第8話 女子会の日

 10月19日


 3ヶ月ぶりに会う親友が待つカフェへ行くためにお昼前の人通りの少ない石橋を一人で歩く。淡い色の空と熟したような芳醇な香りのする風が秋の深まりを教えてくれた。よく考えてみれば久しぶりに一人で出かける。バイトには行っているが、そんな楽しいものじゃないのでノーカン。

 

 (ちょっと急ぐか。)


 親友からの催促のメッセージと予定時刻より4分進んだ時計を見て足を早めた。


***


 お洒落な扉を開けるとお洒落な鈴の音と店員さんに迎えられて思わず髪をなでつける。田澤穂乃香たざわほのか、と親友の名前を伝えると端っこの席へ案内された。


「遅い!詩葉は相変わらずやね、笑。5分前行動って知っとる?」


「ごめん!今日は奢る。てか、5分前行動って懐かし笑」


どうも彼女の前ではリラックスしすぎてしまう。

穂乃香とは大学時代に知り合った。地元は違えど、関西から上京してきた者同士すぐに仲良くなり、今じゃこの通り。

スラッとスタイルが良く、プチプラな服でもブランド物のように着こなしてしまう彼女は島出身だ。ハツラツとしたその性格は風土故なのか。


 丁度いいタイミングで店員さんが来たのでランチのセットを注文し、関西人のマシンガントークの開幕。


 「なんか詩葉、雰囲気変わったなぁ。気になる人でも、?」


『彼氏』と言わないところに彼女の気配りの良さを感じる。この席のポジションだって昔から私を考慮してのことだ。ほんとうにありがたい。


「いや、全然。そういう穂乃香は昨日で2年?やったっけ?」


「そー。てか聞いて!?昨日さ、彼氏と電話してたんやけどさ、そんときに───」


来ました。毎回恒例「聞いて!?」で始まって「これどう思う!?」で終わる、穂乃香の彼氏さんの愚痴。学生の頃から変わらないノリに思わず笑ってしまう。

どうやら今回は寝落ち電話中に彼氏さんがベロンベロンに酔ってダル絡みされたとのこと。相当鬱陶しかったみたいだが、話す彼女は活き活きとしていて女子高生のよう。


「でも、結局好きなんやろ?笑」


一応突っ込んであげると図星のようで、顔を赤くさせる彼女が可愛い。


 それからはランチセットのパスタに感動したり、穂乃香の会社の上司の愚痴を聞きつつ、ハマっているドラマの考察を繰り広げたりと本当に内容ゼロの会話を楽しんだ。

 気づけば空になっていたアイスカフェラテをおかわりを注文しようか悩んでいると、スマホがわずかに震え、”一瀬夕燈”と映し出された。サッと血の気が引いた。


「ごめん、ちょっと電話してくる。」


「ん」


慌てて電話に出ると、何時頃に帰ってくるか、という内容だった。

店の軒先で一人安堵する。


(よかった、発作が早めに出たとかだったら、もうほんと...)


一分にも満たない電話を終わらせ、席に戻ると穂乃香が何やら神妙な顔つきで問うてきた。


「詩葉、やっぱりなんかあるんやろ?」


やっぱりこの人に嘘は通じない。

穂乃香に隠す理由もないので全て打ち明けることにした。成り行き、彼のこと、2週間で気づいたこと、これからのこと。

 聞き上手な穂乃香は顔全体で驚いたり、なにやらニタニタしたりと忙しそうに聞いてくれた。まるで百面相。


 「それで、いつまで一緒におるつもりなん?いつまでも、ってわけにはいかんやろ?」


「うん。あと半年だけ。今朝一瀬くんがそう言ったの。」


あと半年。口に出してみるとよくわからない感情が押し寄せてくる。朝一番に彼が言ってきた。もちろん引き止めるつもりはない。じゃあこの気持ちは、なに、?

 モヤッとした気持ちを抱えていると、穂乃香が満面の笑みでアニメさながらに手のひらで拳を打った。ほんとにわかりやすい。


「閃いちゃった!神戸の病院行きなよ!彼の診察もしてもらえるし、旅行にもなるやん!」


 私の父親は神戸の大学病院に勤務している。穂乃香が言いたいのは父親に紹介状を書いてもらって専門の先生に診てもらえ、ということらしい。

私は一瀬くんと遠出をすることを想像してしまった。11月なら行けるかもしれない。


「...それいいかも。」


「やっぱり?天才かも知らんな、私。でもいいなぁ。イケメンと同棲。」


「...!?同棲ちゃうし、彼氏おる人が何言うてるんよ笑」


穂乃香に打ち明けて良かった。気づかないうちに胸に引っかかっていたものが取れた気がする。ちなみに、同棲...ではない。間違ってないけど間違っている。


「そういえばさ、なんで旅行もなん?近くでよくない?」


「ん?だってさ、あと半年って聞いて実は寂しいんやろ?大切な人との時間なんてすぐやねんから楽しまな。」


「t、った大切な人ではない...し。」


 顔が火照っている気がするが、きっと空調のせい。






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