第16話 神戸旅行記①

「鍵もOK、荷物も全部ある?」


「うん。大丈夫だと思う。最悪スマホと財布あれば生きてける。」


「それもそっか笑よっしじゃあ行きますか。」


 現在午前六時。朝の寒さに身を震わせながら神戸旅がスタートした。

最寄り駅から20分ほどの大きな駅に向かい、7時発の新幹線に乗る。

 街は眠そうな目をこすりながら学校へと向かう学生が2,3人いるだけでまだ目覚め切っていない。それは私たちも例外ではない。最寄駅までの10分間ほとんど会話はなく、キャリーケースを引く音と二人分の足音、控えめに囀る小鳥の声だけが二人を包んでいた。


 隣で大きく息を吸い込む音がする。なんだか真似したくなって一緒に深呼吸をする。冬の朝特有の保冷剤みたいな匂いが肺を満たし、白くなって吐き出される。


「俺冬の朝好きなんだよね。」


「清少納言?」


「冬はつとめて。雪の降りたるは言ふべきにもあらず。」


そんなことで笑い合っている間に駅に着いた。

うん。朝の散歩も悪くない。


 その後ははっきり言うと何もなかった。

ターミナル駅に着いてコンビニで朝ごはんを買い、そのまま新幹線に乗り込んだ。

 いつ動き出したのかわからないほどスッと発車した新幹線は2時間半かけて私たちを運んでくれる。座っているだけであの距離を移動できるのだからすごい。


「詩葉さんのおにぎりは辛子明太子と、?」


「和風ツナマヨ。昔から絶対このセットなの。一瀬くんのは?」


「俺は味玉とオムライス。」


「変わりダネタイプか。いやでも明太子と和風ツナマヨこそがおにぎりの頂点だと思ってる。」


「いーや、この二つは時代の革新だよ?」


ほら、ひとくち食べてよと言って差し出された味玉おにぎりを一口。

味は申し分ないくらい美味しかったが結局頂点を譲ることはなかった。

…今度のお昼ご飯に買おうと決めた。


 私よりも先にご飯を食べ終えた一瀬くんは付箋だらけの旅行雑誌を開いていた。

実は旅の計画のほとんどを知らされておらず、病院と実家に行くこと以外はすべて一瀬くんが考えているのだ。


「にしてもその付箋の量、どんだけの場所行くつもりなのよ、笑」


「んー、いっぱい。」


「でしょうね。」


何度聞いてもこんなことしか答えてくれないので、自分を草船だと思い込んで流れに身をゆだねることにした。

 広い川に浮かぶ一艘の草船を思い浮かべる。その小さな草船は穏やかな川を上品に流れていく。かと思われたが川の流れが急激に速くなった。荒波に呑み込まれながらも勇敢な草船は沈まない。しかし目の前には大きな岩が。激しく打ち付けれられてひしゃげた草船はあっけなく荒波に消えた…。


という妄想を首を振って打ち消す。どうやら私は豪華客船になる必要があるようだ。


「一瀬くん。私、豪華客船になるから。」


「それは頼もしい、笑」


まずそのために睡眠をとろうと思う。おやすみなさい!


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