、両手をワキワキしながらアンナに近づこうとする。


「お待ちください……恥ずかしいので服は自分で脱がせて下さい……」


 今まで気丈な態度だったアンナの恥じらい消え入るような声が、ゼソの性癖に触れたのか生唾を飲み込んだ。


「わ、分かった。早くするのだ」


 アンナは恥ずかしそうに身をよじり、ゼソたちに背を向けるようにして左手で背中側にあるコルセットを閉めていた紐を見せつけるように手をかけて外し始めた。

 明らかに男たちの視線がコルセットの紐に集中しているのを背に感じながら、アンナは右手で胸元の魔輪を装備することに成功した。


「……ㇷ゚ㇳ」


「ん? なんか言ったかアンナよ」


 囁くように起動詠唱を行い刻印していく。

 刻印の光が漏れアンナの向いている壁に反射し、その異常を感じ取った護衛が動こうとするのと、アンナが振り向くのは同時だった。

 狙いはゼソの脇に見える護衛が立っている扉。


「【ファイアボール】!」


 部屋は閃光と共に轟音に包まれた。

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