第5話 ボーヘン鉱山3

 坑道の中が静けさに包まれている。

 誰一人身動きできない緊迫感のなか、二人は互いに呼吸すら気取らせないように微動だにしない。

 

「ヒッ」


 時が止まったかのような空間を短い悲鳴が切り裂く、それはタキトスに目配せをされロコが首の皮一枚を斬ったマテオのものだった。


 その悲鳴が引き金となって、二人は弾丸のように爆ぜた。

 ここまでくると勝敗は、いかに早く相手を切り伏せられるかにかかっている。

 急速に縮まる間合いに、両者の瞳に互いの姿が大きく写り込む。

 互いに必殺の間合いに入り、最初に動いたのはラグだった。

 動かないジュライに刹那の躊躇はあったが、止まる訳にはいかない。


「シッ!」


 裂帛と共に振り下ろされる渾身の袈裟切り。

 スローモーションのように引き延ばされた感覚の中、ラグは驚愕することとなる。


「おおおおおおお!!」


 ジュライは、雄叫びと共に袈裟切りを受け流してみせた。

 自分の左腕を犠牲にすることによって。


 普通に腕の側面で受けてしまえばそのまま両断されてしまうところを、ジュライは刀から左手を離し掌を内に向け中指と薬指の間から刃を受け前腕の二本の骨の間に誘導し、上半身を右に捻り半身にしつつ籠手の鉄板と筋力で威力を減衰させ骨で滑らせながら腕相撲のように腕を倒し、袈裟切りを受け流してしまった。


「!?」


 その場の誰もが信じられないものを見た思いだったが、ラグだけは違う意味で驚愕していた。


(これは、あのときと同じ!?) 


 ジュライがこの隙を見逃すはずもなく、受け流しと同時に行われていた腰の捻りと上半身のバネだけで超近距離から放たれる渾身の右突きは、同じく渾身の一撃を受け流されて無防備になったラグの心臓を、胸当ての鉄板ごと火花を散らせながら貫き確実に仕留めていた。


 刀に貫かれたラグの姿が、光の粒子なって霧散し始める。

 ラグが何か呟きジュライの目が見開かれた。

 彼の顔を見ると、どこか懐かしむような顔をして貫かれた胸当てを刀に残し、宙に散ってしまう。



 このオーディナリーライフでのプレイヤーの死亡は、所持品を全てその場に残し立ち寄ったことのある最寄りの教会に強制転移されることで表現されていた。

 能力の減少などのペナルティは無かったが、所持品を全部ロストする危険はソロでの活動をより慎重にならざる負えなくしていた。




「そんな、ラグが負けるなんて……」


 アリエッタをはじめ、グランシャリオのメンバーは信じがたい様子で、装備や所持品が落ちているところを呆然とみている。

 そんなことは、お構いなしというように明るい声が坑道にこだました。


「ジュライが勝ったってことは約束どおり、この子はサヨナラだね」


 ロコがしょうがないといった感じでマテオの首筋に当たっている刃を引こうとしたその時、殺気が発せられ手が止まる。


「もういい」


 殺気の発生元のジュライはラグの装備が落ちている辺りを凝視していたが、面倒くさ気にそう言って納刀しポーションを左腕にかけながら踵を返して坑道の奥に歩いて行ってしまう。

 ジュライは、ラグが消える前に残した呟きを思い返していた。


(何が『強くなったな』だ。最後の一撃以外本気じゃなかったくせによ……)


 その口元は、ほんの少しだけ緩んでいた。


 

「ジュライがそう言うのなら、ラグは手を抜いた訳ではなかったのだろう」


 ロコがタキトスを見ると、肩をすくめている。


「あ、そう。なら良かったね!」


 特段興味もなさそうに、マテオを解放した。

 一瞬の出来事にグランシャリオのメンバーは凍り付いていたが、解放されたことで胸を撫でおろす。

 当のマテオはその場にへたり込み動けない様子だった。




「さて、用件も済んだし我々も衛兵が来る前にお暇させてもらおう」


「えー、ドロップ品取らないのか?」


「倒した本人でもないのに、乞食かてめえは」


「持ち帰ったらジュライに殺されそうだよねぇ」


 もう用はないと言わんばかりに、タキトスは立ち去ろうとする横で、ラグの残した装備を巡ってナオミチとレアンとロコが騒いでいる。


「タキトス! 話があったならラグや僕を呼び出せば済む話だったのに、どうしてこんな回りくどいやり方をする?」


「挨拶さ。コミュニケーションの基本だ、これからクラン同士交流することもあるかもしれないだろう?」


 時間稼ぎに引き留めるようとフォルが声をかけるが、さも当然そうに言って意地の悪い顔をする。


「闇クランとの交流なんて願い下げだね」


「正義なんて言葉を使ってるが、あんたらのどこに正義があるんだ!? 鉱山や町で事件を起こしてる悪党じゃないか!」


 ハンゾウが苦い顔をしていると、ブンタがこらえきれなくなったように捲し立てた。


「お前は隣の鉱山の主が、何をしているのか知っているのか?」


 タキトスの視線が息巻くブンタに向く。


「は? いきなり何を言って……」


「まぁ、フォルあたりは気付いていると思うが、今回の事件の首謀者はその鉱山主のブロン・スターリだ。あれは我々を雇い繋がった坑道の利権を得るために事件を起こし、賄賂で町の有力者を買収して町の総意として最終的にボーヘン鉱山をも手中にいれようと画策していたのだ。それに加えスターリ鉱山の労働環境は最悪だった。悪名高いモナードの鉱山奴隷顔負けの劣悪な環境の中で奴隷を使い捨てにする始末だ」


 さも他人事のようにつらつらと喋るタキトスに、ブンタが苛立ちを隠さない。


「なおさらそんな奴に手を貸している時点で、正義なんてないじゃないか!」



「殺した」



「え?」


 突然の宣言に、ブンタを含めその場にいるグランシャリオのメンバー全員が面食らう。


「もう始末したと言ったのだ。ブロン・スターリとその一族、それと取り巻き連中の

処分もここに来る前に済ませてある。当局も入るだろうし、ラウマでの悲惨な鉱山奴隷はなくなるだろう。ちなみにスカーも言っていたが、事故に見せかけて殺したルベンという男も子供をくいものにするようなクズだったので安心していい」


「安心だって? お前たちやっていること無茶苦茶だって分からないの?」


 正気を疑うようにフォルが呟く。


「毒をより強い毒で制しているだけのことだ。未熟なこの世界には、このやり方こそが最も素早く弱者を救済する方法だ。これが我々のやり方だし、変えるつもりは毛頭ない」


「…………」


 考えが追いつかなく呆然としているグランシャリオを、この場にいるアルコルの面々は口角をつり上げ眺めている。


「納得がいかないなら、お前たちで止めてみるがいい」


 そう言うと、タキトスが踵を返すのを皮切りにアルコルは去っていた。

 何も言い返せなかったグランシャリオは、誰もいなくなった坑道の暗闇に薄ら寒いものが渦を巻いているように感じられるなか、その場に立ち尽くすことしかできなかった。




 それから間もなくして、衛兵が坑道に雪崩れ込んできてグランシャリオの緊張は解かれた。

 人の噂は早いもので、その日のうちに事の顛末が市中に広まると、ラウマの町は騒然となった。

 鉱山主の一族と、町の有力者の数人が殺されたのだから当然ともいえる。


 夜の帳が降りる頃、ラウマの衛兵と冒険者ギルドさらには教会からの事情聴取を終えたフォルは、ドナドに依頼の結果を報告する為に屋敷を訪れていた。


「――以上が、今回の依頼の結果となります。もちろん公の調べがつくまでは、アルコルの言うことを鵜呑みにはできませんが」


「噂はあったがブロンがそこまでやっていたかもしれないとは、おまけにオーリンが闇クランのマスターだなんてな」


 大きな溜息をついたあと、ドナドは故人と友と思っていた人間の顔を思い浮かべているのか遠い目をしている。


「あなたは今回のことを、どうお考えになられているのですか?」


 応接室には今二人しかいない。

 フォルはタキトスの言っていた弱者救済の件が頭をよぎり、いわゆる現地人で貴族だが権威を笠に着ているようには見えないドナドは、どう思っているのか気になっていた。


「どうとは?」


「……これでラウマの町は今より良くなるのでしょうか? やり方は極端ですがヤツの話が本当なら町の害となる者は排除された訳ですし」


「良くなるか……人死にを出してでも競争相手を排除するような輩がいなくなったことは良いと言えるかもしれないな。だが、町の発展と運営という面では悪手だな」


「悪手……」


「そうだ、鉱山での仕事は辛いものだ普通ならやりたく無い。そこに奴隷があてがわれるのは必然だ。私の鉱山ではそうならいように気を付けているが、奴隷を酷使するのはありがちな行為と言えるだろう。ご丁寧にアルコルは、奴隷に対する過酷な労働に天誅を下したと犯行声明を置いていたらしい。今回の件で他の鉱山主が闇クランの襲撃を恐れて、奴隷の使い控えをすれば魔石の生産量は落ちる。ただでさえ有力者の一部と、ブロン一族がいなくなって鉱山が一つ操業できなくなるとラウマの低迷はしばらく続くだろうな。路頭に迷う者もでるかもしれない」


 ドナドの言うことは頭では理解できるが、二十一世紀に生きるフォルの顔には奴隷という単語が引っかかっているのが見てとれた。


「教会の冒険者は、奴隷制度を良く思っていない者が多いようだな。エンティア教は奴隷を認めていないのだったか」


「そう……ですね」


 プレイヤーは、二十一世紀末の日本人なので奴隷に忌避感があるのは当然だったが彼の指摘にそんな設定もあったかと思い出す。


「だが、教会の総本山であるエンティ以外の国は奴隷制度を敷いている。奴隷という労働力がなければ社会は回っていかないだろう。奴隷に変わる労働力があれば話は変わるかもしれないが、今度はあぶれた奴隷がどうなるのかという問題もでる。奴隷制度が無くなるには今度何十年、下手したら百年単位でかかるかもしれん」 


 人権という言葉さえ無いこの世界ではドナドの見解は極めて的を射ていた。

 現実世界がそうであったように、世界が成熟していけば人権問題も取り沙汰されることもあるだろう。 


「この社会に生きる一員として、奴隷制度とは付き合っていかなければならないことは心得ているつもりです。顔に出てしまい不愉快な思いをさせてしまったのなら申し訳ありません」


「いや、謝る必要はない。むしろ奴隷でも人と思いやれるそのことを好ましく思っているよ」


 フォルの謝罪に、彼は相好を崩していた。

 この話をこれ以上していると、プレイヤーとしてのボロがでるかと思ったフォルは話題を変える。


  

「マテオ様は、大丈夫ですか?」


「怪我は大した程ではないが信じていた者に裏切られて、素直すぎるあれは相当参っているようだ。これも人生経験だ、乗り越えてもらうしかないな」


「そうですか……あまり気に病まないようにお伝えください」


 マテオの心情は傍から見ても察するに余りあるものだったが、事がことだけにグランシャリオの立場としては声をかけるのも憚られた。


「分かった。そうだラグ君だったか、彼は大丈夫なのかね?」


 今回来ていないラグの顛末を、ドナドも受けていた事情聴取で聞きつけていたようだった。


「はい、大丈夫です。御心配には及びません」


 言いながらフォルは、合流した時のラグのことを思い出していた。




 ラグが目を覚ますと、乳白色で石造りの祭壇の上に寝ていた。

 その狭い部屋は白一色で祭壇以外は何も置いていなく、柱も梁もない病室のようでファンタジーとは対極の現実的な雰囲気を放っていた。

 頭側のスペースには修道士が着るような白いローブとサンダルが用意されている。


 この白い個室は、プレイヤーが死亡時に最寄りの教会に転送されてくる場所として機能している。

 この現実的な演出は死亡したことがゲーム上の事象であることを強調し、プレイヤーに対する心身の負担を軽減するための配慮だといわれている。

 転送されてきたプレイヤーは所持品を全てロストした状態にあり下着しか身に着けていないので、衣服と履物だけは用意されていた。


 こうした部屋は各教会に設けられていて、規模はその町や都市の発展具合によって違う。災害や大規模討伐などで大量にプレイヤーが死亡すると、部屋が足りなくなり復活待ち時間が発生することもある。



「棺桶か……負けたかぁ」


 この部屋はプレイヤーから、狭いことと死亡時に入るため『棺桶』と揶揄されていた。

 知り合いとの再会、敵対、敗北。

 予感があったとはいえ実際に対峙すると苦い記憶が呼びまされそうになる。


「取りあえず、みんなと合流するか」


 ラグは、頭を振り考えていても取り留めもないと判断し行動することにした。

 ジュライとの決着がつけば、クランの全面対決はないと思われたがマテオのことも気になる。


 誰が用意しているか分からないローブとサンダルだったがサイズは丁度良く、いそいそ身に着け教会をでる。途中、教会のシスターには会ったが白いローブを見て慣れた様子で、お大事にと頭を下げてくるのみであった。


 白いローブを着てラウマの町なかを行くが一文無しだと知れているのか絡まれることもなく、たまに見られたプレイヤーらしき人物がやっちまったなという顔を向けてくるくらいだった。


 鉱山に向かう道すがら、屋敷街の方が騒がしくなっているようだったがラグは先を急ぐ。

 鉱山に着き事務所を訪れると、あっという間に衛兵に囲まれ事情聴取をうけることとなった。


 ラグはそこで、改めてアルコルが町を巻き込んで騒動を起こしていたことを知る。

 ラウマの中枢に関わる騒ぎに発展したため、冒険者ギルドの関係者と教会の人間も鉱山に出張ってきて事情を聞き始め、事件自体は十時頃には終わっていたがグランシャリオがそれぞれ開放されたのは夕方になる頃だった。




 鉱山の入口付近にグランシャリオの面々が集まってきている。

 ラグは回収してもらった装備を受け取っていたが、破損や血の跡などが酷いので白ローブのまま防具は袋に詰めて持っていた。


「やっと解放されたー」


 アリエッタが大きく伸びをしている。


「……今回のこと、説明してもらえるんだよね?」


 メンバーが今一番気になっているであろうことを、未だに事情がよく分かっていないために不機嫌なラキがラグを見詰めている。


「分かっている。……ただこの件は、ヨーコにも話す必要があるからウインディアに帰るまで待ってもらえないか?」


 注目のなか、ラグは全員の顔を見渡しながら申し訳なさそうにしている。


「僕からもお願いできないかな、長い話になるしヨーコにもグランシャリオとして聞いて欲しいからね」


 フォルもメンバーを見渡しながら訴えるように言った。


「ハンゾウも同じ意見なの?」


 おそらく事情を知っているであろう、両の目をつむり腕を組んでいるハンゾウにアリアが目を向ける。


「俺からは何も言うことはねぇ。フォルとラグが言うことが全てだ」


 右目だけを開けてフォルとラグを見ながらそう言うと、また目を閉じてしまう。

 その様子に、隣にいたテナクスが肩をすくめてアリアと苦笑いをしている。


「分かったよ。私はそれでいいよ」


「……まぁ、そうね。クランの大事な話になりそうだからヨーコもいないとね」


「クランのマネージャー的なヨーコには、話し通さなきゃ不味いでしょ」


「お姉ちゃんがいいなら私もそれで」


 アリアが同意すると、ラキがしょうがないといった感じに続く。

 テナクスもヨーコへの信頼が厚い方なので肯定的だった。

 アリエッタは相も変わらず姉任せだった。

 ブンタなどはヨーコさんを差し置いて話を聞くなんて持っての他だと息巻いている。


「助かる」


「ありがとう」


 ラグとフォルが頭を下げた。

 それからはフォルがドナドへの報告をするために鉱山を後にして、他のメンバーは宿に戻りいつ出るか分からないギルドの依頼完了を待つしかなかった。




 依頼完了がもらえない状態では、ラウマの町を出ることもかなわない。

 今回の依頼はドナドから完了の確約はもらっていたが、冒険者ギルド側が教会と当局の捜査中ということもあり完了手続きを保留にしていた。

 闇クランと関わりがある可能性を疑われているのは明白だった。

 本来、教会とギルドと公的機関は不干渉を不文律としていたが、昨今増え始めた闇クランの存在はそれを超える程の問題となっていた。


 現実的に言うのなら運営である教会が、闇クランを名乗ってまで行うプレイヤーの犯罪行為を取り締まるために、公的機関とギルドに干渉しているのであった。

 運営がどういう捜査をするのかは明らかになっていないが、ここで犯罪が認定されれば対象者は賞金首として公にされる。

 賞金首は公的機関の扱いになり、各ギルドは登録者に該当者がいないかチェックを行うだろう。




 翌日、冒険者ギルドに赴くとアルコルが闇ギルドと認定されており七人の賞金首が確定していた。

 グランシャリオの事件への関与は否定され、依頼の報酬もドナドの好意もあり割増しで支払われた。


「タキトスの口ぶりだと、モナードでも闇クランとして活動していたみたいだけど尻尾は出してなかったみたいだね」


「あのむっつり野郎のことだ。俺たちへのお披露目までは名を伏せて活動してたんだろうさ」


 アルコルが新規の賞金首として扱われていることに、フォルが意外な様子だった。

 ハンゾウはタキトスの顔を思い出したのか、苦虫をつぶしたような顔になっている。


「それにしても、昨日の今日で疑いが晴れるなんて随分早い対応だったね」


 迅速な対応にアリアが驚いている。


「運営が優秀なのか、タキトスたちが目をつけられていたのかは分からないけど、早くて助かったよ。いつまでもドナドさんの世話になる訳にも行かなかったしね」


 報酬も手に入って一安心したフォルが胸を撫でおろしている。


「なんにせよ、これでウインディアに帰れるわけだね」


「知らないことをくどくどと何時間も警察みたいな人に話聞かれるなんて、もう二度と嫌だからね!」


 解放されたとテナクスが一息ついている横で、アリエッタがフォルに突っかかりタジタジにしている。


「悪かったな、みんな。事情はちゃんと話すから帰るまで待ってくれ」


「謝らないでアルコルとの関係は分からないけど、今回のことは一方的にちょっかい掛けられたのは分かるから」


 謝罪するラグにアリアがやさしく微笑む。

 アリアのこの態度で他のメンバーもこれ以上は、事件の件に触れなかった。

 ただ、そうはいっても帰りの馬車は誰もがこの先のことが気になり口数が少なくなり、特にラグは一言も発することなく外の風景を眺めているように見えたが、心ここにあらず記憶の海に浸っているのは明らかだった。




 その日の夕方、予想外に早い帰還に仕事帰りのヨーコが驚いていた。

 タキトスとジュライの話を聞くといつも明るい彼女の顔が、グランシャリオのメンバーに見せたことの無い悲しみの色に染まる。

 その言葉すらまともに発せれないヨーコの様子に、これから伝えられるだろうことの顛末が碌なモノでないのが想像できた。



 ヨーコのうろたえ様に驚きを隠せない面々だったが長くなる話だということで、夕食のあとにすることに決める。

 急な帰還で夕食が用意できていなかったため各自夕食を済ませて集合という形をとったが、このタイミングでは一緒に夕食をとっても気まずいだけだったので正しい判断といえた。


 早々にフォルとハンゾウは連れ立って町に消えていき、ヨーコのことが心配でならないブンタをラキとアリエッタとテナクスが三人がかりで無理やりクランハウスから連れ出し、そのうしろをアリアも後ろ髪引かれる思いでつづく。

 ラグとヨーコは自室から出てこなかった。



 そのヨーコの自室に訪れる者がいた。


「ヨーコ。ラグだ。少しいいか?」


 ノックのあと、しばらくして扉が少し開く。


「どうしたの?」


 泣きはらしたあとの痛ましい声だけが聞こえる。


「ヨーコにも話をしてもらおうと思ったのは配慮が無かった。すまない。このあとの話は俺がするから、ヨーコは休んでいてくれ」


 予想以上にヨーコの憔悴しきった様子から、無理をさせたくない思いからでた言葉だった。


「……ダメよ。あの頃の話は私たちも避けてきたけど、向き合わなければならい時がきたのよ」


 答えるまでの間はあったが、しっかりした声が聞こえてくる。


「ヨーコは強いな……」


「私はグランシャリオが好きよ。だけど今まではジュライたちのことを言えなかった後ろめたさのようなものがあった気がする。あの頃を知る四人でみんなに話してこのあとのグランシャリオをどうするかは、あの子たちに決めてもらった方がいいと思うの」


「そう……だな。今まで避けてきたから、あの頃の俺の知らない話もあるかもしれないな。フォルとハンゾウにもそれぞれの視点で語ってもらった方がいいか」


「それがいいわ。だけど、今はもう少しだけ時間を頂戴。話をするまでには、みんなの前に出られるようにするわ」


「分かった。じゃあまたあとで」


 ヨーコは再びベッドに突っ伏し、ラグも部屋に戻りベッドに腰掛けその時を待つ。


 

 外はすでに夜の帳が落ち星が瞬いているが、遠くの空から黒い雲が迫っているのが見える。

 語る者は過去と向き合う時間を、聞く者は受け止める時間を、望むと望まざるとにかかわらず時は、今はまだ晴れている星空に降り注いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る