6

 その夜、彼らは札幌ラーメン横丁にやって来た。ここには札幌名物の味噌ラーメンの店が多く並んでいる。この時期は雪まつりに来た人でいつも以上に混雑している。


 入ったラーメン屋には何人かのグループがいる。彼らは雪まつりの帰りだろう。その記念に札幌名物の味噌ラーメンを食べようと思ったんだろう。


「いらっしゃい、何にしますか?」

「味噌ラーメンで!」


 達也は楽しみにしていた。本場の味噌ラーメンって、どんなのだろう。もっとボリュームがあるんだろうか?


「味噌ラーメンって、食べた事ある?」

「サッポロ一番の味噌ラーメンなら食べた事ある! お母さんが作ってくれた!」


 達也は東京にいた頃、サッポロ一番の味噌ラーメンを作ってもらった事がある。そんなに食べた事はないものの、思い出に残っている味だ。


「そっか。でも手作りの味噌ラーメンって食べた事ある?」

「ない! 食べてみたい!」


 達也はラーメン屋に行った事がなかった。ラーメンを食べるなら、袋めんかインスタントが普通だ。手作りのラーメンを食べた事がない。どんなにおいしいんだろう。


「よし! 食べようじゃん!」

「うん!」


 と、店員が味噌ラーメンを持ってきた。ラーメンの上には、もやしやコーンなどの野菜や卵が盛り付けてあり、バターが添えられている。これら本物のラーメンなんだ。


「これが味噌ラーメンよ」

「おいしそう」


 達也はしばらく見とれた。これが本者の味噌ラーメンなんだ。これを食べたら寒い冬でも温まりそうだ。


「いただきまーす」


 達也はまずスープを口に含んだ。本当においしい。チャーシューも野菜も麵も、お母さんが作ってくれたものよりずっとおいしい。これが本者の味噌ラーメンなんだな。


「おいしい!」

「おいしいだろ? それに具も多いし」


 彼らも味噌ラーメンをすすっている。北海道は厳しい自然だけど、だからこそおいしい野菜が育つ。だからおいしい料理が作れるんだろうか? 達也はまた1つ、北海道が好きになった。


「サッポロ一番の味噌ラーメンと全然違う」


 そして達也は思った。今まで食べてきたラーメンって、何だったんだろう。こんなにラーメンがおいしいとは。




 帰りの電車で、彼らは今日の思い出を語り合っていた。今日は雪まつりを楽しんだし、久々の札幌を満喫できた。今度はテレビ塔や時計台にも行ってみたいな。


 帰りの特急の車内には、雪まつり帰りの人が多くいる。だが、そのほとんどは函館や千歳空港から来る人がほとんどで、旭川方面の特急の乗客はそんなに多くない。


「今日は楽しかった?」


 彼らの多くは寝ている。今日1日思いっきり楽しんで、疲れているようだ。それを見て、担任の先生は幸せそうな顔をしている。


「うん。初めて雪まつりを生で見て感動した!」


 起きていた達也は幸せそうな表情だ。生で見る雪まつりはいいし、久々に都会の空気を感じる事ができた。だけど、幌鞠がいいな。自然が豊かで、みんながまるで家族のようで。


「そうか。よかったよかった」


 担任の先生は幸せそうな表情だ。すっかりここの生活に慣れて、ここに住みたいと思っているようだ。




 その夜、家に帰った達也は夢を見た。だが、見たのは東京の夢ではなく、幌鞠の夢だ。夢の中の幌鞠はとても賑わっている。恐らく、昔の幌鞠だろう。


「あれっ、ここは?」


 達也は辺りを見渡した。健太郎もさくらもいない。昔の夢だから、まだいないんだろう。


「おじさん、おばさん!」

「いない・・・」


 達也は目の前を見た。そこには現役時代の幌鞠駅がある。幌鞠駅は多くの人が行き交っていて、SLが走っている。駅名標が右からになっている。戦前の様子らしいが、達也にはその意味がわからなかった。


「幌鞠駅? あっ、SLだ!」


 SLを見た達也は思わず走り出した。駅のホームの横にやって来て、SLを見ている。SLは駅舎の向かい側のホームに停まっている。間近でSLを見られるなんて。こんないい時代があったんだ。


「昔の幌鞠駅かな?」


 幌鞠駅の駅寄りのホームでは数十人が汽車を待っている。将来、この駅が廃駅になる、この路線が廃止になるなんて、誰が予想したんだろう。


「こんなに賑わっていたんだ」


 と、光に包まれて、別の幌鞠駅が見えた。幌鞠駅の周辺は寂れていて、廃屋が目立っている。そして、駅舎の前には『さよなら塩鞠線』という横断幕がある。恐らく塩鞠線の最終日の様子だろう。


「あれ? さよなら塩鞠線?」


 達也は何が起こったのかわからなかった。幌鞠駅には多くの人が集まっている。最終日のお名残り乗車目的の鉄オタや沿線住民だろう。


「最終日かな?」


 と、どこからは蛍の光が聞こえてきた。どうやら最後の列車が幌鞠駅を出発するようだ。みんなが手を振って、紙テープを持って見送っている。


「ありがとう塩鞠線! さよなら塩鞠線!」


 その声とともに、ディーゼルカーは動き出し、紙テープが伸びていく。ディーゼルカーは10両編成だ。晩年は単行か2両ばかりだったのに。


 再び達也は光に包まれた。そこには廃墟になった幌鞠駅やその周辺がある。恐らく廃線になった後の光景だろう。


「こ、今度は何だ?」


 と、そこに健太郎とさくらがいる。彼らは駅舎や職員詰所をリニューアルしてパン屋や簡易宿泊所にしようと思っているようだ。


「おじさん、おばさん!」


 だが、達也の声が彼らに聞こえない。どうやら達也が見えていないようだ。


「ここが幌鞠駅か」

「頑張ってリフォームしましょ。そして、ここでパン屋を開きましょ」


 健太郎はさくらの肩に手を置いた。さくらはうっとりしている。これから始まる新しい生活。厳しい生活だけど、一生懸命頑張って、おいしいパンを作ろう。


「ああ」


 達也は目覚めた。いつもの朝だ。パン屋の明かりが見える。今日も健太郎は朝から忙しいようだ。


 達也はパン屋にやって来た。健太郎は朝から仕込みをしている。さくらはその手伝いをしている。いつもの日常だ。簡易宿泊所には誰も泊まっていないようで、駐車場に車はない。


「今日はいい夢見れた?」


 偶然やて来た健太郎は、達也に気付いた。健太郎は焼き立てのパンが載ったトレーを持っている。


「うん」


 達也は元気な表情だ。すっかりここの生活に慣れて、東京での辛い思い出を忘れる事ができた。どんなに辛い事があっても、ここにいれば忘れる事ができると感じ始めた。


「どうだ、ここの生活に慣れてきた?」

「すっかり慣れた!」

「それはよかった」


 達也は笑みを浮かべた。それを見て、健太郎は笑顔を見せた。健太郎はトレーを持ってまた工房に入っていった。


「幌鞠って、いい所だね!」


 続いてやって来たさくらに向かって、達也は話しかけた。さくらも忙しそうだ。


「気にいってくれた?」

「うん! こんなに厳しい自然だけど、自然の神秘を感じられて、春を待つ人々の温もりにあふれていて。厳しい生活だけど、この大地が、ここが大好き!」


 達也の目は輝いている。ここの素晴らしさを語ると、自然に明るくなってくる。ここの自然の神秘は、東京では味わえない。


「本当?」

「うん。ここならどんなに辛い事でも雪が解けるように忘れる事ができそうだから」

「そっか。ありがとう」


 さくらは笑みを浮かべた。そして、工房に戻っていった。


 達也は再び家に向かった。今日も外は雪が降っていて、寒い。だけど、雪を見ていると、寒さなんか忘れてしまう。それがこの村の素晴らしさだろうか?




 徐々に春の足音が聞こえてきた3月。まだまだ幌鞠は深い雪が積もっている。暦の上では春が来たが、そんなのは北海道には関係ないようだ。


 小学校はすでに春休みを迎えていて、旅行をする子供もいる。だが、達也はどこにも行かずにここにいる。この自然が大好きだから離れたくないようだ。


 そこに、1組の家族がやって来た。達也が東京にいた頃の同級生の正一(しょういち)だ。この春休みを利用して、家族で北海道に行こう、そして、達也に再会しようと思っていた。久しぶりに達也に会える。それだけでもワクワクする。


 彼らは達也らの住んでいる家にやって来た。比較的新しい家のようだ。その隣には、木造も古い建物があるが、リフォームしていて、やや新しそうだ。


「お邪魔しまーす」


 その声に反応して、達也は玄関にやって来た。正一とわかっているようで、興奮している。


「はーい。あっ、正一くん!」

「たっちゃん、元気にしてる?」


 正一は笑みを浮かべた。久しぶりに達也と再会できて嬉しいようだ。寒い北海道なので、大丈夫だろうかと思ったが、元気そうでほっとした。


「うん。まさか来てくれるとは。びっくりしたよ」


 まさか来てくれるとは。もう来てくれるないと思っていた。達也は元気そうな声で答えた。ここでの生活を楽しんでいるようだ。


「久しぶりに会いたいなって思って」

「そっか」


 と、瑞穂と宗也もやって来た。誰かが来たことに反応したようだ。


「あれっ、たっちゃん、この人、誰?」

「正一くん。東京の友達なんだ」


 東京にこんな友達がいたんだ。だが、瑞穂や宗也はあまり興味がないようだ。ここでできた友達の方が興味があるようだ。


「そっか。私、いとこの瑞穂。こっちは瑞穂の弟の宗也」

「はじめまして」


 正一は挨拶をした。まさか、達也のいとこたちに会うとは。正一は少し照れている。


「久々に会えたんだから、ゲームでもしようぜ」

「うん」


 達也は久しぶりに正一とテレビゲームをする事になった。幌鞠に来てからもテレビゲームをしているが、ソフトを買う事はあまりなく、遊ぶ事も少なくなった。学校の生徒や地元の人々と遊ぶ事が多く、テレビゲームを1人でする事が少なくなった。それに、近くに家電量販店がないためか、新しくソフトを買っていない。それでも、達也は今の生活に満足していた。


 達也は久しぶりに正一とテレビゲームを楽しんだ。2人とも楽しそうだ。次第に瑞穂と宗也もやるようになり、4人でテレビゲームをやる事になった。こんな大人数でやるのって、何日振りだろう。


「ここの生活、どう?」


 正一は気になった。こんな厳しい環境の所に引っ越して、大変な事はないか? 東京に帰りたいと思った事はないか?


「寒いし、欲しいものがなかなか買えないけど、ここが好きだなと思ってる」


 正一は驚いた。どうして幌鞠が好きなんだろう。寒いだけで、好きなものがあまり買えない。そんな幌鞠のどこがいいんだろう。


「どうして?」

「ここは寒いけど、だからこ人の温もりがあって、それはそれで楽しいんだ。それに、自然の神秘を感じられるし」


 正一は納得した。確かに、これは東京では味わえない魅力だ。東京の人々は、それを体感して、素晴らしいと思うんだろうか? ただ、テレビで見るだけでいいと思っているんだろうか?


「そっか」


 と、正一は一緒に来た両親がいないのに気づいた。どこに行ったんだろう。


「あれっ、お父さんやお母さんは?」


 と、誰かの声が聞こえた。正一の両親の声だ。両親は雪原で雪遊びをしているようだ。東京ではこんなに積もらないし、あんまり降らないから雪遊びなんて滅多にできない。


「雪だ雪だ!」


 正一の父は母に向かって雪を投げつけた。母は少し冷たく感じている。2人とも笑顔だ。全く寒そうな表情を見せていない。それが雪景色の力だろうか?


「やったなー!」

「僕もやらせてー!」


 と、正一も雪遊びに加わった。正一は父に向かって雪を投げつけた。父は雪をかぶり、嬉しそうだ。


「よーし、やるぞー!」


 達也もそれに加わった。達也は正一の母に向かって雪を投げつけた。みんな楽しそうだ。


 正一は思った。幌鞠の魅力って、ここなんだ。東京とはかけ離れた自然に満ちていて、みんな家族のように温かい。そして、厳しい自然の中、春を待つ人々の力強さを感じる事ができる。


 自分はこの大地で、この青い星で、2本の足で生きている。今まであまり感じた事のない感覚だ。この大地は生きている。そして、自然に満ちている。今の人々は、本当の自然の営みを知っているんだろうか? そして、今ここに生きているという何気ない事に気付いているんだろうか? 自分にはわからない。

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雪解け 口羽龍 @ryo_kuchiba

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