第3話 ボーヘン鉱山1

 夜が明けて朝日が昇るなか、ラグたちはボーヘンの鉱山に向かっていた。

 鉱山に向かう道中の人の数は、ほかの鉱山に向かう人に比べると一目瞭然に少なかった。


「やっぱ、ほかの鉱山に比べて人少ないね」


「昨日の町でも結構賑わってたと思うが、ボーヘン鉱山以外の人たちだったのか?」


「どうなんだろ? 仕事が無くて飲んじゃう人もいそうだけどね」


 テナクスとハンゾウとラキが閑散とした道中で話し合っている。


「しかし、厄介そうな依頼になってきたねぇ」


「そうだな……」


 その前の方を歩きながら話しているメンバーを見ながらフォルが呟き、ラグが思案気な顔で頷いた。

 ラグは今朝の宿屋でのミーティングのことを思い出す。




 朝食を取ったあと、宿屋の四人部屋に全員集まってミーティングをしていた。

 ちなみに部屋は四人部屋が二つ手配されており、男女で分かれていた。

 男部屋は五人で泊ることになり、夜遅く帰ってきたラグが必然的にソファーで寝ることになった。

 手配された宿屋が上等な方だったのでソファーがあるだけましだったが、ラグは「納得いかねぇ」と愚痴っていた。


「昨日、ドナド氏から話を聞いて初めて分かったことだけど、指名依頼の経緯が彼の友人のオーリンという人物によるものだったことが分かったんだ。そのオーリンがどんな人物なのか確認したかったけど、今は町に居ないし冒険者相手の商人らしいけど詳しいことは……ラグに聴こうか」


 急に振られたラグが面食らっている。


「昨日酒場で色々聞いてきてくれたんだろ? 報告してくれ」


 フォルに促されてメンバーが生暖かい目になる中、バツの悪そうな顔でラグが話し始めた。


「報告と言っても、確かなことは分からなかったよ。オーリンのことだが、その名前の商人を知っているやつには会えなかった。ドナドがどんな人物なのかだけど、ギルドで聞いた通り悪く言うやつは少なかったな。ただ、最近ほかの鉱山主と揉めてる噂は聞いた」


「揉めている?」


 アリアが小首を傾げる。


「あぁ、なんでも坑道の一つが隣の鉱山と繋がって、どっちの縄狩りかで一悶着起きてるらしい」


「うわぁ、利権争いなんてイヤだわぁ」


 うんざりといった様子で、ラキが眉を寄せる。


「だが、話はここからだ。件の行方不明事件のあと、ボーヘン鉱山は操業すら怪しい状態になってるけど、町全体としては特産の魔石が取れないと困るってことで、その利権争いは隣の鉱山主が優勢になるように話が進んでいるらしい」


「それは、タイミング良すぎだよね……」


 テナクスが胡散臭いと考えこんだ。


「だからドナド氏も焦っていたのかもしれないねぇ。今回の件は、モンスターの仕業じゃなく人為的な事件の可能性もでてきたってことか」


 言いながらフォルは早急にことを進めたそうな、ドナドを思い出いだしていた。


「モンスターの仕業じゃない?」


「いや、まだ決まった訳じゃないけど、そういう可能性もあるってだけだ」


 今までの話がよく理解できなく驚きと共に聞き返してくるブンタに、あくまでも考慮対象の一つだとラグが補足する。


「さて、どうしようか? きな臭くなってきたけど依頼をこのまま進めるか、やめるか?」


「俺は、止めるのもアリだと思う」


 フォルの問いにラグが真っ先に答えた。


「珍しいな、お前が真っ先に降りる話をするなんて」


 意外そうな表情をしているメンバーを代表して、ハンゾウが尋ねる。


「俺らは、どっちらかというとモンスターを相手にすることが多いし、面倒事はみんなも嫌だろう?」


「その面倒事に突っ込むか巻き込まれるのが、君じゃん?」


 ラグが尤もらしいことを言うと、フォルが確信を突きクランメンバー全員がうんうんと相槌をうっている。


「お前らそんな風に、俺のことみてたのか……」


 ここ半年以上付き合ってきた、仲間の自分に対する思いもよらない評価にラグはふら付いた。


「だってラグって秘密主義だし、いつも一人で行動して巻き込まれてる感じ?」


「そうそう、今回の件だって言ってくれれば、みんなで情報収集したのにね」


 ラキの言うことにアリアが賛同して、アリエッタがそうだそうだと囃し立てる。

 図星を付かれたラグは、黙って唸るしかなかった。


「あはは、そこがラグの『奥ゆかしい』いい所なんだからさ!」


 フォルがその性分を皮肉ってメンバーの笑いを取る。


「冗談はさておき、どうしようか? このまま依頼を受ければ面倒に巻き込まれる可能性は高い、かといってここで依頼を辞めるとなるとクランの信用もランクも落ちるだろうし、何より大赤字でヨーコが般若になることは確実だね」


 冗談のくだりでラグが反感し、ヨーコのくだりで全員が身震いをする。


「ここまで来たら、受けるしかないんじゃない?」


「ドナドさんが全てを話していないのは気になるけど、困っているのは変わらないから受けてもいいんじゃないかな」


「結局、事件の調査という点については変わらないし、人為的なものっていう材料が増えたのを踏まえて動けばいいんじゃない?」


 ラキとアリアがそれぞれ受ける意思をみせ、テナクスが話題の結論をだす。

 ほかのメンバーはお任せといったふうで、ブンタはでっかい魔石をヨーコにプレゼントすると息巻き、アリエッタがそれを聞いて「ハイハイ」としらけ顔になっていた。


「オッケー、テナクスの言う通り人為的な関与も頭にいれて行動するってことでいいよね?」


 フォルは、ラグに向かって促す様に聞いた。


「別に反対していたつもりはないよ、みんなの総意なら何も言うことはないさ」


 笑って特に気にしていないといった感じでラグはかえす。


「じゃあ、合図を決めておこう。対モンスター戦で行くならプランA、それ以外は対人戦含みでプランBってことでよろしく」


 戦闘をするにしても、言葉の通じないモンスターとの戦い方と、喋ることで情報が筒抜けになる対人戦とでは立ち回りが異なってくる。事前に大まかな作戦があればそれだけで対応も早くなる。


「「「了解」」」


「それじゃあ、準備して鉱山に向かおう」


 パーティー全員の了承を確認して、フォルの号令でメンバーが散っていくなか、廊下に出た所でハンゾウがフォルとラグを呼び止めた。



 ハンゾウは無言で廊下を歩き、宿泊している部屋から離れた突き当りまで歩いた。


「どうしたんだい? こんな廊下の端まできて」


「まだ、話していないことあるんじゃないのか? ラグ」


 うろん気なフォルを見たあと、ハンゾウはラグに視線を移した。


「…………」


「さっきも言ったが、お前さんがいの一番に降りるなんて言うのはよっぽどのこと

だ。それでラグが抱えるよっぽどのことはアレしかないだろう?」


 ハンゾウの指摘に、ラグは大きな溜息をつく。


「変な所で鋭いんだよな、アンタは……」


「ラグのよっぽどって……まさか?」


「いや、話していないことはそのこと関連じゃない。それにあのことだとしても、みんなの前で話すのは……出来れば聞かせたくないな」


 ハンゾウの指摘にフォルがはっとするが、ラグはクランメンバーに『よっぽどのこと』を話した時の反応を想像したのか感情の抜け落ちた顔で否定した。


「じゃあ、話してないことってなんなんだ?」


 不思議そうにハンゾウが改めて聞き直した。


「これは酔っ払い数人に聞いた話で、確証が持てなかったら言わなかったんだが、坑道の行方不明事件前後から街中でも行方不明事件が起こっているらしい」


「これだけの町だから、行方不明も珍しくはないんじゃない?」


 ラウマほどの町ともなれば犯罪も多い、そこをフォルが指摘する。


「それが町の行方不明と、坑道の行方不明には共通点がある」


「共通点ってまさか……」


「そうだ、現場にモンスターにやられたような四肢のどれかが残されているらしい」


 感づいたフォルにラグが神妙な顔になる。

 ラグの話を聞いてフォルもハンゾウも、しばらく押し黙って考えこんでいるようだった。


「ただ、酔っ払い数人の情報だから確度が高くない。ギルドにも街中でのモンスター関連の依頼はなさそうだったから、頭の隅に置いておけばいいんじゃないか?」


「現状ではそうするしかないかなぁ」


「そうだな、だがお前は何か感じているんだろ? でなければ降りるなんて言わなかったはずだ」


 ラグとフォルがしょうがないかという顔をしていると、ハンゾウが真剣な顔でラグを見る。

 話をぶり返すハンゾウを、少し睨んでいたラグだが観念したようにこぼしだした。


「……なんとなく感じるんだ、あいつらの影を……全然確信めいたものはないけどな」


「そうか、お前さんがそう感じるなら、関わっているかもしれねぇな」


「ハンゾウ……こういう所容赦ないよねぇ」


 ラグの内心を掘り返したハンゾウに、フォルが呆れ半分、非難半分で指摘する。


「こんなことは、抱えてるより外に出しちまった方がスッキリするってもんよ」


「そんなに言うなら、解決策はあるのかよ?」


「そんなもん、ねぇ!」


「はぁ~」


「これだよ……」


「だが、覚悟している人間が三人居れば対応も少しは楽になるだろう?」


 追求するラグに開き直るハンゾウ、呆れる二人だったが次の正論に黙るしかなかった。


「結局出たとこ勝負になるんだ、俺ららしいじゃねぇか」


「まぁ」


「そうだな」


 ガハハと笑うハンゾウに、フォルとラグが互いを見ながら苦笑いになる。


「今のところは持ち場が前衛、中衛、後衛で三人わかれているから、何かあった時はそれぞれの担当をフォローする感じかな」


「それもいつもと変わらない気がするな」


「確かに」


 フォルが方針を打ち出したがラグとハンゾウが笑い出した。


「んじゃ、俺らも準備いくか」


「悪いな……二人とも」


 ハンゾウがお開きにしようとした時、ラグが申し訳なさそうに言う。

 黙っていた罪悪感からか少し丸まったラグの背中を、笑ったハンゾウが叩いた。


「痛った!!」


「そんなの今更だろ」


 痛がるラグにフォルが笑っている。

 準備に戻る二人を見て、ラグの拳は覚悟を決めるかのように固く握られていた。




 鉱山に着いた一行は、現場監督の男と一緒に鉱山に入っていく。

 坑道にはトロッコの線路が引かれていた。支線から本線に出るまでは人力で運び、本線からは牛を使ってトロッコを引かせているようだった。

 今は誰も居なくなった坑道を、現場監督の男が先頭で歩いている。


「そういえば鉱山跡には入ったことあるけど、ちゃんとした鉱山に入ったことなかったね」


「そうね、魔石は重要なインフラだから管理も厳しい、簡単には入れないからじゃないかしら?」


 アリエッタが周りをキョロキョロしながら言い、アリアは現場監督を見ながら答えた。


「勿論だ、魔石は灯りや水源、生活に欠かせない基盤になっているので安定供給が望まれている。国から任命されて鉱山主は決まってはいるが、今回のことで旦那様も窮

地に立たされている。とっとと解決してくれ」


「管理がしっかりしてるなら、なんで行方不明事件なんて起こるわけ?」


「それは……」


 現場監督の上から目線の物言いに、ラキが噛みつく。

 その強気の態度に言いよどむ現場監督に、フォルが訪ねる。


「行方不明事件の前後で、何か変わったことは無かったですか?」


「変わったこと?」


「例えば、現場の配置がいつもと違ったとか、いつもは居ない人物が現場にいたとか」


 フォルの指摘に、現場監督の男は考え込む。


「配置は変わっていない……いつもと違うと言えばマテオ様が来ていた位だが……」


「マテオ様が?」


「ああ、といってもここ最近は良くいらっしゃっている、鉱山の勉強をされているとかで、みんなで大したものだと話していたところだ」


 若干誇らしげな現場監督に、今度はラグが訪ねる。


「マテオ様は一人だったのか?」


「いや、友人たちと見学に来ていた時もあったらしいな」


「そうか……」


「まさか、マテオ様を疑っているのか? 痕跡からモンスターの仕業と、分かっているだろう! 馬鹿らしい」


 立ち止まりラグに向かって、いささかも疑っていないように現場監督は言い放ち、さっさと奥に行ってしまう。


「…………」


「行こう?」


「あぁ」


 嘘を言っているようには見えない男を、目で追いながら考え込んでいるラグだったが、アリアに促され歩きだした。




 ラグたち一行は、本線から続く大きな集積所のような広場を三回抜けて一番奥の広場にたどり着いた。

 広場は三十メートル四方あり天井の高さは五メートルといったところで、壁には支線へと続く坑道が十本ほど掘られており、それぞれトロッコの線路が引かれている。

 線路上には鉄枠で木製のトロッコが何台か置かれていた。

 広場の中央に差し掛かったところで、突然足元から煙幕が発生して周りの視界を塞ぐ。


「フォル!」


「来るぞ!」


 まるで想定していたように、ラグが叫びハンゾウが警戒を促す。

 フォルが魔術詠唱に入いるなか、ラキがその聴力を生かした索敵で叫ぶ。


「零! 三! 九時!」


 視界が悪いなか三つの鋭い影が迫り、鈍い金属音が煙幕の中に響く。

 正面をハンゾウが、左右をそれぞれラグとブンタで凶刃を防ぎ火花を散らしていた。


「【エグジィストーム】!」


 刹那の拮抗後、フォルの魔術が炸裂する。


 【エグジィストーム】は中級風魔術で、詠唱者を中心としたドーナツ状の効果範囲を持ち、内側が安全地帯となり中心から外側に向かって、極限まで圧縮した空気を解放するとこにより爆発的な風圧と衝撃波により対象にダメージ与え効果範囲外まで吹き飛ばす。煙幕魔術【スモーク】のカウンター魔術としても有効だった。



 暴風がラグたちの周りを吹き荒れ、煙幕も一緒に散っていくが、襲ってきた三人は魔術が発動する瞬間に引いていた。


「ハッ! やるねぇ」


 知らない声が正面から聞こえてくる。

 互いの間合いにギリギリ入らない距離の先に、中央を空けて左右に分かれ五人の男女が並んでいる。

 声をあげたのはいかにもサディスト風なアウリスの男だった。


「けど、そいつはトロかったようだなぁ!」


 下卑た笑いをして、自分の攻撃を受けていたコルヌの青年を指さすとブンタが膝をついた。


「「ブンタ!?」」


「し……しび……れ……」


 テナクスがカバーに入るなか、アリアとアリエッタがブンタに駆け寄る。

 ブンタをよく見ると、防具がない肘の上部辺りに浅い切傷があった。


「これだけの傷で全身麻痺?」


 アリエッタが信じられないといったように呟く、アリアはすぐに状態回復魔術【キュア】をブンタにかけていた。


「僕の魔剣なら、その程度の傷でもあっという間に全身麻痺にできるのさ!」


「さすがナオミチね~ お姉ちゃんも鼻が高いわぁ」


 ナオミチと呼ばれた男の隣にいる、アウリスの女が褒めちぎっていた。


「うわぁ、ブラコン気持ちわるー」


「うるさいわよ! 小娘が!」


 その二人の隣にいるハロマルの少女が囃し立て、姉弟と思われる彼女らと揉め始める。



「知らない顔だね……何者だい?」


 胡散臭げにフォルが尋ねる。


「旦那が言っていたとおり、なかなかやるじゃない」


 ハンゾウと対していたコルヌの男が、妙な形をした大剣を担いで人の良さそうな笑みを浮かべている。


「俺たちが居るって分かっていたようだな? 案内のヤツはどうした?」


 ラグと対していた狼系ニルケルの男が、興味深そうに品定めをするかのように見てくる。


「彼なら途中で帰ってもらったよ。一人尾行もついてるようだったから今回の依頼の件は人間の仕業で確定でしょ」


 フォルがさもありなんという感じでおどけた。

 ラグたちは、最後の集積場所に入る前に尾行に気づき、現場監督の男に応援要請をするように頼み帰らせ、この件を人為的なものとしてプランBでいくことを決めて、後衛を守るように前衛と中衛で周りを囲うフォーメーションで広場に入っていた。



「さすがだな、フォル、ラグ、ハンゾウ」


 奥の坑道から低い声が聞こえ、二人の男が暗がりから出てきた。


「タキトス……」


 フォルが案の定というか、どこかあきらめにも似た声で名前を呼んだ。


「……ジュライ…………」


 ラグは黙っている方の男を見て、もどかしそうな、且つうしろめたそうな表情になり、やっとのことで名前を絞りだしているようだった。

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