第4話 ボーヘン鉱山2

「…………」


 ジュライと呼ばれた男は、黙りこくりただラグに強い眼差しを向けているだけだった。


「どういうつもりなんだい? マテオをたきつけて僕たちを呼びつけるなんて、しかも事件まで起こしている。何がしたいんだ?」


 フォルが広場の入口の方を見ながら、マテオの名前を出すと坑道本線の奥からマテオがオドオドとしながら広場に入ってくる。

 尾行していたのはマテオだった。


「あの時の手紙にも書いたとおりクランを結成したのでね。君たちにも見てもらおうと思ったのさ。マテオ君にはこの再会に趣向を凝らすために協力してもらったのさ」


「オーリン様……?」


 ラグたちの隣まで進んできたマテオに、タキトスは特に表情を変える事もなく平然と言い放つ。


「すまないね、マテオ君。私の本当の名前はタキトスと言うのだ。今回のグランシャリオへの依頼の働きかけや尾行は非常に役に立ったよ、礼を言おう」


「何が礼だ。鉱山で行方不明事件を起こし操業停止に追い込んだあげく、町なかでもな?」


 不快感丸出しでフォルが指摘すると、大剣の男が気を良くする。


「お? 察しがいいねぇ。俺の芸術わかってくれた?」


「ハッ、何が芸術だ? 大方その不細工な大剣でちょん切っただけだろう!」


 吐き捨てるように、ハンゾウが目をむく。


「不細工とはヒドイね……この大ムカデバサミの美しさが分からない野蛮人が!」


 ハンゾウの言葉に、コルヌの男は大剣の柄を2分割したかと思うと刀身はハサミのように開いた。挟み込む側の刃は切れ味の悪そうな凸凹の形を成している。

 そしてそれを開閉し、今までの穏やかな雰囲気から一転して猟奇的な雰囲気で威嚇しだす。この凸凹の刃に挟まれれば、モンスターに噛みつかれたようになるのも納得できる。


「スカー、お前はやり過ぎるきらいがある。町なかの件は気づかれないようにやるなら容認すると言ったはずだが? はしゃぐ時をわきまえる事だな」


 タキトスに、窘められたスカーは威嚇を辞めて元の穏やかな雰囲気にスッと戻る。


「ちょっと抑えられなくてねぇ。次からは気を付けるよ。あ、一応言っておくけど殺ったのはクズばっかだからな掃除だよ掃除!」


「オーリン様が、行方不明事件の犯人の一人……? 町の事件?」


 顔から表情が抜け落ち理解できないように、マテオは俯きブツブツとオーリンと犯人という言葉を繰り返しているようだった。




「さて、今回はあの時の宣言を果たすためにお前たちにご足労願った訳だ」


「宣言……」


 今まで、ジュライと呼んだ男を呆然と見つめていたラグが反応する。


「そうだ、ラグ。あの日、お前のせいで道は別たれたのだ。お前の正義とジュライの正義は異なる道を行き、私はジュライを支持すると決めた。そしてその正義を為すためにこのクランを作ったのだ」


「正義だと? ふざけるな! 今お前たちのやっていることのどこに正義がある!?」


 テンションが上がっていき、尊大な物言いになるタキトスにハンゾウが吠える。


「あの時、お前たちはラグのしたことを仕方がないと黙認した。それは身内可愛さにこの世界の人を売ったことと変わらないぞ。ジュライはあれからこの世界の力ない人々を守るために力を振るっている」


「それは……だけどあの時は仕方のない判断だったはずだ」


 当時のことを思い出したのか、フォルが少し怯む。


「ふむ。それは意見の相違というやつだな。まぁいい、我々のクランを紹介するとしよう」


 ハンゾウの激昂もフォルの反論も意に返すことなく、高かったテンションから一転して平然と話をすすめる。


「初めて会う人間もいるから、私から順に紹介していこう」


「このクランのマスターをしているタキトスと言う、まぁ見ての通り魔術師だ」


 タキトスという男は、ヒューラで見た目は長身で痩身の中年で、背中まである癖の無い黒髪を首の後ろでまとめ背中に垂らしていた。

 どこにでもいるような凡庸な顔立ちだったが、細い目の冷たさだけは一線を画している。

 ぱっと見ただけでも分かる黒を基調とした質の高そうな装備で、何よりも豪奢で持ち主と同じ位の背丈の杖を持っており、これだけでも只者でないことを物語っていた。



「私の右隣りの男女は、ナオミチとローズと言い仲の良い姉弟だ。もう体験したみたいだがナオミチのもつ魔剣には強力な麻痺効果が付与されている。彼の魔剣とローズの魔術の連携は中々のものだ」


 ナオミチと呼ばれた男は、ブロンドのミディアムヘアをセンターで分けアウリスの例に漏れなく眉目秀麗だったが、他人を下に見るような滲み出るサディスティックな雰囲気が彼という人間の全てを物語っている。

 その日本人的な名前から察せられるとおり、本名をアバターに名付けるくらいにはナルシストであった。

 身なりの良い軽装でどこかの貴族と言われても疑われない恰好をしており、装備しているのは先程ブンタを全身麻痺に追い込んだレイピア風の魔剣で禍々しい装飾がされている。



 ローズは赤毛のウエーブのかかったロングヘア揺らしアウリスで美しかったが、弟と同じサディスティックさを隠していない。

 アウターは黒のローブを羽織っているが、名に由来してなのか深紅を基調とし黒いレースがアクセントとしてあしらわれたドレスは、スリットが左脚の付け根まで入っておりどこか妖艶さも醸しだしている。

 ドレスと同じ色の半透過したフェイスベールは対人戦闘時に口の動きを悟られないように幾何学模様の刺繍が入っていた。

 右手にはタキトスの物には劣るものの、豪華な装飾が施された杖が握られている。

 二人ともグランシャリオのメンバーを値踏みするように見ていた。



「その隣の少女はロコといい、見た目に反してかなりの腕前だ」


 その少女はハロマルでバイオレットのショートボブでとても可愛らしい容姿をしていたが、少し肌面積の多いくノ一風な軽装の背の腰辺りに厳つい二本の鉈にも見える小剣がクロスして装備してあり、見た目のとのアンバランスさを見せつけている。

 紹介されラグたちに向かって、笑いながら手をヒラヒラと振っていた。



「そして私の左手側の一番外の彼がレアンだ。彼は少し特殊でね。ジュライを狙っている」


 フォルたちが少しざわつくが、タキトスはそのまま続ける。


「ジュライが強いと聞きつけて見つけ出し、戦ってみたが敵わなかったから同じ釜の飯を食って研鑽を積んでいるという訳だ。そう考えると結構真面目なところがある」


 そんな紹介に、俺は負けてねぇと愚痴をこぼしているのは狼系のニルケルで、グレー系の髪とフサフサの尻尾をもち、髪型はミディアムのオールバックにしていた。

 日本風の鉢がねに甲冑を身に纏い、腰の左側には打刀、右側にはロングソードと少し風変わりな装備をしている。



「そしてその隣がスカーだ。コルヌ特有のその躯体で特殊な大剣を使いパワーならアルコル随一だろう」


 コルヌの中でも大きい方で二メートル半は優にあるのは確かだった。

 黒髪で肩まである長髪をセンターで分け、体格とは不釣り合いな端整な顔立ちが目立つ。

 本人が言っていた大ムカデバサミと呼ばれる大剣と呪われていそうな赤黒い鎧を身に纏って薄く笑っている。


 

「最後に私の隣のこの男はジュライという。刀を使わせたら右に出る者はいないだろ

うな。モナード界隈では、人斬りの赤髪鬼としてまあまあの有名人だ」


 ジュライと呼ばれた男はヒューラの青年だった。

 赤髪のストレートなミディアムヘアをオールバックにし、猛禽を思わせるような精悍な顔つきをしていた。

 装備はかなり使い込まれた赤と黒を基調とした軽鎧を身にまとっていたが、質が良く手入れが行き届いているのは見てとれた。

 腰に佩く太刀は外見だけをみても物々しい雰囲気を纏っており業物だと分かる。

 タキトスが口にした、モナードとは大陸南方の国の名前だった。

 この段になっても、ラグから目を離すことは無かった。



「以上が、このクランメンバーだ」


「そして、このクランの名前を『アルコル』と言う」


 紹介し終わったことに満足したのか、少し芝居がかった様子で笑っている。


「『アルコル』……」


「知ってるよ……北斗七星の隣にある『かすかなるもの』……」


「なっ! 北斗七星だって!?」 


 その奇妙な名前に意味があるのか考えを巡らせていたフォルだったが、思いもよらない解答が後ろから聞こえてきて思わず叫んでしまう。


「そうだ。アリア君だったかな、博識のようだ。北斗七星『グランシャリオ』の隣に輝くかすかなるもの『アルコル』またの名を『死兆星』だ。中々洒落が効いているだろう?」


 いかにもなしたり顔をしているタキトスに対し、名前を当てられたアリアは明らかに気味悪がっている。


「このゲームをやっていて、これ程までに気分が悪かったことはないよ」


「ふざけた名前つけやがって……」


「…………」


 フォルとハンゾウは心底嫌な顔をする。

 ラグはジュライから目を離せずにいるなか、事情がよく分からない『グランシャリオ』メンバーは困惑している。 




「本題に入ろう」


 二人の嫌味もまるで意に介さず話を続ける。


「本題?」


「そうだ。ジュライたっての願いだ。ラグとジュライに死合ってもらう」


「しあいって……」


「そうだ、どちらかが息絶えるまで戦うのだ」


 嫌な予感しかしないフォルに、真意が告げられる。


「頭おかしいんじゃないか!? 決闘だなんて本気で言ってるのか?」


 どんどんと進む訳の分からない話に、痺れを切らしテナクスが叫んだ。


「お前はジュライと私が、そこの三人とどんな因縁があるか知っているのか?」


「それは聞いてないけど、グランシャリオが巻き込まれるのは納得いかない」


「ククク……それは運がなかったと諦めてくれ」 


 もっともな言いようがツボに入ったのか、確かにそうだと笑いを殺している。


「そんな決闘まがいなことに、付き合う必要はないね」


 フォルの言葉に、ジュライから目の離せないラグ以外のクランメンバーが頷く。


「お前たちに決定権はない」


 言いながら、タキトスが視線を向けた先には背後からロコの小剣を首筋に当てられたマテオがいた。


「!?」


 グランシャリオの全員が驚愕する。


「いつの間に……」


 ついさっきまでタキトスたちの列にいたはずのロコが、ラグたちの隣にいたマテオを人質にとっていた。


「言っただろうかなりの腕前だと、彼女はマテオ君を殺すことも躊躇しない」


「ジュライがお熱になってる人との決闘は、面白そうだから見てみたいしねー嫌ならこの子の首が落ちるだけだよ」


 タキトスが言うことを肯定するように、ただ楽しいことを求めているだけのように笑う。

 ロコは背を見せることなく、マテオを連れタキトスの列に戻っていく。



「何が正義だ! この世界の人間を傷つけているのはお前たちだろう!」


 子どもを人質にとる卑劣な行為に、正義感の強いブンタが吠えた。


「これも言っただろう。お前たちに決定権はない。お前たちが子どもを見捨てるような真似をしないというのは分かっている、決闘が終われば解放しよう」


 実際、タキトスがマテオ自身に感心がないことは明らかだったので約束自体は果たされるだろうと誰もが思えた。


「分かった」


 短くそう応え一歩前にでるラグ。


「あぁそうだ、当然わざと負けるのは許されないしその判断も難しい……なのでラグが負けた場合でもマテオ君には死んでもらおう」


 その非情な宣告に、グランシャリオの女性陣が凍り付く。


「無茶苦茶だよ」


「ラグ……」


「お姉ちゃん……」


 解放すると言った矢先に手のひらを返した理不尽な要求に焦りをみせるラキ、渦中のラグを心配するアリア、これまで感じたことのないプレッシャーをグランシャリオに向けられていることを感じとり心細くなり姉にすり寄るアリエッタ、全員がタキトスの言動に振り回されていた。


「タキトス……お前……」


 ここに来てはじめて、ラグはタキトスをしっかり睨んで敵意を表す。


「……お前が勝てばいいだけのことだ。勝てるならな」


 これまで視線を合わせてこなかったラグに見られ、満足したのか口角が上がった。

 両陣営の緊張は限界に近づき、互いに得物に手をかけている。

 きっかけがあれば全面衝突に発展するかに見えたその時、一歩前に出ていたラグが無言でゆっくり左手の真横に上げて、掌をグランシャリオ側に向け落ち着くように促す。

 ラグのこの行為で、両陣営が得物から手を離し集積広場の中央を彼とジュライにゆずるようにスペースを空けた。

 薄暗いなか、魔光ランプに照らし出されて二人の男が対峙する。

 互いに抜刀し他の何者にも声がかけづらい雰囲気を醸しだし、坑道の冷たい空気が張り詰めている。




 とても長い時間にも、一瞬にも感じられたその緊張感のなか唐突に、これまで一言も発しなかったジュライがラグに言い放つ。


「今のお前に俺が止められるなら、止めてみろ」


「!?」


 言い終わらないうちにジュライが踏み込んでくる。

 下段からの逆袈裟切りがラグに迫る。何とか体を半身逸らし刀で受けることに成功したが背を冷や汗が伝う。


(早い! 重い! あのゾソルよりも強い!!)


 ジュライは止まらなかった。受け流され避けられた斬撃も返す刀で追撃を行い、ラグは足を止めて打ち合うこともかなわず、たまらず下がりながら防戦するしかなかった。



 この一年でβテストに参加している戦闘系アバターの身体的能力は、現実世界の人間を超えるものとなっている。

 そんなアバターの中でも、トップクラスに強いジュライの動きは異質だった。

 大振り気味の袈裟切りを何とか受け流して、その隙に胸を狙い突きを仕掛けるラグだったが半身で躱され逆にその隙を突かれて、流したはずの袈裟切りの返す刀に何とか反応するものの左腕を負傷する。

 そのあともラグの体に切傷が増えていくが、致命傷は何とか避けていた。

  

「あのジュライって奴、滅茶苦茶強いぞ!」


 これまで見たことのない強者に、ブンタが敵ながらも少し興奮している。


「ラグがあんなに、やり込められるなんて……」


 ここまでの、苦戦を強いられたところを見たことがないラキたちが唖然としていた。

 グランシャリオの面々が呆然とするなか、フォルとハンゾウだけは難しい顔をして黙っている。  



「へぇ。あいつがここまで決めきれないなんて珍しいね」


「対戦を熱望してたってのも納得だな。あそこまでの奴はなかなかいねぇ」


 スカーとレアンが二人の対戦を面白がって見ていた。


「そう? ナオミチの魔剣ならもう決着がついてるわよ」


「……そうだね」


 傷ついているラグを見て弟なら勝ちを確信している姉に対し、爪を噛み肯定をしてはいたが心の中では一対一で傷をつけられるか危ぶんでいる冷静な弟だった。


「でも、だんだん反応が追いついてきてる。あのラグってお兄さん面白いな」


 ロコはマテオを人質に取ったまま興味深そうに観戦している。

 アルコルの面々が沸くなか、タキトスだけは目の前で死闘を繰り広げる二人を観察するように表情も変えずに視ているのだった。



 薄暗い坑道広場に金属音と大地を蹴る音を奏でながら、二人は位置を互いに変えつつ絡み合うように、目まぐるしく白刃を交わしている。


 ラグが距離を置くために空トロッコの裏に身を翻したところをジュライの一撃がトロッコを一刀両断し、今度はその両断されたトロッコの片割れをジュライが蹴り出して隙を作ろうとするも、ラグはラグで同じことを考えていたためトロッコを互いに蹴り出した足で支える格好になり少し宙に浮いたが、トロッコの強度が耐えられずに粉砕する。

 ロコが指摘したとおり、ラグの動きがジュライの攻撃に順応したのか受け流すことが多くなってきた。


(ジュライは、あの頃よりも確実に強くなっている。人斬りを揶揄されるまでになったのは俺のせいなのか……けど、マテオを殺される訳にはいかない)


 いまだに、吹っ切れていないようだったラグだったが覇気は取り戻しつつあった。 



 

 互いに決定打を欠くなか、重く低い声が坑道に響く。


「ジュライ」


 タキトスに呼ばれたジュライは、ラグとの間合いから半歩距離を置き一呼吸入れると、野球のバットを構えるように刀を持つ八双の構えをとる。

 そろそろ現場監督が連れてくる衛兵が迫ってきているのは明らかだったので、次の一合で決着をつける腹積もりなのは明確だった。

 本来、時間切れになればグランシャリオの優位性が高くなるのは分かっていたがラグはジュライの誘いに乗り同じ八双の構えをとる。  


「ラグ……」


「今は、見守ってやってくれないか?」


「…………」


 ラグの決断に、アリアが不安を募らせるがフォルが神妙な面持ちで訴える。

 クランリーダーの思いを知ったメンバーは坑道の暗がりの中、魔光ランプに照らされる二人を黙って見守ることしかできなかった。

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