エッジエンドファントム/ナイツ・オブ・アパレシオン
ささがせ
妖魔の騎士達
私の名前は
私立
今、私は月に一回の課外授業の一環で、学校を出て目的地に向かっています。
クラスで貸し切りのバスの中では、退屈な授業から抜け出してテンションの上がった男子たちが、小学生の頃と全く変わらない様子で騒いでいて、先生に怒られていました。
私は流れ行く窓の外の景色を、ぼうっと眺めています。
「湖月さん、何を見てるの?」
声をかけたのは隣に座っている
「…別に、何も」
なんと答えたらいいのか分からず、少し考えてから、無難に返事をしました。
「そ、そっかぁ」
会話が途切れました。
いつもそうです。
せっかく話しかけてくれたのに、私は―――少し、他人が怖くて、どうしてもすぐに逃げたくなってしまいます。
「湖月さんは、クールだよね」
終わったと思った会話を、小隼さんは続けてくれました。
バスの座席は出席番号順。
男子は勝手に座席を移動してしまっているようだけれど、私はクラスに友達が居ないので、言われるがままに出席番号の座席に座っています。
出席番号順に座ると、小隼さんと隣同士になることが多くて、よく話しかけてくれんです。
「そうかな…?」
「うん。クールだよ! うちのバカ達にも見習わせたいくらい!」
そういう小隼さんの視線の先には、持ち込んだトランプでこっそり遊ぶ、同じ陸上部の男子たちが居ました。
「まったく、子供っぽいよね! これから行くのは遊園地でも、ハイキングでもないっていうのに」
このバスが向かっているのは、個人経営の美術館だそうです。地方で随一の展示数を誇り、公共美術館にも勝る規模なのだとか。七芝原中学との付き合いも深く、こういった課外授業で利用されることが多いようでした。
「湖月さんは、絵画は好き?」
「嫌いです」
「え…?」
「嫌いです」
私は、絵画が嫌いです。
悲しいことを、思い出してしまうから。
脳裏に、緩やかにキャンパスを撫でる絵筆と、絵の具で汚れているけれどとても力強く、温かい手の感触が蘇ります。
ギュウッと胸が締め付けられて、私は思わず、膝に載せた鞄をそっと抱きました。
「え、あ、その、ごめん…」
「小隼さんのせいじゃありません。こっちこそ、ごめんなさい」
鞄には、大切なモノが入っています。だから、私は、絶対に鞄を手放しません。
「やっぱり、湖月さんって、クールだよね」
それはひょっとして、影のある女という意味なのでしょうか…?
□ ■ □ ■ □
バスが目的地に到着して、私たちは、美術館に足を踏み入れます。
大理石のロビーには、有名な彫刻家が彫ったという巨大なレリーフや、抽象的な形の像が飾られていました。
先生が手続きを済ませて、私たちは美術館の奥へと進みます。
バスの中で騒いでいた男子たちも、このときばかりは静かです。厳かな雰囲気に気圧されているのだと思います。
だから壁に並んだ絵画をゆっくり鑑賞するというよりも、早くここから抜け出したくて、立ち止まることもなく順路を散歩のように進んでいきます。
私もそうです。
私は、絵なんて見たくない。辛い思い出が蘇ってきてしまうから。
鞄を抱きしめながら、順路をひたすら進みます。
ですが、目に入ってしまったんです。
その絵が――――…
それは、二つの絵。
一つは、白い馬の絵。
白い花の咲き、灰色の霧がかかった沼地。
沼地の水面に立ち尽くす白い馬は、不気味な仮面を被っていました。
美しい―――けれど、虚しいような、おぞましいような、そんな、不気味な絵。
もうひとつは、火炎より生まれた狼の絵。
炎を纏い、燃え盛る山の頂。
大きな炎の狼は、火炎の届かぬ深い夜の星に向かって吠えていました。
勇猛で―――だけど、どこか寂しいような、悲しいような、そんな、不気味な絵。
「――――…”先生”」
また、思い出してしまいました。
これは”先生”の絵。
連作【妖魔の騎士達】―――その内の2作。
絵の端に、小さくナンバーが入っているのを、私は知っています。
ずっと昔に、妖魔の騎士達が並ぶアトリエに、踏み入れたことがあるから。
その時、白き馬の仮面の奥の瞳が、私を見たような気がしました。
絵の中の妖魔が、私だけを見ているような、そんな錯覚を感じます。
不気味で、怖くて、ほんの少し、懐かしい―――…
それはどこか”先生”の瞳に、少し似ている気がして―――…
「…ッ!」
私は、言葉にできない痛みから逃れるように、絵から目を背け、早足に順路を抜け出します。
誰よりも早く、ロビーへ戻り、正面入口を抜けて、外へと出ました。
大きく息を吸って、吐き出して、心を落ち着かせます。
汗を拭うつもりで顔に手を当てると、汗ではなく、涙で濡れていました。
「………もう、帰りたい」
思わず本音が漏れてしまいます。
普段なら、嫌なことがあっても我慢して黙っています。けれど、このときだけは、ダメでした。
”先生”が亡くなって、もう5年が経ちます。
それでもまだ、私の心の中は、ポッカリと穴が開いているのです。
「―――ならば、お住まいまでお送り致しましょうか」
「え?」
「おっと、失礼。こちらを」
私が振り向くと、白いハンカチが差し出されました。
「え、えっと、あ、あの」
白いハンカチを差し出してくれたのは銀の髪に青い瞳の―――背の高い男の人。
雪のように肌が白くて、透き通るような声でした。
タキシードのような白と黒の服を着ています。第一印象は執事さんです。
「遠慮せずに。貴女に涙は似合いませんから」
「あ、ありがとうございます…」
私はハンカチを受け取り、涙を拭いました。
「それでは、お住まいまでお送り致します」
「え?」
パチンと、銀髪の男の人が指を鳴らすと、走ってきた車が目の前で止まりました。
運転席には、知らないおじさんが座っています。
「さぁ、どうぞ。我らが姫君」
「え、あの…私……」
後部座席の扉を開き、私を促す男の人。
怪しい。
あまりにも怪しすぎます。
これは、そう、きっと誘拐です。
そうに違いありません。
私はゆっくりと後退りします。
美術館に戻るのはイヤだけれど、ロビーまで戻れば先生がいるはず―――
「グダグダ悩んでねぇで、さっさと乗れよ」
「え!? きゃあ!?」
逡巡していると背中を押され、私は車に押し込まれてしまいます。
「ほら、もっと中央に座れ」
「い、一体何ですか!?」
振り返ると、褐色の肌に赤い髪の身体の大きな人が居て、その人も車に乗り込んできました。
驚いていると、反対の後部座席の扉も開き、先程私にハンカチを貸してくれた銀髪の男の人も乗り込んできます。
「あ、あの!?」
「それでは出発して下さい、運転手さん」
見知らぬおじさんは、どこか上の空のまま頷くと、ゆっくりと車を走らせました。
これ、これって、その…
「こ、これは…誘拐ですか…!?」
「アぁ? ったく、人聞きの悪いことを」
「ええ、ええ、全くです」
「誘拐じゃなきゃ何なんですか!? 貴方達、何なんですか!?」
「私は、ルーガンディ」
「俺ァ、ブレアガルデ」
「は…?」
「共に父祖より命を賜りし
「ってことだ。よろしくな、姫様よ」
「はあぁッ!?」
あまりにも訳が分からなくって、私は思わず叫んでしまいました。
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