第2話 ラウマ道中
午後の日差しの中、ラグたちを乗せた馬車が街道を走っている。
依頼のある鉱山は、今いる首都から馬車で半日走った所に位置していた。
流石に八人パーティーで、定員十名ほどの公共乗合馬車に乗るのは心苦しいので一台貸し切りである。
今日は魔石鉱山で栄えたラウマという町まで行き一泊してから、鉱山に向かう予定だった。
「お客さん、馬車を往復で貸し切りなんて儲かってるんですなぁ」
中年男性の御者が、羨まし気に声を掛けてくる。
「乗合馬車を占拠する訳にもいかないからね。荷物もあるし、これで依頼が達成出来なきゃ大赤字だよ。そうだ、ねぇねぇおじさんハロマルで女の子の御者っていないの?」
「何を聞いてるんだよ……」
「もし居るなら帰りはその子にお願いするから! お金かかってもいいから!」
「いい加減にしろ! 変態マスター!!」
暴走気味のフォルをラグとアリエッタが窘める。
御者の男は乾いた笑いを浮かべていた。
その後も、何事もなく走っていた馬車だが森に入り日が傾き始めた頃に異変が起きた。
馬車の中では、メンバーが思い思いに過ごしていて女性陣はガールズトークをしていた。
その時、ラキの耳が反応を見せる。
「森の中! 金属音! 囲まれてる!」
ラキの警告の直後、前方の森の中から槍が数本、馬車の前に降って地面に生えたようになり御者が焦って馬車を急停止させる。
「ひぃぃ」
御者の男が慌てていると、ブンタに襟首を後ろから掴まれて荷台の中に引っ張りこまれる。
「大丈夫だオッサン。俺たちに任せておけ!」
「ラキが朝に槍が降るなんてフラグ立てるから……」
「私のせい!?」
ブンタの勢いのある啖呵に御者が足元で呆然としているなか、テナクスとラキのやり取りが続く間にもクランメンバーが手慣れた手付きで戦闘準備をしていく。
「魔族か野盗か……、数は分かる?」
「うーん、音がしたのは道を挟んで左右に三、四人ずつ位かな」
「俺もそれ位だと思う」
フォルの問いに、ニルケルのラキとラグがその耳の形を生かした聴力で応ずる。
「すぐ襲ってこないのを考えると野盗ポイな」
「プレイヤーの可能性あるかな?」
ラグの推測に、アリアが慎重な面持ちで最悪の可能性を口にする。
「犯罪プレイはデメッリトが多いからなぁ。よっぽど無いと思うけど」
「プレイヤーだったとしても、捕まって奴隷プレイなんて御免だね。戦って死に戻りした方がマシってもんだ」
テナクスは首をひねり、ハンゾウは吐き気がすると嫌悪感丸出しで言い放った。
オーディナリーライフでのプレイヤーによる犯罪行為は、現実と同じくゲーム内の公的機関に捕まらなければペナルティは発生しない。
ペナルティに関して殺人、誘拐以外の罪については、アカウントの一時停止で期間は量刑による。
プレイヤーキルに関しては一回目で半年のアカウント停止、二回目はアカウント剥奪となる。
セラナティアの人間を殺害して捕まった場合は、一発でアカウント剥奪となる。
これはプレイヤーには死に戻りがあるが、セラナティア人が死亡した場合は生き返らないことを理由としている。
ただし、殺人を犯しても正当防衛の場合についてはカウントされない。
ちなみにオーディナリーライフは、アカウント登録にナノコードを使っている。
二十一世紀末の本人確認には、体内ナノマシンに記録されている変更不可とされるこのコードが公的な本人の証明となっており、アカウント剥奪は二度とオーディナリーライフをプレイできないことを意味していた。
「大人しくしろぉ! 馬車から降りてここに並べぇ!!」
「既に周りは包囲しているぅ。黙って言うこと聞けば命だけは助けてやるぞぉ!」
「売られた先までは保証せんがなぁ」
手斧や剣を持った二人の男が森から出てきて、馬車に立ちはだかり口々に叫び卑しく笑っている。
「うわぁ。またテンプレなのが出てきたね」
「あれはこっちの人だよねぇ」
「そうだなぁ。まぁ、やることは変わらんがなぁ」
「賊はゆるさん!」
フォルがうんざりして、プレイヤーが装備しそうにもない野盗ルックの二人を見てテナクスが呆れ、ハンゾウとブンタはやる気満々だった。
「後ろにも二人出てきたね」
「了解、野盗の対処はいつも通りで始めよう」
ラキが後方を警戒して、落ち着いた感じのフォルが静かに言う。
グランシャリオの野盗への対処法は、できるだけ殺傷を避け無力化するというものだった。
甘いというメンバーの指摘もあったが、現在のクランメンバーの強さならば、その辺の野盗程度なら後れを取ることは無かった。
それに、深手を負わせてもアリアが治療してしまうので現在までのところ、野盗相手に人死にを出したことは無かった。
フルダイブ方式のVRが世に出て、特に戦闘があるゲームにおいて人によって大きく分かれたものがある。
それは生物を殺傷した時の感覚と触覚、殺傷行為を受けた時に感じる不快な感触に耐えられるかで、プレイできる者とプレイできない者に分かれた。
この殺傷行為を受けた時に感じる不快な感触は、現実に受けた痛みと感触を表現するわけにはいかないことから付けられた機能で、体内に異物が入る感触があり万人が体感しても体の奥から鳥肌が立つような感覚で実際かなり不快になる様に作られていた。
この機能は世の中に出回っているフルダイブ式のゲームでは一般的で、受けた痛みを知るという側面と現実とVRを混同することへの抑止という意味でも義務化されていた。
特にオーディナリーライフは成人指定のハードな表現がされており、部位欠損や傷と血の表現もある。
規制もありその表現は現実より抑えられているが、実際に目の前に晒されると大人でも尻込みする者もいる。
戦闘職についている者たちはそうした凄惨な光景や感触に耐性がある者でないと務まらなかった。
だが、ラグを含め多くのプレイヤーはそのハードな表現も許容できる程に、この異世界の魅力にのめり込んでいた。
「ヘイルストームからの各個撃破で行こう。十二時方向の二人はハンゾウが、馬車後方から出て九時方向の敵の攪乱をラグが、六時方向をブンタと僕、三時方向の敵をラキとテナクスで各々撃破して行こう。早く片付けた人からラグの支援に回ってね。御者のおじさんは僕たちについてきてね。アリア姉妹が護衛するから」
そう言いフォルがアリアに目配せしていると、御者が不安そうな顔を見せた。
「おじさん、大丈夫だってお姉ちゃんのスタッフ捌きは、その辺の男共じゃ敵わないくらい凄いんだから!」
アリアはクォータースタッフの扱いが上手かった。そんな姉の一芸をアリエッタが乏しい胸をはって自慢をして、御者がコクコクと頷いている。
そんな妹を見て微笑んでいたアリアだが、不安そうな表情になりラグを見やる。
「ラグ一人で大丈夫?」
「あぁ、攪乱するだけだし中級魔術のあとだからまともに動ける奴は少ないだろ」
心配するアリアに、ラグが問題ないだろうと相槌をうっている。
「俺も一人なんだが……」
ハンゾウが納得いかない顔でつぶやいた。
ある事件を機に、アリアがラグのことを意識しているのをクランメンバーのブンタ以外は知っているので、まぁまぁとハンゾウを宥めている。
当のラグがそれに気づいているかというのは分かりづらく、ラキあたりはやきもきしていた。
「何をしている?早く出てこい!」
馬車の前にいる野盗の男が、痺れを切らしたように叫んだ。
「【アクセプト】」
魔術共通の起動呪文を唱えると、フォルの右手首にあるブレスレット型の魔具が淡く光り出す。
フォルが頷き魔術の詠唱を始めるそばでハンゾウが叫ぶ。
「慌てるな! 今から出ていくぞ!!」
オーディナリーライフの魔術は詠唱と刻印の二つからなっているが、そこまで複雑な刻印も詠唱も必要としなく、魔具と魔術ギルドでの契約が出来ればプレイヤーなら誰でも使えた。
魔術は大気中にあるエーテルを、術者のマナを触媒として刻印術に対応した事象に変換させる技術である。
【ヘイルストーム】は水系の中級魔術で術者を中心にしてドーナツ状の広範囲攻撃ができる。ドーナツホール部分が安全地帯になり、その外側に大粒な雹のような氷を含む嵐が上から下へと体を地面に押し付ける様に吹き荒れる魔術だ。
中級魔術全般に、一日に五回も使えば魔力切れ間違いなしでコストの悪さはあるが、初級に無い範囲攻撃で範囲を任意に調節でき、足止めにも使える便利さがあった。
空中に展開された三十センチ四方程の半透明な枠内に、右手の人差し指で刻印を黒線で描いていく、それに沿って光る線が追従し刻印を成していく黒線を光る線が塗り潰して刻印が完成し呪文を発した。
「【ヘイルストーム】!」
馬車を巻き込まない様に調整された氷嵐が高い風切り音と共に吹きすさぶ。
「くそっ魔術……」
馬車の前にいた男の声が、嵐の音で掻き消される。
十秒ほど経ち嵐が弱まってくると同時に、メンバーが馬車から飛び出した。
ハンゾウが荷台の前方から出て叫んでいた二人に仕掛ける。
嵐が消えたあとの男たちはすでに地面に押さえ付けられる氷嵐のダメージや低温のせいで膝をつき身動きが取れなくなっており、二人並んだ正面から大剣の腹でフルスイングした。
「グエッ」
二人の男たちは成すすべなく昏倒した。
馬車の後方から飛び出したラグとフォルのチームもそれぞれ森の中で動きが鈍くなっている男たちを峰打ちや格闘、ワンドの衝撃波で昏倒させていった。
「毎度のことながら魔術は強力だよなぁ」
男性陣が無力化させた野盗九人を馬車の後ろに集め、武装解除しているなかラグが呟く。
「中級だからねぇ。効果は高いけど燃費悪いから杖が早く欲しいよ」
フォルがワンドを見ながらこぼす。
魔術は強力だが術者のマナを消費するため、マナ保有数がトップと言われている種族のアウリスでも、一日に使用できる魔術は初級で十回程度、中級で五回程度の詠唱が限度と言われている。
一年のβテスト期間内でマナ消費による熟練度でマナの総量が増えたという例はフォーラム等でも報告されていなかった。
少ない手数の補助となるのが魔術師用の杖とワンドで、杖は長くて両手で扱う物が多くその内部に術者のマナを蓄えることができ、肌身離さず持っていれば上限保有量を超えた余剰分のマナを予備タンク的に溜められた。
ただし、現在はマナを溜められる杖を作る技術が失われておりダンジョン等の遺物でしか手に入れることができず、その結果中級魔術一回分を溜められる杖でさえ非常に高価な物となっていた。
ワンドは手数の少ない魔術師のために、大陸の北東にある魔術国家イグネアで作られた。
形状は片手持ちの短い棍棒の様だが、内部に大気中のエーテルを圧縮して溜める機能があり、対象に向かって振るうことでマナを消費せずに、エーテルを衝撃波として打ち出し、人間の頭部に当たれば昏倒させる位の威力があった。
溜められるエーテル量や溜まる速度によって値段は違ってくるがそれでも、杖よりは安価で魔術師の必需品となっていた。
加えて、魔術師の装備は鉄製品を使わない物が多い。
それは鉄装備とエーテルの相性が悪いため、ある程度の鉄製品を身に着けていると魔術の効果が半減することが確認されているからである。
魔術を主戦力にしている冒険者が前線に立つには防御力的に不利になるため、必然的に鉄を装備する前衛と後衛のすみ分けにもなっていた。
周囲を偵察していたラキが、野盗の用意していた馬車を見つけてくる。
「有ったよ、ご丁寧に鉄格子付きの馬車」
「自分たちが入る檻をわざわざ用意するなんて、気が利いてるじゃないか」
ハンゾウが嫌味たらしく言うと、野盗たちが顔をしかめていた。
ブンタが鉄格子付きの馬車に野盗を詰め込んでいく。
「ほら、とっとと檻に入れ!」
全員檻に入った野盗が悪態をつくが、「別にここで殺してしまっても、構わんのだがなぁ」とハンゾウが青筋を立てながら脅すと大人しくなる。
野盗たちの馬車をラキが御者をして、ハンゾウ、ラグが監視しながら町に向けて出発した。
鉄格子付きの馬車は、座席が二列の形になっており三人ずつ乗れそうだったが、檻側を向いた席にはラグとハンゾウが野盗の監視をするために座っていた。
「こうやって鉄格子付きの馬車みてると、ヤウリ村のこと思い出さないか?」
馬車に揺られながら、ハンゾウがどこか試すようにラグをみる。
「……そうだな。もう、随分昔に感じるな」
「まぁ、実際テスト始まったばっかりの頃だからな。もうそろそろ一年になるのか。光陰矢の如しってか、やだねぇ」
その感情を伴わない空返事にハンゾウは少し溜息をつくが、すぐに空気を変えるようにわざと後半部分を大きな声でウンザリしたように顔をしかめた。
「何ジジイ臭いこと言ってんだか……」
御者をしていたラキが、大声の部分だけを聞き取りぼやいている。
それきり二人が話すことはなく、互いに考え込みラウマまで静かだった。
野盗たちを引き連れ目的のラウマに着いたのは、日も落ちかけの夕方だった。
ラウマは近くの魔石鉱山により発展した町で、夜の帳がおりそうな今も仕事終わりの鉱員で賑わっていた。
町の衛兵に野盗を引き渡して御者と別れ、宿に着いたころには辺りが暗くなっていた。
「やっと、着いた――――」
「なんだ疲れたのか? だらしねぇぞ馬車に半日乗ったくらいで、俺が遠征に行った時は――」
手を伸ばし少し疲れた様子のアリエッタに、ハンゾウが遠征で隣国に行った時は、何日も馬車に乗ることになるぞと小言をこぼす。
オーディナリーライフでは、一瞬で各地を結ぶような移動手段が存在しない。
魔術にも今のところ転移系の魔術はない設定である。
リアルタイムな異世界なので、野宿なども旅の情緒があって良いということで、大半のプレイヤーは好意的に受け入れていた。
「フォル~、おじさんがウザい~」
「ハンゾウ! お前エッタちゃんに何言っちゃってくれてんの!? エッタちゃんは小さくてカワイイから疲れちゃってもしょうがないんだよ!!」
ハンゾウの小言から逃れるために、アリエッタがハロマル好きなフォルを巻き込む。
「ロリコンが! お前がそうやって甘やかすから軟弱になるんだぞ!」
二人の言い争いを聞いてクランメンバーは、また始まったという顔をしてスルーを決め込もうとするなか、ラグが呆れたように言う。
「フォル! 今日中に依頼主の所に行くんだろ?」
そう言われたフォルが我に返り、何もなかった様にそうだったと指示を出し始める。
「みんなはチェックインしたら自由行動で、ラグは僕と一緒に依頼主の所に行くよ」
「俺? いつも通りハンゾウと行けばいいだろ?」
「ハロマルの良さを、理解できない輩となんて行動できないね」
「あぁん!? ロリコンに付き合うなんて、こっちから願い下げだね」
「ハァ……」
溜息をつきつつラグが、しょうがないとフォルに付きそう。
会うのが初めての交渉事に行くときは、舐められない様に強面のハンゾウを連れていくことが多かったが、たまに今回のような言い争いからラグが代わりを務めることもあった。
クランメンバーと宿で分かれ、フォルとラグは町の屋敷が立ち並ぶ一角に来ていた。
「今回の依頼主は、鉱山の所有者の一人なんだっけ?」
ラウマの魔石鉱山は、現在確認されているだけでも5カ所ありそれぞれ別の人間が管理していて、今回の依頼はその内の一つの鉱山主からだった。
「そう聞いてるね。騒ぎのせいで掘り手が怖がっちゃって仕事にならないらしい」
話しているうちに、ひと際大きい屋敷の前にたどり着き屋敷内に通された。
「よく来てくれたな。ボーヘン鉱山のドナド・ボーヘンだ。今回の依頼を受けてくれ
て、グランシャリオには感謝しているよ」
応接室で出迎えたのは中年のヒューラで、ラフではあったが屋敷の主らしい清潔で手入れが行き届いた服装をしており、話し方もフランクで好感の持てる人柄に見えた。
「いえ、こちらこそ宿の手配までしていただき有難うございました。グランシャリオでマスターを務めているフォルと申します。こちらは仲間のラグです」
フォルとラグが軽い会釈をする。
「まぁ、座ってくれ」
それぞれ席に着いたところで、依頼の説明が始まった。
「大筋は、依頼票に書いてある通りだが今一度説明しよう」
「お願いします」
「六日前に魔石鉱山で鉱員が襲われる事態が発生した。業務終了時に一人が詰所に帰ってこないので、現場まで見に行ってみると左腕と大量の血が残されているだけで鉱
員は見つからなかった。」
「鉱員の身元は、分かっているのですか?」
「ああ、ヒューラの男で名をルベンと言う。二十一歳で未婚、勤務態度は可も不可もなくといったところだ。鉱員たちが怖がってしまってね、休む者も多く最近では仕事にならない状態なんだよ」
ドナドとフォルのやり取りが続くなか、ラグはこちらを見る視線が気になっていた。
フォルもおそらく勘づいているだろうが、部屋の奥の扉から見られている。
これ程の大屋敷で警備のために監視するのは有りえるだろうとは思えるが、この視線は監視というよりは何か好奇心のような感触だった。
「奥の部屋には、どなたがいらっしゃるのですか?」
「ラグ……」
ラグが敬語は使っているが強めの口調で話に割って入り、視線には気づいていたがスルーする気だったフォルが恨めし気に発言者を見やる。
「? 奥の部屋? 誰かいるのか?」
ドナドがまったく気づいていない様子で、奥の部屋に向かって問いかける。
少し間があったが、扉がゆっくり開いて覗いていた者が小さくなって出てきた。
「…………」
出てきたのは、十代半ばに見える少年だった。
「マテオ……気持ちは分かるが、あとで紹介すると言っておいただろう」
「ごめんなさい……」
「すまないね。この子は息子でマテオという。実は今回の依頼はマテオの勧めで君たちに依頼を出したんだ」
意外な真実を知って、ラグもフォルも目の前の少年をみる。
少年は父親譲りのブラウンでソバージュのミディアムヘアで、仕立ての良い服装をしており、少し気の弱そうな感じも見受けられるが端整な顔つきをしている。
「そうだったのですね。マテオ様はどこで私たちのことを知ったのですか?」
フォルが事情を聞くと、マテオはドナドの顔色を伺いながら答える。
「それは……、知り合いにクランに詳しい人がいてその人が貴方たちの活躍をよく話してくれました! フォルさんはあらゆる中級魔術の使い手でパーティーの司令塔もこなす頭脳派で、ラグさんは刀を持たせたら右に出る者はいないと言われている使い手で野盗なんて何人こようとも、ものともしない中衛と聞いています! ほかにも……」
マテオが興奮気味に、誇張されている人物像を熱く語っている。
あまりの熱量からフォルとラグは若干引き気味になりながらも、情報としては冒険者ギルドでの認識に少し尾鰭がついた程度のものだと判断し、フォルが噂の出所を探りにかかる。
「マテオ様、その知人のことを教えていただく訳にはいきませんか?」
「あぁ、それは私の友人でオーリンという商人だな」
マテオではなく、ドナドがそれならばと答える。
「ボーヘン様の?」
だから父親を気にしていたのかと、二人は腑に落ちる。
「そうだ、オーリンは冒険者相手の商売をしているからクランのことにも明るい。元々マテオも冒険者に興味があったみたいでな、家に来た時なんかに良く君たちの話をしていたのだよ」
フォルたちの反応をみてドナドが訝しがる。
「しかし、自分たちのことを知っている人間がいることがそんなに気になるものかね?」
「自分たちは、クランでも中堅所でそこまで目立った活動をしていないはずですし、冒険者商売は敵を作ることもあります。警戒するにこしたことはありませんね」
ラグがただの用心ですと、すまし顔になる。
「なるほど、冒険者も因果な商売の様だな。私の印象では真っ当な商人に見えたが、そんなに気になるなら直接会ってみるかね?」
「そうですね……お願いしたいです」
「分かった。ただ彼も忙しい身だ。今はこの町にはいない、今日明日で連絡がつけばいい方なんだが、私としては鉱山の調査を明日からにでもお願いしたいのだがね……」
フォルが会う旨を示したが、ドナドはボーヘン鉱山のことで気が気ではない様子だった。
「……分かりました。予定通り調査は明日から行います。オーリン氏への取次はよろしくお願いたします」
「そうか! それは助かる。オーリンへの連絡は早急に手配しよう」
少し思案したフォルだったが、立ち上がりドナドと握手を交わした。
その後は、マテオの過大評価な熱弁を引きつり笑いで聞き、ドナドの館をあとにする。
宿屋がある飲食店が立ち並ぶ地区まで来て、ラグがフォルを呼び止めた。
「フォル。オーリンのことどう思う?」
「現時点では何とも言えないねぇ。ドナドさんは悪い印象を持ってないみたいだったけど」
「あぁ、マテオの言っていることも誇張されてはいたけど、ありふれた情報の域を脱しない程度だったな」
「僕たちがオーリン氏に気に入られるようなことを何かしたのかなぁ? 明日からの調査では気に留めておく必要はあるけど、まぁ会ってみれば分かるでしょ」
「そうだな……」
二人ともこれ以上は、結論がでないと話を切り上げた。
「俺はこの辺の酒場回って帰るけど、お前はどうする?」
「僕は一度宿屋にもどるよ、宿にいるメンバーにだけでも予定通りになったことを伝いたいしね」
「ラグ、明日から調査だから程々にしておけよ……」
半眼のフォルが釘を刺す。
「分かってるって! じゃあな」
笑いながら「お前は俺の母ちゃんか」と、夜の街へ消えていく。
姿が見えなくなったラグにフォルは小さな溜息をつく、ラグは昔から単独行動が多かった。
酒場に行くのは飲み歩くためではなく、情報収集するに違いない。
昔からそうだった。
特に何か重要なことをする時、ラグは仲間を頼らない。
決して仲間を信用していない、という訳でないことも分かっている。
今回もフォルが宿に戻ると確信していて、わざとどうするか聞いたのは間違いなかった。
ラグとの付き合いはもう一年近くになるが、あと一歩踏み込ませない雰囲気を放っていた。
それが何故なのかフォルは薄々気づいてはいる。
あの十カ月程前の出来事を思い、何かが起こる予感めいた感覚に捕らわれる中、賑わう繁華街をどこか空虚に感じながら宿屋へ向かって歩き出した。
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