第7話 フォルとハンゾウ
町を出てから少しだけ街道を行くと、ヤウリ村に向かう道に入った。
道と言ってもほぼ獣道に近く、まともな整備はされていない。
唯一の救いは道の隣に小さな川があり、地図によると村の手前まで付かず離れず流れている。
水源に寄ってくるモンスターには気を付ける必要はありそうだが、水に困ることはなさそうだ。
本来は他の村を経由して行くのが正道なのだろう。
しばらくは、平原が続き順調に進んでいた。
「しかし、クラフターっていうから、戦闘は他力本願かと思ってたら回復役できるなんてな」
ヨーコのローブ姿を見て、回復役だと知ったジュライが感心したように言った。
「βテスト始まった頃に、回復ならできるかもしれないと思ってやってみたけど、戦いは怖くてダメだった。それ以来やってないわ」
「ダメじゃん……」
「元々頭数に入ってなかったんだ。戦闘が終わってから回復してもらえるだけでもありがたいよ」
ジュライとヨーコのやり取りに、ラグがまあまあとフォローを入れる。
その後、多少のモンスターとの遭遇はあったが特に問題なく進み日が陰り始める。
「そろそろ、野宿の準備しないとな」
「やっと、休めるのね……」
「アバターっていっても、鍛えないと半日歩いただけでバテるのな。運動不足なんじゃね? それなのにその大荷物、女ってこんなときでも持ち物多いのな?」
ハロマルにしては大きい背嚢で大荷物を持ってきていた。
「あんたって、一言二言多いのよね……」
「ホントのことじゃん?」
「デリカシーって言葉知ってる?」
ラグの提案にヨーコとジュライがじゃれ合いを始める。
「今日の今日、出会ったばっかりなのに仲いいじゃないか」
「「どこが!?」」
ハモリ、顔を見合わせる。
「息は、合ってるな」
もっともな指摘に、二人とも唸る。
ラグが野営場所をさがしていると、道を外れた小高い丘が見える。
「あそこにしよう。見晴らしも良さそうだ」
「二人はキャンプの経験あるの?」
ヨーコの問いに揃って首を振る二人、軽い溜息をついて男二人に指示をだす。
「じゃあ、あっちの林から落ち葉とか薪になりそうな枝を拾ってきて、あなたたちの腕位の太さのやつも欲しいわね。生木はダメよ?」
ヨーコは、二人に指示をだしつつ丘に向かう。
二人が薪になりそうな木を持ってくると、ヨーコは小型のスコップのような物で地面を掘って火床を作っていた。
彼女は木材を受けとると適当な大きさに鉈で割り、薪を素早く組み【イグニス】で火を付けた。
【イグニス】は生活魔術で非常に少ないマナで火種を作ることができる。
「一晩中火を絶やしちゃだめだから太い枝をもっと取ってきて、持ってきた物で何か
食べるもの作るわ」
野営経験がないラグとジュライは、唯々ヨーコの言うなりになって動く。
二人が林から戻る頃には、焚火で大きなフライパンを使い色々焼いていた。
「なんか手慣れてるね。キャンプ好きなの?」
「ええ。リアルではよく行ってたよ」
スムーズな段取りに感心して聞いてくるラグに、ヨーコは少し懐かしそうにする。
顎で使われて面白くなかったのか、ジュライが茶々を入れた。
「そんなでっかいフライパン持ってくるから、重くてばてたんじゃねえの?」
「あっそう。ジュライは冷たいパンと干し肉でいいのね」
「ごめんなさい。ヨーコ様」
「はっや! 折れるの早すぎだろ」
「うるせー腹減ってんだよ」
あまりの変わり身の早さに、ラグが突っ込むとヨーコも笑っている。
ヨーコは、フライパンにバターをたっぷり溶かしたあと、何種類かのベリーをソテーし厚切りのベーコンを焼いていく。
焚火の脇ではラグがパンとチーズを焙っている。
料理作業中はほかに気を配りにくいので、ジュライが見張りをしていた。
「急いで出てきたから、簡単な物しか作れないわね。ただのキャンプなら、煮込み料理でも作るんだけどね」
「いや、これでも十分旨そうだろ」
「煮込み食ってみてー」
残念そうなヨーコだったが、ラグとジュライはそれぞれに思いを馳せて目を輝かせる。
そうしているうちに、夕飯が出来上がり三人で食べ始めた。
「うま! ベリーの酸味とベーコンの塩味が絶妙だな」
「パンとチーズも一緒に食べると美味しいわね。ワインがあれば言うことなしね」
今までに食べた事の無い組み合わせに驚くラグと、ワインが無いことを残念がるヨーコの隣でジュライが一心不乱に食べている。
「どうよ? 大荷物できて正解だったでしょ?」
したり顔のヨーコに、ジュライが食べながら何度も頷いている。
「そんなにがっつくなんて、お前いつも何食べてるんだ?」
「金は全部装備に使ってるから、干し肉かパンで済ましてる」
「もったいないわねーせっかく異世界に来ているのに、珍しい料理だって沢山あるのよ?」
不思議がるラグに身も蓋もないジュライの返答を聞いて、呆れた顔をするヨーコだった。
食事を済ました一行だったがまだ宵の口、異世界の夜は長かった。
「さて、腹も落ち着いたところだし、今後のことについて話しておこうか」
ラグの提案に、二人とも頷く。
「アンナさんたちが行方知れずになってこれで二日目になる訳だけど、実際はどの時点で何かがあったのは分からない。ここまで来た感じで言えば道中は問題ないと思うから村に着いてから何かあったのか、それとも帰り道で何かあったのか……どう思う?」
「概ねはそれで間違いないと思うけど、一点気になることがあるよな」
「気になる事?」
ジュライの物言いに、ヨーコが分からないといった表情になる。
それを見たラグが、あとを引き継ぐように口を開く。
「フォルさんとハンゾウさんだっけ? 彼らが死に戻りしてないということは危険な
目にはあっていないのか、それとも捕らわれの身なのか、はたまた動けない事情があ
るのか、そのどれかが分からないな」
「そうね『プレイヤーは死ねば町に返される』はず……」
「正確には、行ったことのある最寄りの町にある教会だけどな」
ジュライが補足し、思いついたようにヨーコを見る。
「そのヤウリ村には教会ないんだよな?」
「アンナはないと言ってたわ。村に教会があるのは稀みたいね」
「その二人が、ウインディアに戻っていないのは確かなんだよな?」
ラグが確認するようにヨーコを見た。
「ええ、死ねばウインデアに戻るはずだと言っていたわ、今日も教会で確認してきたけど、出発する前の時点では戻ってないわ」
教会には安否確認用のため、死んで帰還した者の名簿がある。
「村については何か聞いてないのか?」
「アンナが言うには普通の農村って話ね。彼女は次女らしいけど、どうしても魔具製
作者になりたかったから無理を言って上京したみたい。それでも家族との関係は良好そうだったわ」
「村にも特に変わった様子はなしか……現時点で分かっているのはこれくらいか。一応、村に近づく前に偵察した方がいいな」
「そうだな。俺とヨーコは待機か?」
思っていたのと違う反応を見せるジュライに、ラグは意外そうな顔になった。
「そうだな。てっきり『俺が行く』って言い出すかと思ったよ」
「偵察なんてつまんねぇよ。それに失敗できないんだろ?」
ジュライはヨーコの様子を気にしていた。
「ありがとう。あんたにも思慮深い一面があるとはねぇ」
「俺たち今日会ったばっりだよなぁ? お前も一言多いヤツって言われるだろ?」
気遣いに照れたのか、煽ってくるヨーコにジュライも応戦する。
「すっかりいいコンビだな。フォルって人とで三角関係にでもなるのか?」
「やめてくれ」「やめてちょうだい」
面白がるラグに、ハモリで返す二人だった。
その後、しばらくは取り留めのない話をしていた三人だったが明日に備えて寝床の用意をする。
寝床といっても、焚火を囲んで毛布を敷いて包まるだけの簡単なものだ。
テントは急いで出てきたため用意できなかったし、雨さえ降らなければこれで十分だった。
見張りの順番を決めてはいたが、結局二十四時までは三人とも鍛錬や話をして起きており、零時からの見張り番を決め直すためラグがプランを示す。
「ヨーコは予定通りに寝ていてくれ、その代わりに朝飯を作ってもらうってことで」
「悪いわね、見張りを上手くやる自信がないわ。結局二人を起こす事になりそうだ
し」
「そんなに気にする事もないだろ? 適材適所だ」
「ジュライがそんな言葉を知ってるなんて……」
申し訳なさそうにしているヨーコに、フォローを入れるジュライを見て二人とも驚いた顔をしている。
「お前ら、俺の事なんだと思ってるんだ!?」
「猪突猛進の猪」
「脳筋?」
口々に思ったことを挙げるラグとヨーコに、ジュライのこめかみに青筋が走る。
「お前ら…………」
「それはさておき、六時起床として残り六時間だからまずは二時間ずつ見張って、残りは一時間ずつ仮眠でいいよな?」
「流すなよ……まぁいい、何で三時間ずつじゃないんだ?」
「お前は三時間気を張って見張ったあと、そのまま何時間も歩いて戦闘もこなすって
ことでいいのか? 俺は助かるけどな」
「う……お前の案でいい」
ジュライの嫌そうな顔が映るラグの視界の隅に、十分からのカウントダウンが表示される。
オーディナリーライフでは、安全にログアウトするための措置としてゲーム内部時間で終了の二時間前と、一時間前に警告表示がテロップとしてARで表示され、十分前からカウントダウンとして表示される仕組みをとっていた。
「カウントダウンが始まったな」
「考えてみたら、これでログアウトするの初めてかも」
「俺はお試しでやってみたことあるな」
「俺もだ、別に普通にログアウトするだけだよ」
少し不安げなヨーコにジュライとラグが安心させるように言う。
「ログインする時は、十分前からログインできるから忘れるなよ?」
「いつものログインみたいに入って、ロビーで待たされるんだっけ?」
「そうだな。現実時間とセラナティア時間が表示された空間に入って、オープン中な
ら任意の時間にログインできるけど、オープン時間前だと待てばオープンと同時にログインできるはずだ」
ラグの忠告に二人とも頷く。
少しの雑談の間に、終了時間が残り十秒を切った。
「それじゃあ、おやすみ」
「また、明日な」
「おやすみなさい」
ラグ、ジュライ、ヨーコそれぞれに挨拶をして世界から切り離された。
翌日、三人共に問題なくログインをして予定通りに見張りをこなしていたが、結局何も起きなかった。
「何か肩透かしくらった感じだぜ」
「何も無くて良かったじゃない。こうやって朝食にもありつけるわけだし」
「……ふぁ」
ヨーコが朝食の準備をしていると、最後まで寝ていたラグがあくびをしている。
「たるんでるんじゃないか? 寝起きのお前は当てにできそうもないな」
「うるへー、お前が【タイム】かけ忘れて俺の仮眠時間削ったんだろ……」
オーディナリーライフは、UIなどメニュー画面的なものは存在しなかったが唯一AR表示できるものがあった。
それは現実の時間表示で、二十四時間と分表記される。
【アクセプト】【タイム】で現実時間を十秒間ARにて表示された。
ただし、ゲーム内部時間で一時間に一回しか使用できない。
異世界の演出ということでゲーム内部時間を正しく知るには、町の時計塔か日時計など原始的な方法に頼ることになる。
ただ、この機能は逆算すれば大体のゲーム内部時間は測れるので、それなりに重宝されている数少ない現代的ギミックであった。
フォーラムではアラーム機能も追加してほしいという要望があり賛否両論となっている。
ラグたちは急場の代用として【タイム】の機能の一時間に一回しか使えない事を逆手にとって、一時間タイマー代わりに使っていたが、ジュライが忘れて三十分近く遅れて唱えた為、ズレてしまったのだった。
「今度からは、砂時計忘れずに用意しないとな、見忘れたら意味ないけど……」
ラグがジト目でジュライを見るが、目を合わせようとはしなかった。
朝食の準備ができたので食べ始める。
「メニューはベーコンとチーズ、パンしかないけど許してね」
「いや、どうせ俺たち二人だったら確実に干し肉に冷たいパンだったからな、助かるよ」
「飯のことについては何も言えないな」
謝るヨーコに男二人は頭が上がらない様子だった。
「冒険者の生活をするんだったら、朝昼をしっかり食べて夜は控え目がいいのかもね?」
「健康的なんだろうけど、なんだかな……」
「冒険者なんて、夜は暴飲暴食ってイメージだよな」
「ふふふ、それもそうね」
食生活の心配をするヨーコだったが、二人の話に笑っていた。
村に向けて出発したが、大したトラブルもなく日が傾く頃には村の近くまで到達していた。
地図を見ながらラグが辺りを見回す。
「地図によると、村が近いな」
「ここまで何もなかったから、やっぱり村で問題が発生したのかもな」
「アンナ……」
ジュライの難しい顔にヨーコが心配げに呟く。
「じゃあ、相手が人間なら見回りもあるかもしれないから、気を付けて待機していて
くれ村の状況を探ってくる」
言いながらラグは背嚢をヨーコに渡す。
「気を付けてね」
「ジュライ、もし何かあって移動するとしてもこの道沿いにしてくれよ? 見つけられなくなる」
「了解だ」
ラグは道を離れて、人に見つかった場合に来た方を探らせないよう大回りをするため林のなかに消えていた。
ヤウリ村にある倉庫のなかに、フォルとハンゾウは捕らわれていた。
「くそー、ゲームでこんな監禁生活を送るなんて、リアルにも程度ってものが……」
「お前が、ハロマルだからって安請け合いするからだろ」
手枷でハムのように吊るされながら、ぼやくフォルにハンゾウが恨み節をいう。
「こう厳重にやられると、死に戻りもできねぇしなぁ」
二人は倉庫の奥にある太い柱一本に背を向ける合う形で吊るされており、足は地面についてはいるが足枷もされている。
おまけに外に出る通用口の脇には椅子に座った見張りもついている。
プレイヤーは基本的に自殺できない、自刃しようとしても刃が通らないし鈍器で殴ってみてもダメージにはならない。
もっとも高い所から飛び降りたり、溺れたりといった外的要因が絡めば死ぬことはできるが、今回はそれが許されなかった。
フォルが小声で見張りに聞こえないように呟く。
「今日で捕まって六日目だ、ヨーコさんが動いてくれていたら、そろそろ何かあるはずだ」
「だな。それがなきゃゲームやめてるところだぜ」
この六日間、二人はヨーコがことを起こすのを信じで律儀にも、オープン時間と終了時間をほぼフルタイムでログインしていた。
続けてハンゾウも、小声のままやるせなさそうに呟く。
「しかし、里帰りで帰った村が人攫いどもの拠点になってるなんてアンナ嬢もついてない」
「見張りたちの話を合わせるとヤウリ村の人たちは、あいつらの世話をさせるためにまだ売られていないみたいだけど、どんな目にあってるか分からないね」
「このゲームって、成人指定だけどアッチの表現はまだないよな? NPCの場合はどうなるんだ?」
「どうだろう、娼館には入れるけど利用できないし、際どい衣装はあるけどヌードは見たことないからね、ストーリーの上ではそうなったていで進むのかもしれないな」
「そうだな……ただ、あの御頭と呼ばれてた男は、人攫いをビジネスとして割り切ってやってる印象をうけたな」
「ああ、手下にもアンナを商品だから傷つけるなと厳命してたからね、メタい話になるけど性描写規制を考えたらそういう設定にせざるを得ないかもね」
「ゲームにそこまで酷なことを、持ってこられてもなってのはあるな」
ここまで、小声で話していたフォルだったが思いついたように見張りに聞こえるような声で喋りだした。
「それにしても、あの御頭って奴は強かったなぁ。僕たち二人がかりでも敵わない素早さだったし何者なんだろうなー」
いかにも大袈裟なアクションだったが、見張りの男は自慢げに乗ってきた。
「はっ! 当たり前だろ。ゾソル様はモナードのBランククランでアタマ張ってた最強の刀使いだ! お前らが敵うはずがないね」
「へぇ、それは凄いね……モナードといえば立派な鉱山があるんだって?」
「おうよ! 大陸一のミスリル鉱山といえばラーワに決まってる」
「おぉ、さぞかし大きい鉱山だろうねー奴隷がどれだけ居ても足りないだろうねー」
「だから、俺たちがこうやって人集めして……る…………」
ここまで、喋ってようやく余計な事を口にしているのを自覚しフォルに近づく。
「てめぇ……」
見張りの男は、手枷で吊るされたフォルの腹を苛立だし気に殴った。
「ぐむっ」
痛みは無いが、衝撃で肺の空気が口から漏れだした。
「まぁいい、どうせ明日にはこの村ともオサラバだ。その時に殺してやる」
最後に聞き捨てならない情報を言って、扉の方に戻っていく。
去っていく男を横目に、ハンゾウが胡散臭げに小声で話し始める。
「これはきな臭くなってきたな」
「考え過ぎかもしれないけど、モナードの上の方との繋がりがあるのかもね。Bラン
クほどの男に野盗まがいなことをさせられる勢力か個人か……」
「元Bランクだったら、あの男が強いのも納得がいくな。あの身のこなしと剣速では俺の大剣じゃあ防ぐので精一杯になっちまう」
フォルとハンゾウは、アンナを護衛して村に到着したときにゾソルと対峙していた。
村の状況を知る由もなく近づき見張りに見つかり、手下に対しては善戦していたがゾソルの登場で防戦一方のところを突かれ、アンナを人質に取られてしまい武装解除に応じるしかなかった。
「しかも、何故僕たちをすぐに殺さなかったのか不思議だったけど、明日になったら殺してやるってことは『教会の冒険者』で死に戻りする可能性があるのを知っていたってことか」
「だいぶ、その呼び名も浸透してきたみたいだな」
オーディナリーライフのNPCはプレイヤーのことを、最近になって教会が神の啓示により選び出した冒険者で、神の恩恵で死ぬ直前で教会に呼び戻している存在と認識されていた。
NPCの間では『教会の冒険者』や、その存在を良しとしない者たちは『教会の犬』、酷いところでは死んで蘇ってくるようにみえるため『ゾンビ』呼ばわりされている。
実際にゲーム新規開始時は選んだ国の教会で目覚め、為すべきことを為せと言われ送り出される。
ゲーム運営会社は教会として、各国に強い影響力を持つ機関として存在していた。
プレイヤーの犯罪者を裁く際にも介入する仕組みになっていて、これによりログを確認してアカウントの停止や削除を決めている。
噂の域をでないが、教会直属の秘密警察らしき組織もあるらしい。
手枷からぶら下がっている自分の体をみて、フォルは溜息をつく。
「情報は集まってきたけど、このままじゃ身動き取れないなぁ」
「今となっては、ヨーコ嬢の動きに賭けるしかないだろう。もう、明日になったら悪あがきで一暴れすることくらいしか出来ることないんじゃねぇか?」
「それは、最後の手段だよねぇ」
明日になれば村人が移送されてしまうことについて、フォルは思いを馳せてみたが会ったこともない人たちには感情移入できるはずもない。
アンナの家族ということであれば多少は思うところもあるが、所詮はNPCだと思ってしまう自分のドライな部分に驚いていた。
(もう手遅れだよな……)
そんな事を考えて黙っていたフォルに、ハンゾウが見透かしたように言う。
「フォル、お前いま村の人たちが連れて行かれてもしょうがないと思っただろ」
「……なんでそんなこと分かるんだよ……」
「伊達にオッサン長くやってるわけじゃない。多少説教臭くなるが、まぁ聞け。目の前で起こっている事を、俯瞰して見ているだけじゃ駄目だ。もっと想像しろ、自分に置き換えて考えろ。自分が奴隷になったらどうする? 自分の家族や大切な人が奴隷になったらどうする? お前はただ見ているだけの傍観者になりたくて冒険者になったのか?」
「でも、これはゲームだろ? そんなに熱くならないでも……」
「変わらないさ、現実もゲームも逆にお前の言うゲームで出来なくて、なぜ現実でできる?」
「…………」
「現代社会で奴隷は無いかもしれないが、目の前で助けを必要としている人がいたときにお前は傍観者のままでいるのか?」
「それは……嫌だな」
「それじゃあ、ここから始めるしかねぇな。言い方は悪いが練習だと思え」
「うわっ、それはそれでサイテーな考えだろ……でも、かなり強引で丸め込まれた感
はあるけど、言いたい事は大体分かったよ」
「現実でもなんでもやらずに後悔するより、やって後悔するほうが健全ってもんよ」
「それも極論だろ……」
ハンゾウの勢いにフォルは苦笑した。
「で、どうするんだ? やるのか、やらずに死に戻りか」
「やるさ。こうなったら何としてでも移送は阻止してやる」
半分ヤケだったが、やる気が出たフォルの口角があがる。
「おし、そうこなくちゃな」
話が終わる頃には、日も落ちて夜の帳が落ちる。
ヤウリ村に普段の活気はなく、最後の夜とでもいうような静寂に包まれていた。
ジュライたちと別れたラグは、村の様子を探っていた。
ヤウリ村は中央に大きな広場があり、所々に一メートル半ほどの高さの篝火が設置され日の落ちた夜闇を照らしている。
その広場を囲うように民家が十軒ほど建っていて、畑は南側の隣村に通ずる道沿いにありラグたちの来た北側の獣道には林があるだけだった。
(村で何かあったのは確定だな。村の出入口に武装した男がいる。村の周りを巡回している奴も二人位いるか、広場にも武装した男たちがいて馬車の用意をしているのか……外に見えるだけでも十人近くはいるな)
武装した男たちに混ざって、村の住民と思われる男たちも命令されて作業を手伝わされているようだった。
その内の一人が武装した男から何かを言われ民家の裏にくる、篝火の薪を追加するために取りにきたようだった。
村人らしき男が薪を拾おうと座った刹那、背後から腕が伸びてきて首をロックされ、口を手で塞がれる。
「静かに。王都からきた『教会の冒険者』だ。話を聞きたい。騒がないでくれるか?」
突然の首絞めに驚いて暴れようとしたが『教会の冒険者』で理解したのか直ぐに頭を縦に振った。
口から手を離すと安堵したのか小さく息をはく。
「助けにきてくれただか?」
「そうしたいのはやまやまだが、まず事情を教えてくれ異常事態なのはわかるが、何が起こっているのかは知らないんだ」
助けにきたわけじゃないと知って多少落胆した男だったが、十日ほど前から人攫いの拠点されてしまった事、明日には村人全員モナードに奴隷送りにされてしまう事を話していった。
「そこまで深刻だったとはな……アンナって人を送り届けにきた『教会の冒険者』がいたはずなんだが知らないか?」
「あぁ、あの子もこんな時に帰ってくるなんてかわいそうに運がない。一緒に来た冒険者は倉庫に監禁されているだよ」
「そうだったのか……人攫いの連中は、何人いるんだ?」
「今は、二十人前後だと思うだ。出入りが激しくて毎日違うんだ。ただ気を付けろ、手下どもはその辺のクズ並みだが御頭のゾソルはめっぽう強い、アンナが連れてきた冒険者二人も防戦一方だったみてえだ」
「分かった。その冒険者の装備がどうなったか知らないか?」
彼らを戦力にするなら装備は取り戻して起きたい。
「それなら、倉庫にあるはずだ」
「囚人と一緒の所に置いてあるのか?」
「そんだ、人攫いの戦利品も一緒に置いてあるから、中にも外にも見張りがいつもいるだ」
「それはそれで、面倒だな……」
「倉庫の二階に風通しするときだけ使う扉があるだ。気付かれずに二階に上がれれば出入口と反対側の扉を開けれるかもしれないだな」
「いい情報だ助かるよ」
「それで……助けてくれるだか?」
ラグは迷っていた、事を起こせば刃傷沙汰は免れない。
村人たちが戦いに巻き込まれることを、どう思っているのか知りたかった。
「あんたたちは、その……どう考えてるんだ? 騒ぎが起これば人死にがでるかもしれない。それだったら奴隷になれば命だけは助かるかもしれない」
この問いに男は血相を変えた。
「お前さん、鉱山奴隷がどんな目にあうだか知らないだか? 酷い鉱山主に当たれば、劣悪な環境のなか重労働をしいられ一年と生きてはおられんぞ? そんなところ行きたいわけありゃせんだろ! 家族を人質に取られて、仕方なく言うこと聞くしかなかっただけだ。それにこの村はおらたちの心の拠り所だ、おらはここから離れて生きるなんて考えられないだ!」
「すまない。軽率な質問だった」
憤慨する男に、ラグは認識の甘さを気づかされる。
ジュライに彼らNPCがこの世界の人間だと言っておいて、心のどこかでは唯のプログラムだと、どんな形でも生きていれば満足なんじゃないかと考えていた自分に気づき愕然となる。
愕然となると同時に、人攫いたちにも怒りが湧いてくる。
AIでありながら、ここまで思いやれる知能を持ちなぜ人を傷つけることができるのかと、そしてストンと腑に落ちる。
それも人間と変わりがないのだと。
「助けたいと思っている。それにはあんたたちの協力も必要だ」
「おらたちは何すればいいだか?」
「今回俺がこの村に来たのは、調査みたいなものだったから仲間は三人だけだ。捕らわれている冒険者を合わせても五人だ。数には劣るが、やりようはあると思う。今夜、俺たちが騒ぎを起こしたら男の村人全員で人質に取られている家族を守ってほしい。あんたたちは何人いるんだ?」
「そうか五人だか……それは弱気になるのも仕方ないだ。声を荒げてすまなんだ」
ラグの先の質問の意図を勘違いした発言だったが、とても訂正できる内容でないので流した。
さらに、その五人の内一人が戦闘に参加できそうにないことは、とても言える雰囲
気でない。
「大丈夫だ。作戦はこうだ。俺たちは敵に気付かれないよう賊を無力化し数を減らして、戦いになっても被害が抑えられるように立ち回る。賊の動ける人数をできるだけ少なくしてから騒ぎを起こす。そうしたらあんたたちは家族を守る」
「分かっただ。動ける男衆は……十二人で年寄りを入れればもう少し増える。家族は二十人近くだな、一番大きい村長の家と一緒になってる集会所にいるだ。村長一家と女衆、子どもたちだけ集会所に捕らわれるてるだ。あとは村長の家のすぐ隣の家にはゾソルが居るだよ」
「一カ所に集められてるのか?」
「んだ。父親たちへの脅しにもなるからな。村長の住まいは大きいが出入口は勝手口と集会所の扉しかない。だから見張りやすいと思うだ」
「そうか……ならゾソルを引き付けて集会所に行かせないように立ち回るしかないか」
ラグは頭の中で大体のプランを組み立てる。
「お互いの仲間への伝達も含めて、日付が変わった頃に実行でいいか?」
「そだな。その頃なら奴らも殆ど寝てるだよ。捕まってる冒険者はどうするだ?」
「最初に助けて無理にでも協力を取り付けるさ。日付が変わったら仕掛ける。騒ぎが起こったら頼むぞ」
「分かった、でもどうやって日付さ変わったこと知るだ?」
セラナティアで時間を知ろうとしたら、町にある時計塔か日時計くらいしかない。
「それは……『教会の冒険者』の能力だな。じゃあ、またな」
ラグは追求されても困るため、足早に林の闇に消えて行った。
「行ってしまった。名前も聞いておらんに……」
呟きはラグが去った暗闇のなかに消えていった。
男は薪を拾いなおし広場に向かう、その顔には決意が見てとれる。
例えプログラムであろうと、それは人間の感情と相違ないようにみえた。
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