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 その夜、瑞穂と宗也は達也にその資料を見せる事にした。簡易宿泊所『ホワイトアロー』は駅舎と列車を使った簡易宿泊所だ。駅舎は事務所兼喫茶店で、宿泊者は寝台車で寝泊まりする。


「ここが?」

「うん。ここが簡易宿泊所。喫茶店でもあるの。パパが経営してるんだ。パパが焼いたパンを朝から食べられるんだよ」


 この簡易宿泊所の自慢は、夜行列車の雰囲気を味わえることがもちろんだが、焼き立てのパンを使った朝食が食べられるのも人気だ。この日は宿泊者がいるようで、1台の車が停まっている。


「ふーん。まるで駅舎みたいだね」

「そう! これは幌鞠駅をリフォームしたものなんだ」


 瑞穂と宗也は自慢げに答えた。こうして昔の幌鞠の歴史を語り継いでいこうとする父を誇りに思っているようだ。


「この時期は泊まる人は全くと言っていいほどいないけど、夏はバイクに乗ってやって来た人がけっこう泊まっているよ」

「そうなんだ」


 そこに、健太郎とさくらがやって来た。今日の営業を終えて、簡易宿泊所に向かっているようだ。


「パパー!」

「瑞穂、どうした?」


 健太郎は驚いた。いきなり話しかけてきて、何事だろう。


「昔の写真、たっちゃんに見せてあげて」

「いいけど」


 健太郎は少し戸惑ったが、すぐに見せてやろうと思った。きっと達也はその写真を見て、何かを感じるだろう。そして、幌鞠がもっと好きになるだろう。


「こっちだよ」

「おっ、僕たちも見たかったんだ」


 4人は振り向いた。そこには宿泊している2人の男がいた。彼らは待合室でくつろいでいた。駅の待合室だった所は宿泊者のリビングのようになっている。


「いいですよ。ついてきてください」

「はい」


 7人は待合室を抜け、ホーム跡にやって来た。ホームは残っていて、ホームにはキハ22と583系が停まっている。だが、もうそれらの列車は動く事がない。待合室にいた2人は興奮している。どうやら彼らは鉄オタのようだ。


 7人はホームの入口寄りにあるキハ22の前に立った。その中に資料や写真があるようだ。


「この中にあるの?」

「うん。これは北海道各地で走っていたキハ22だよ。もう全部引退しちゃったけど」


 キハ22系はキハ20の北海道版として製造された気動車で、北海道の非電化ローカル線の多くで活躍した。1995年に引退したが、それ以後もいくつかのローカル私鉄で活躍していたという。


「この車両、津軽鉄道で乗った事あるよ。それに、弘南鉄道黒石線で走ってたのも。どっちももう引退したんだけど」


 鉄オタの内の1人は興奮している。もう引退した車両を間近で見られる。それだけでも嬉しい。


「そうなんだ」

「香取慎吾さんたちが描いたイラストのある車両もあるんだけど、今は駅に留置されてるんだって」


 その男は津軽鉄道や弘南鉄道のキハ22に乗った事もあり、ストーブ列車にも乗った事があるそうだ。


「そうなんだ」

「僕は湊線で乗った事ある!」


 湊線は、現在のひたちなか海浜鉄道湊線の事だ。そこにはキハ20や22の派生車などが活躍していたという。だが、それらも新型車両の投入でイベントでしか走らなくなった。


「あそこって、色々あって面白かったのにね。真ん中におへそのようなライトのあるディーゼルカーとか、日本初のステンレスのディーゼルカーとか」


 7人はキハ22の中に入った。デッキや座席は取り外されていて、壁に昔の写真が展示されている。所々にある机の上には資料もある。


 達也と瑞穂と宗也、そして2人の鉄オタは写真に見とれていた。賑やかだった頃の塩鞠線の沿線の写真がある。中には木材輸送をしている貨物列車の写真もある。貨物列車をけん引しているのはSLだ。


「これが昔の幌鞠駅の写真なんだ」


 7人は昔の幌鞠駅の写真を見た。簡易宿泊所とパン屋の建物がある。この頃は駅舎と職員の詰所だ。下の説明によると、昭和3年の写真だ。この頃はとても賑やかで、多くの人が行き交っている。今の幌鞠の姿からは想像しがたい光景だ。


「すごいなー。こんな賑やかな時代もあったんだね」


 その隣には、雪原の中を走るSLと、その後に続くロータリー車の写真がある。


「これは?」

「これがキマロキ。パン屋の名前になってる編成さ」


 これがパン屋の名前の由来になった編成なのか。かっこいいな。これを現役時代に見たかったな。


「続行で走ってるんだね」

「確か前から、SL、マックレー車と、ロータリー車、SL、車掌車の順番なんだよね」


 鉄オタはキマロキ編成の事をよく知っている。3人はその話を真剣な目で聞いている。


「よく知ってますね!」


 健太郎は驚いた。こんなにも知っているとは。まるで本物の鉄道員のようだ。


「鉄オタでして、そこそこ知ってるんです。名寄駅の近くに保存されてるんだよ」


 キマロキ編成は、宗谷本線の名寄駅の近くに保存されている。見に来る人は少ないものの、こんな編成があったという事を伝えている。


「見てみたいな」


 と、鉄オタはその子に反応した。何かを話したいようだ。


「俺、生で見た事あるよ!」


 その鉄オタは名寄に行った事があり、そこに保存されているキマロキを見た事があると言う。そして、その写真を持っている。だが、今日はその写真の入ったアルバムを持ってきていないようだ。


「本当?」

「うん」


 名寄駅は名寄本線と深名線が分岐していた交通の要衝だった。だが、名寄本線は1989年に、深名線は1995年に廃止になった。特に、名寄本線は本線と名がつく路線の中で唯一の廃止対象路線だったという。


「名寄駅の近くか。見てみたいね」


 と、鉄オタはその上の写真に反応した。小学校の運動会のようだ。多くの人が集まっていて、見ている人が楽しそうだ。


「これは何?」

「佐尻別小学校の写真だよ」


 3人はその写真をじっと見た。今の校舎は鉄筋コンクリートだが、この頃は木造で、とんがり屋根の時計台がある。


「昔はこんなに人がいたんだ」

「そうなんだよ」


 だが、健太郎は浮かれない顔だ。今は数えるぐらいに少なくなった。こんなにも少なくなるとは。


「厳しい自然だから、豊かさを求めてみんなここを出て行ったんだよ」

「ふーん」


 健太郎はこの村が寂しくなったのを残念に思った。みんな、豊かさを求めてこの村を出て行く。だけど、こんな村にも魅力がある。都会では味わえない自然の神秘。そこに行き、春を待つ人々の温かさだ。この素晴らしさをわかってもらえるだろうか?


 宗也はディーゼルカーの写真を見ている。カラー写真で、草原の中を単行のディーゼルカーが走っている。


「これは?」

「塩鞠線の晩年の写真だよ」


 これは塩鞠線の晩年の写真だ。この頃になると、乗客は数える程しかなく、廃止の対象になった事もある。だが、ここは豪雪地帯で、道路の整備が不十分という理由から廃止を免れていた。


 と、宗也は気が付いた。今いるディーゼルカーと外観が同じだ。


「このディーゼルカーだ!」

「うん。晩年は単行または2両で走ってたんだ」


 キハ22は夏は単行でも走る事ができ、使い勝手がよかった。だが、排雪抵抗による運行障害を防ぐため、冬は2両以上で運転しなければならなかったという。


「ふーん」

「この頃は乗客がめっきり減って、単行でもほとんど乗客がいない事が多かったんだよ。朝は学生である程度多かったんだけど。昭和40年代から廃線の危機になってたんだけど、道路の整備が良くなかったので廃止にならなかったんだ。だけど、道路が整備されたので廃線になったんだ」


 もうこの頃になると空気輸送をしているようで、1日数本にまで減少していた。もし、道路がしっかりと整備されていたら、とっとと廃止できたぐらいだ。


「俺、営業最終日に乗ったんだよ。最終列車の蛍の光、今も忘れられないなー」


 鉄オタは塩鞠線の営業最終日に行った事がある。そして、最終列車に乗った事がある。あの時の事は今でも忘れない。最終日は多くの人がやって来て、普通は単行か2両なのに5両編成で、超満員の乗客が乗っていた。みんな、お名残り乗車目的だ。


「行ったんですか?」

「うん。いつもは単行か2両なのに、5両とか10両の列車が走ってたんだよ」


 と、鉄オタは鼻息で蛍の光を歌い始めた。最終列車で聞いた蛍の光を思い出したようだ。誰もがそれに耳を傾け、塩鞠線との別れを惜しんでいたという。


「ふーん」


 3人はその話を真剣に聞いていた。塩鞠線にはこんな過去があったのか。この駅にはどれだけの人が乗り降りしたんだろう。最終日にはどれだけの人が集まったんだろう。


「ここって、けっこう賑わってたんだね」

「うん。パパから聞いたんだけど、数百人ぐらいが暮らしてたんだって」


 健太郎は昔からこの地に住んでいて、この村の栄枯盛衰を見てきた。健太郎は昔に思いをはせている。あの頃はよかったな。だけど、もう過去の栄光は戻らない。


「そんなに?」

「うん。でも、豊かな生活を求めてみんなここを出て行ったんだって」


 みんな、豊かな生活を求めて札幌などの都会に行ってしまう。だけども、ここにしかない魅力もあるはずだ。自然や、人の温かさだ。


「そうなんだ」

「でも、私はここが好き! だって、この自然が、そしてそれが見せる神秘が好き!」


 瑞穂は笑みを浮かべた。ここは確かに厳しい自然だけど、だからこそここの自然は素晴らしい。それがここの引き付けて離さない魅力だ。


「ふーん」


 達也はそれを聞いているが、興味がなさそうだ。ここに住もうと思っていないようだ。


「次第に好きになってくるはずだよ!」

「本当? 僕も大きくなったら東京に行くだろうけど」


 達也は思っていた。両親の住んでいた東京に再び住むんだ。そして、豊かな生活と、豊かな家庭を築くんだ。


「それはそれでいいと思うよ。だけど、都会では味わえない自然がいっぱいだよ!」

「へぇ」


 達也はそれでも興味がないようだ。東京には夢と富がある。僕は東京に再び戻るのが夢なんだ。


「もう遅いね。おやすみ」

「おやすみ」


 健太郎とさくらは去っていった。明日も朝早くから仕込みをしなければならない。そのためには早く寝なければならない。

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