第12話 余熱
すっかり夜に染まった大宮ソニックシティ横の広場には、表彰式後の出場バンドが多数集まっていた。
トロフィー片手に写真を撮っているバンドもあれば、対照的にお通夜の空気で悔し泣きしているところもある。
そんなシーンだけは、いちかの知るコンクールと同じだった。
「いちか!」
声に振り返ると、雄也は人懐っこい犬みたいに駆けてきた。
「どうだった? ヤマノ、どうだった?」尻尾を振るかのように尋ねてくる。
「あー」いちかは一瞬言葉に詰まった。「……カルチャーショック」
「あはは! わかる! でも、楽しかったでしょ?」
「……うん」
いちかは素直に頷いて、辺りを見渡した。
全国から集まった若者たちが、悲喜こもごもに騒いでいる。
その様が、今のいちかには、どうしようもなく輝いて見えた。
「あの、私さ、その……」
いちかは、言い淀んだ。
もう一度楽器を手に取るには、相応の決意が必要なことは、自分が一番わかっている。
しかし、彼らの演奏が植え付けた火照りは、いつまでも消えなかった。
今日見たメンバーの一員として、ヤマノのステージに立ち、迫真の演奏をする自分の姿。
それは、既に抑えることのできない憧れへと膨れ上がっていた。
これがきっと『夢』というものなのだ――
不思議そうに言葉の続きを待つ雄也に向けて、いちかは、深く息を吸って、勇気を出して告げた。
「……私、やってみたい。ビッグバンド、入ってもいいかな?」
その瞬間、雄也の目が、頭上の星を映したかのように輝いた。
「もちろん‼ やっぱりいちかは来ると思ったんだよー! あー良かったぁ、チケット代無駄にならなくて!」
文字通り飛び跳ねて喜ぶ雄也に、いちかはなんだか気恥ずかしくなってきた。
「あ、チケット代は払うよ。私、充分楽しんだし」誤魔化しついでに申し出る。
「いいっていいって、そんなの。みんなからも貰ってないから」
「……ん、みんな?」
問い返したちょうどそのとき、いちかは、見覚えのある女性数人がこちらに近づいてくるのに気づいた。
雄也と仲良しの、経済学部の同期だ。
「ゆうー、お疲れー!」
「あっ! みんなありがとー!」
雄也が伸び上がって手を振る。
いちかは、雄也に耳打ちした。
「チケット余って困ってたんじゃないの……?」
「え……? あぁ、誰かもらってくれるたびに買い足してたんだ。でも、最後に買った一枚が誰にも渡せなくってさぁ」
「あ、そう……」
悪女だ、こいつは。
いちかは呆れながらも、雄也とその友達を遠くに眺め、計算した。
この人数のチケットをすべて自分で支払ったら、一体いくらになるのだろう。
本当に好きなんだな。ジャズも、このコンテストも。
いちかは久しぶりに自分の気持ちが浮わついているのを認めざるを得なかった。
この開放的なコンテストと、ビッグバンドジャズという音楽で切磋琢磨する、自由で真剣な大学生たち。
彼らの姿が、今のいちかが追いかけるべき白球に見えた。
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