鶏に憧れる時計
洞貝 渉
鶏に憧れる時計
時計は鶏に憧れている。
鶏は能動的だ、と時計は思っていた。
一方時計は受動的だ、とも思い、時計は落ち込んでいた。
時計はヒトに作られ、ヒトのために時を刻む。
ヒトはヒトが望んだ時、時計を見て時間を知る。
それは非常に良好な関係だと時計は自負していた。
互いに互いを尊重し、踏み込み過ぎず、同時に信頼して頼り合う関係。
時計は満足していた。ヒトの役に立つため作られ、実際に役に立っているのだから。
だが、最近になって時計は考える。
時計はいつだって正しく時を刻み続けるが、それをヒトが知りたい確かめたいと思わなければ、何の力も発揮できない。ヒトに求められていない状態の時計なんぞ、ただ、道端に落ちている小石ほどの意味だってないのではないだろうか、と。
それに比べ、鶏といったら。
鶏は、一日の内にたった一度の時間しか示せない。
それも、何日かに一回は必ず数分ズレている。ズレるだけならまだしも、気まぐれを起こすと一日たった一回の時間を示すことをすっぽかすことすらある。時計は最初、そんな鶏を軽蔑していた。
ある日、鶏が気まぐれで時間を示さないことがあった。
時計は心底呆れていた。なんて怠惰な奴だ、と。
時間が刻々と過ぎ、時計はふと、静かすぎることに気が付いた。いつもなら、ヒトが起きて来て慌ただしく動き回っている時間だった。
それから一時間近くが過ぎたころ、ヒトが悲鳴を上げてドタバタと動き始めた。
「ちくしょう、なんたって鶏のやつは鳴かなかったんだ、おかげで寝坊しちまった!」
ヒトの言葉を聞いて、時計は奇妙な気分になる。いつもだったら、怠惰な鶏に嫌悪感を募らせているところだが、その日の時計は違った。ヒトは明確に鶏の時告げを求めていた。時計を見れば正確な時間を知ることが出来るのに、ヒトが求めているのは不正確で不誠実な鶏の告げる時間なのだ。
それから時計は鶏を注意深く観察するようになった。
鶏の生活は時計と比べれば正確さには欠けるが、それなりに規則正しいものだった。
朝、ヒトに時を告げてから食事。
昼、庭中をかっ歩する。
夜、だいたい同じ時間に就寝。
時計は時間を一秒たりとも不正確に表示することが出来ない。しないのではない、出来ないのだ。
しかし、鶏はどうだ。
気分が乗らなければ時を告げることもせず、規則正しい生活だっていつでも乱すことが出来る。そんな不誠実なことをしていても、ヒトから頼られている。
時計は気が付いたのだ。
ヒトは鶏の告げる時を信頼しきっているということに。
鶏の時告げと共に、ヒトの一日がスタートする。
時計の刻む正確な時間を基準にしているのではない。
鶏の告げるアバウトなタイミングで、ヒトの一日は始まるのだ。
時計は鶏に憧れた。
鶏は能動的だ、と時計は思った。
一方時計は受動的だ、とも思い、時計は落ち込んだ。
時計の刻む時間がヒトに飼いならされた人工物なら、鶏の告げる時間は何者にも縛られない自由な野性だ、と時計は考え、自分のその考えに深く納得する。
そう、鶏は野性だ。時計には決して手の届かない存在。ならば時計は時計のできることを精一杯頑張ることとしよう。
時計は決意新たにし、より一層正確で誠実に時を刻むよう心がけるようになった。
あくる日、鶏が時を告げなていないにも関わらず、ヒトの一日が始まった。
時計は戸惑った。鶏が時を告げるまでにまだ時間がある。なのにヒトはもう動き出していた。
しばらくして、いつもの時間が来ても鶏は時を告げることはなかった。時計は鶏のいつもの気まぐれかと思ったが、どうも様子がおかしい。
庭に鶏の姿が無いのだ。
ヒトの楽し気な声が食卓から聞こえてくる。
時計は鶏がどこに行ったのかと首をひねる。
唐突にヒトが歓声を上げた。
野性的な時間の逃亡。束縛のない自由な時告げの鳥の失踪。
そうか、と時計は合点がいった。
キッチンから運ばれて来た大きな肉がテーブルに鎮座し、ますますヒトが歓喜する。
規則的な流れを求められるものと、それを拒否するもの。
鶏の時間は自由な野性なのだ。今まで庭に留まっていたことの方が不自然だったのか。
時計は納得した。と、同時に一抹の寂しさも感じていた。
鶏はさらなる自由を求め、どこかへ去ってしまったのだ。きっと鶏は野性的な勘を頼りに、より過ごしやすい場所を求めて行ってしまったのだ……。
もちろん、感傷にひたる時計は気が付かない。
養鶏に自由や野性があるわけもなく、また、鶏の朝の一声をヒトが信頼しているなんてことありえない。
その証拠に、時計の憧れの鶏がすぐ近く、テーブルの上にいるというのに、時計は明後日の方向に思いを寄せている。
鶏に憧れる時計 洞貝 渉 @horagai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます